*幕間話 [管理機構]五十嵐里奈の日常


 2020年9月30日


里奈りな、お疲れ様。随分時間が掛かったわね」


 15時過ぎに港区虎ノ門の[管理機構]本部オフィスに戻った私にそんな声を掛けてきたのは富岡星華とみおかせいかさん。管理機構の資源開発部関東課委託係の係長で私の直属の上司だ。


「もういい加減にあの連中・・・・との委託契約、切りませんか?」


 あの連中・・・・とは[赤竜群狼クラン]などという香ばしい名前を名乗っている受託業者集団だ。先週アトハ吉祥メイズでトラブルを起こしていたところに偶然立ち合い仲裁したけども、今日も別の受託業者とトラブルを起こしていた。それで現場から本部にSOSの連絡が入った。


 その時、私は丁度デスクで[国際メイズ学会]なる組織が開催した公開討論会パブリックディベートの録画Logを視聴していたのだけど、その見た目が「暇そう」だと受け取られたのか、結局富岡係長の指示で私が仲裁に赴く事なってしまった。


 それで、ひと仕事終えて本部オフィスに戻って上司に愚痴を言った、というところだ。


「一応上には相談しているのよ。でも、現状の受託業者の稼働率を見るとね……そんな連中でも毎日潜って収拾品を持ち帰ってくるなら上にとっては有能なのよ」


 対して富岡係長のそんな言葉は、内情を知っているだけに頷かなければいけないものがある。受託業者の稼働率が想定よりも低調なのは事実だった。現在関東地方の受託業者数は600人前後、一方1日にメイズへ潜行する受託業者数は週を平均して120人前後。つまり稼働率は20%ということになる。この数字は関西地方でも似たようなものらしい。


 一方、管理機構が当初見込んでいた稼働率は60%で、実数との乖離は3倍となっている。その差は収拾品の回収量という数字に表れており、初年度の[重要素材]目標数量を大きく割り込むことは確実な状況だった。


 まぁ、そんな状況なのに先週の報告会で話題になった「予算の心配」という声が出てくるというのは、最初から計画が破綻していたのだろうな、とも思う。私の知ったことじゃないけど。


「とにかく、どんな問題グループでもせっせとメイズに潜って収拾品を集めてくる連中は貴重なの。12月の第2回認定証試験までは我慢ね」


 なんとも溜息が出そうな富岡係長の言葉だ。ちなみに、12月の第2回認定証試験は急遽決定されたことで「稼働率が低いなら全数を増やせ」ということらし。しかし、それで数が増えるのかどうか、少し怪しい気がする。なんといっても、


「そもそも買取り価格が国外市場相場の半分程度じゃ、買い叩かれている感が凄くてメイズ・ウォーカーをやろうなんて人は増えないんじゃないですか?」


 ということなのだ。その証拠に、管理機構が運営するWebサイトに寄せられる受託業者からのメールの殆どは買取り価格に対する苦情となっている。また、収拾品の無断持ち出し案件も2日に1度の割合で発覚しており、買取り価格に対する不満が根強いことを示している。


 もっとも、これを富岡係長に言ったところで仕方がない。我々は国家公務員であって、決められたことを粛々と実行する側の人間だ。日本政府のメイズに対する方針である「管理下での民間への限定解放」と「収拾品の一括買取りによる統制」に異を唱える立場にはない。


 ただ、そんな日本国政府の方針も、世界基準に照らしてみれば少し「行き過ぎた統制」と言わざるを得ない。メイズを制限付きで民間に開放している国は日本をはじめ、ヨーロッパ各国、東南アジア各国、中国、ロシア、韓国と多いが、収拾品を全て・・政府が買い上げる制度を導入しているのは日本を除けば韓国とマレーシア、シンガポール、それにアフリカ連合諸国に限られる。それ以外の国々ではメイズで収拾される品々を取引する市場マーケットが(自由かどうかはさて置き)形成されており、盛んに取引が行われている。


 そんな世界情勢の中で、やはり一番大きな影響力を持つ市場はアメリカと中国ということになる。特にアメリカは連邦政府指定のメイズ以外はほぼ制限無しに民間に開放されている状態で、それだけメイズからの収拾品市場も取引が活発だ。その市場における取引価格はインターネットが発達した現在、日本の受託業者も簡単に知ることが出来る。そのお陰で、海外の自由な市場での価格と国内の統制された買取り価格の差が筒抜けとなり、不満や低調な稼働率となって表れているのだろう。


「里奈の言いたいことも分かるけど……、一括買取り制度に見直しが入るって話もあるんだし、それに、そもそも私達の範疇じゃないわ。そんなことよりも、明日から導入が始まるパーティー制のシステムの点検、よろしくね」


 結局、私達の手の届かない場所にある物事について時間を費やして話し合うよりも、目の前の仕事を片付けよう、というのが富岡係長の判断だ。わかってるけどね。


**********************


 目下、管理機構は既存のシステムに若干の変更を加える作業の最終確認段階にあった。その変更というのは、大きな予算を投じて作り上げたローカルシステム(各メイズと受託業者データベースを網羅するネットワーク)と、機構本部の管理システムであるメインシステムをオンライン接続するシステム変更だ。更に、ついで・・・という訳ではないが、元々ローカルシステムに想定されていた[受託業者集団管理機能(所謂パーティーシステム)]の実働化も含まれている。


