*幕間話 国際メイズ学会について TM研の活動


 太摩国際大学のメインキャンパス敷地片隅に建つ第二学生棟はロの字型の建物で1Fに学生支援課が入っているが、2Fから最上階の5Fまでは学生の同好会やサークル活動の部室スペースとなっている。ワンルームアパート風の25平米の部屋は大学公認サークルならば無料で借りられるが、非公認サークルでも5人以上のメンバーが揃っていれば月8,000円と格安な賃料で借りることが出来る。そんな部室のスペースに賃料を払って入居しているのが[メイズ研究会]自称TM研であった。


 10月最初の金曜日のこの日、リーダーの江本春奈えもとはるなは久しぶりに部室へ顔を出した。先週日曜日のアトハ吉祥メイズ3層でのひと騒動以来、約5日ぶりの活動復帰ということになる。


 あの後・・・、メンバーに連れられて[管理機構]の指定病院へ直行した彼女は、そのまま3日間入院することになってしまった。大量に出血したことによる極度の貧血状態が原因だ。そして、退院後もしばらく自宅アパートで様子見をして、漸く今日に至るといったところだ。


 病院で彼女を診察した医師は、どういう理由で大量出血した傷口がほとんど塞がっているのかを聞きたがったが、流石に「【回復】スキルの秘密を守る」と遠藤公太えんどうこうたと約束したばかりだったので説明に困った。結局はTM研の頭脳担当を自負する相川隆夫あいかわたかおが、


「大怪我したのですが、たまたま[ポーション]を拾っていて、それで海外の動画で見た[回復薬]に似ていたのでダメ元で使ったら怪我が治ったんです」


 というかなりいい加減な説明をしていた。しかし、海外の動画では「使ってみた」系の動画が多いのは確かで、また、ポーションも容器の形や中身の色である程度効果の傾向が分かる、という話があるのも事実だった。それに、傷口の塞がり方が回復薬系のポーションを使用した時に酷似していたため、診察した医師は相川の説明を信じたようだった。


「ラッキーだったね」


 と呆れたように言っていたものだ。


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「春奈、後期の履修登録は済ませたの?」


 と開口一番に聞いてくるのは大井小夏おおいこなつ。大学4年の後期は数日前からスタートしており、その事を心配しているようだ。


「ギリギリセーフね」


 対して春奈は「セーフ」のジェスチャーと共にそう返事をした。そして、


「ところで、例の[国際メイズ学会]のパブリックディベートはどうだった?」


 と訊き返していた。


 TM研では活動についての役割分担が大まかに2つ決められている。1つは実際にメイズへ潜行して活動する際の計画や装備、モンスターとの戦闘に関する考察を行うフィールドワーク。これは相川隆夫と井田康介いだこうすけが担当している。一方、国内外のメイズに関する技術的、学術的な情報収集、取り巻く環境の調査などといったデスクリサーチは大井小夏や上田雅夫うえだまさおが行っている。そして、リーダーの春奈は活動方針決定、予算管理、人手不足の際の補助をやることになっている。


 それで春奈が小夏に訊ねたのは、先月末、丁度春奈が入院中に開催された[国際メイズ学会]のパブリックディベート公開討論会についてだった。


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 [国際メイズ学会(IMS)]の設立は2018年10月に遡る。同じ年の9月に主要国首脳がメイズの存在を公式に認めた直後、それまで事実を隠蔽していた各国政府の態度に反発する形で、主に米国の大学研究機関有志によって創設された団体だ。メイズ及び関連事象の科学的調査・研究と第一目的としており、現場主義・実践主義・開示主義を主な理念に掲げている。今では研究成果や現地情報の発信・共有を行う民間レベルの国際組織としては一番大きな組織だと認知されている。


 ただ、設立の経緯が各国政府の隠蔽体質に対する抗議的な意味を帯びていたため、メイズの経済的(又は軍事的)利用価値を優先して模索する各国政府とは基本的に距離を置いた民間主体の団体といえる。


 また、会のおもむきは格式ばった堅苦しい「学会」という名前を名乗っているものの、中身は玉石混淆ぎょくせきこんこうを地で行くものだ。世界的に有名な大学の教授や研究者が創設メンバーに名を連ねているが、その一方で一般無名の研究者や実際にメイズへ赴くメイズ・ウォーカーにも広く門戸を開いている。それがどれ程広い門戸かというと、例えばTM研のような有象無象うぞうむぞうの同好会レベルでも年会費100ドルを支払えば準会員の資格を得ることが出来るほどだ。


 そんな[国際メイズ学会]は2か月に1回のペースでパブリックディベート公開討論会を開いており、昨今の新型コロナウイルス流行下、Webミーティング形式で行われた先月末の討論会にTM研究会もオーディエンス聞き専として参加していた。


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「一応、簡単に纏めてあるから、はい」


 春奈の言葉に小夏はそう答えると、A4用紙2枚のレポートを手渡す。先の公開討論会の内容を、本当に簡単に纏めたものであり、主な内容が抜き書きされただけだの物だ。その紙には、


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同時接続数1892

(内、日本からの接続数87)


主なトピック

[事務局議題]

・メイズ規模に関する国際規格提唱について

→入口大きさ(直径)を基準とする規格統一化

 今後はメートル呼称に統一する

 (3M級が小規模メイズに相当)


・固定後の経過時間、及び規模と深度の相関

 に関する研究について。途中経過発表。

→フィールドアクティブ会員に協力を呼びかけ


・メイズ周辺の電波干渉に関する単位の統一化

MEO(Maze Emination Object)の電波干渉強度に

関する単位統一化の提案

→日本で使われている魔素干渉測定装置に影響か?


・NY. BROOKLYNメイズにおけるボーリング調査

結果の検証としてLA. Lt.Armenia NM Av.メイズ

でボーリング調査を実施

→メイズ開口部直下の地質は周辺と同一。連続的な

地下構造は確認されず。

物理的に穴の奥は存在しない?

虚数空間、亜次元空間、極薄空間への転移等、オカル

ト的な意見他出で一時ストップ。


[協賛・学会員議題]

・米国連邦メイズ協会(FMA)から拾得物買取り統制

実施国に対する自由化の提言あり。

日本も名指しされていた。

メイズ・ウォーカー活動の活性化提言は各国参加者か

ら大絶賛!


・US-MTH(米国のアマチュア有力クラン?)

 5層以降の銃火器効果減衰に関する報告

 5層よりも下ではNATO5.56(?)が著しく有効性

を失い、7層以下では7.62も効果的ではない。

 今後12.7を持ち込んで試験を行うが運用は

 現実的ではないと指摘。


・NY市依託の空間MEO量測定作業の結果シェア

(報告者はNY市のパーティー、名前聞き取れず)

情報共有はNY市当局承認済み

メイズ外部のMEO(魔素)量を距離別に測定

今後定期的な測定を継続するらしい

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「……結構盛り沢山なのね」

「そうよ、全部で8時間もかかったわ! Webミーティング形式だと、スピーカー以外は退席、休憩し放題だから、ダレる上に長引くのよ!」

「お、おつかれ……さま?」

「今度は春奈が出なさいよ!」

「え~」


 と、女子二人の言い合いが続く部室に、別の訪問者がやって来た。


「お~春奈、復帰かぁ」

「白々しいな、アパートの同じ部屋から出勤だろうに」

「うるさいなぁ」


 そんな言葉を交わすのは、相川隆夫と井田康介。井田は相川とリーダー春奈の関係をからかうが、余り悪意は無さそうだ。「爽やか」を擬人化したような小麦色に日焼けした肌と白い歯の持ち主ながら、何故か女性運に恵まれない好青年が井田という男だ。


「随分大荷物ね~」

「前に言っていた装備変更の件?」


 対して春奈と小夏は二人が抱えてきた大きな段ボール箱を見て言う。


「そうそう、あの時の岡本さん達のパーティーの装備を参考にな」

「でも、クロスボウが品薄で結構探したよ」


 そう答える男二人は部屋の床に大きな段ボールを下ろすと早速中を開ける。箱の中には長方形の大きなポリカ盾、大振りな剣鉈、マチェット、そして中型のコンパウンド式クロスボウと矢のセットが入っている。


「全員自作槍でも2層までは行けたけど、それ以降はやっぱり役割分担が必要みたいだからな」

「もう、予算使い果たしたわよ、後は稼ぐしかないわね」


 仕入れた武器類の説明をする井田に、春奈はこめかみを抑える仕草をしながら言う。対して小夏は、


「ところで相川君、岡本さんに連絡したの?」


 と訊いた。すると、


「したよ。あの人見た目はコワイけど、やっぱり社会人だけあって電話の受け答えが丁寧なんだね、ちょっと笑いそうになっちゃったよ」


 と相川は答えつつ、続きを話す。曰く、


「一緒にやりませんか? って誘ったけど、返事は保留だった。なんだか、あっちも試したい事が有るらしい」

「じゃぁ脈無しなの?」

「いや~どうだろう、その内あっちから連絡するってさ」


 実はこの時、TM研は岡本率いるチーム岡本と共同行動を取りたいと考えていた。メンバー内に【回復】スキルが使える遠藤公太がいるのだから、行動を共にするのにこれ以上心強い事はない。しかも、見た限り自分達TM研よりもチーム岡本の方が[受託業者メイズ・ウォーカー]として実力が上だと感じたことも理由だ。


「じゃぁ、こっちはこっちでコツコツやりながらお誘いを待つしかないのかぁ~」


 とは春奈の悔しそうな声。すると井田が声を発する。


「でも[脱サラ会]の加賀野さんからお誘いがあったよ。来週末辺りからアトハ吉祥メイズの3層に進みたいから、一緒にどうか? だって。どうする?」


 結局TM研は[脱サラ会]の加賀野からの誘いを受けることにした。根本的な理由は金銭的な目的だ。ごく短い間だがTM研はアトハ吉祥メイズ3層での戦闘を経験し、ドロップ率が通常よりも遥かに高いことを認識していた。流石に腐っても大学生・・・・・・・という所か、余り人が行かない階層のドロップが良いのではないか? という仮説に彼等は辿り着いていたのだ。


 どうせ潜るなら儲かるほうが良い、というのは全員共通の認識なので、早速TM研は[脱サラ会]に誘いを受ける連絡を入れるのだった。


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