 特にローカルとメインの両システムが機能的に接続されることによって、毎週週初めの報告会に提供する情報が自動的に処理されるようになるとのこと。もしかしたら常態化した休日出勤から解放されるかもしれない。そんな希望によって受託係のメンバーは結構熱心にシステムの点検を行っている。


 ただ、そんな希望を持ちつつも少し「不思議だな」と感じるところが幾つかあった。一つは大きな予算を投じて作ったローカルシステムを、運用開始1か月未満で(小さいながらも)変更するという点だ。日本の役所はマンパワーを軽視する傾向がある。職員の負担をシステム改善で解消するという試みに予算が付きにくいのが一般的だ。なのに今回は変更の必要性を私達現場が訴えてから、実際に変更されるまでの時間が短すぎる。有難い話のだが「少し気持ち悪い」というのが正直な感想だ。


 次にシステム変更を受注した業者だが、これも少しおかしい。ローカルシステムもメインシステムも施工した大手システムメーカーが保全契約を結んでいる。しかし、その間を取り持つ接続システムは、全く違う業者が行っているのだ。これだと、保全契約に不都合が生まれそうな気がする。まぁ、問題があっても悩むのは総務のシステム管理課だから関係ない話だけど、ちょっと腑に落ちない。


 そんな事を考えながら手を動かしていると、不意に隣のデスクから声を掛けられた。


「五十嵐さん、五十嵐さん、あの話、聞いた?」

「あの? って何ですか?」


 声を掛けてきたのは防衛省から出向してきた同僚の吉本浩介よしもとこうすけさん。特に親しい訳でないが、時々面白い話をしてくれる人だ。どうも情報通らしく、色々な裏話や噂を教えてくれる。そんな吉本さんが言う「あの話」とは、


「先週の内閣府のプレスリリースで、例の中国製IT機器メーカーを公官庁のシステムから排除するってやつ」

「ああ……あったような?」


 というものだった。何となく薄っすらと記憶がある……気がする。多分、今年の初めごろからアメリカ政府が問題視し始めた中国特定企業の製品排除政策の煽りを受けた我が国政府の決定だろう。


「それで、10月から一斉に調達が厳しくなるらしいんだけど……9月末のこの時期にこんなシステム変更が入るのって、少しタイミング良過ぎじゃないかな?」

「……流石吉本さん……陰謀論の総合商社ですね」

「いやいや、真面目だって」


 本人は否定するが、私も含めて周囲が彼に付けたあだ名は「陰謀論者」だ。噂話ばかりしているから、そんなあだ名が付いたのだろう。ただ、今回の話はちょっと興味深いような気がしないでもない。


「それで?」

「どうも、先エネ局側で予算のやり繰りを主導したのが岡崎担当大臣で、業者の選定も大臣采配の随意契約だったって」

「へ~」


 「へ~」と言ったが、それ以上の感想が出てこない。まさか今回導入したシステムの機器に例の中国企業の製品が使われていて、それが重大なセキュリティ上の欠陥になっている、なんてことは――


「富岡係長、五十嵐主任、ちょっといいかな?」


 そんな想像を膨らませていた時、不意に声を掛けられた。タイミング的にちょっとびっくりして声の方を振り向くと、そこにはオフィス入口から打合せ室へ足を向けた状態の佐川さがわ課長の姿があった。笑顔でこちらを手招きしている。何だろう、嫌な予感しかしない……。


 まぁ、この時の嫌な予感は5分後に的中することになってしまうのだけど。


**********************


「システム接続化で委託係の業務負荷が減るから、来月から新しく設置される[巡回係]に人員をコンバートしたい。適任者候補を3人ほど選出してくれ」


 というのが佐川課長の用件だった。しかも、


「ああ、でも五十嵐は確定だから、あと2人でいい」


 ということ。いつの間にか、私は新設される巡回係の係長補という役職を頂くことが決まっており、もう選択の余地はないとのことだ。組織ってコワイ。あと「来月から」ってまだ時間がありそうな言い方だけど、明日からだ。


「メイズ経験者はウチの課では五十嵐くらいだ。それに五十嵐は実際にアトハ吉祥メイズでトラブル対処の経験もある。前々からタフで現場向きだと思っていたんだ」


 なんだろう、この課長は「ありがとうございます」とでも言って欲しいのだろうか? 大体か弱い女性に「タフで現場向き」と評価をしておいて、それは無いだろう。


「でも課長、8つのメイズを巡回するのに3人は人数的に厳しいと思うのですが?」


 ちょっと言い方に険が籠るが仕方ない。しかし、佐川課長はそんな険に気付く様子もなく、


「ああ、大丈夫大丈夫、現役自衛官二人を引き抜いて来たから。あと、巡回スケジュールは五十嵐君、君が考えてくれ」


 という事だった……頭痛が痛くなってきた。


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