*32話 アトハ吉祥メイズ2回目⑨ (仮)が無くなった夜


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[メイズストーン]3,485g 139,480円

[メイズハウンドの皮]1枚    30,000円

[大黒蟻の頭殻]1個       30,000円

[ポーション]2個        60,000円

[スライム粘液]1kg   1,500,000円

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合計            1,729,400円

メ特税(源泉徴収20%)  -345,880円

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税引後合計         1,383,520円

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「お支払いはどうしますか?」

「等分して口座振り込みでお願いします」


 2度目のメイズは一人当たり345,880円の収入となった。前回に比べれば劣るが、岡本さんが【戦技《最前衛》】のスキルを習得する事に同意した結果だ。スキルの習得は、いわば先行投資のようなものなので、無駄になった訳ではない。


 もっとも、[スライム粘液]という高額買取り品がドロップしていたため、それなりの収入が見込めた、という事実が岡本さんのスキル習得を後押ししたのは事実だけど。


「高額ドロップ無しで、ただ2層をうろうろしているだけだったら、多分2万に届くかどうか、ってところだな」


 とは、そんな岡本さんの感想。確かにその通りだと思う。そう考えると、せせこましく1層の狩場を独占している連中は、実はそれほど儲かっている訳じゃない、という事になる。


 多分、その内下の階層に降りてくるのだろうけど、そうなる前に先行して下の階層でドロップを得るべきだと思う。真偽のほどは定かではないが、斃される機会の少ないモンスターのドロップが良い傾向にあるのは確かだ。となると、下の階層に先に到達することは、そのまま先行者利益になる、という訳だ。


 その点は、さっき説明して全員の理解を得ている。だから、次回のメイズ行きは人気にんきの無い場所を狙い、且つ3層以下を目指す事になっている。3層以降は複数のモンスターが出てくる状況になる訳だから、その前に岡本さんの前衛スキルを強化できたのはラッキーなのだろう。


「じゃぁ、着替えて反省会の店に移動するぞ~」


 個別に再計算された[買取り計算書]を受け取った俺達は、そんな岡本さんの言葉で更衣室へ移動する。やっぱり、反省会は決定事項のようだった。


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 注文をしてしばらく待つと、今日は殆ど同時に飲み物と食べ物の両方が運ばれてきた。昼食が寂しかった反動か、唐揚げ、天ぷら、和牛鉄板焼き、ホッケの一夜干し、地鶏の鉄板焼き、特大ロースカツ、串カツ盛り合わせ、等々やたらとテーブルが茶色くなる品揃えだ。


「じゃ、乾杯~」

「おつかれさまです!」

「おつかれさまですぅ~」

「おおお、つさまです」


 そんな乾杯の声が前回と同じ居酒屋の個室風ボックス席で上がる。完全な個室ではないが、丈の長い暖簾のれんが通路から席側を完全に目隠ししているのが特徴だ。


「まぁ一応反省会だから、それっぽいことを先にやっておこう」


 岡本さんらしい発言。そして、


「じゃぁ、まずオレから。飯田に作って貰った[メイス]は中々良かった」

「かか改良点とか……」

「う~ん……あ、そうだ。強いて言うなら、最後に大黒蟻を殴ったと後で、頭の部分がちょっとガタついたかな?」

「わ分かりました、帰りに預かって直しておきます」

「ありがと……後は、盾か。大黒蟻みたいに背の低い相手だと、余り役に立たなかった感じだけど……【戦技(最前衛)】だっけか? あれを取ったから、使い続けてみるよ」


 岡本さんの反省が終わる。そして嶋川の番になる。


「私は……今回は特に無いかな? 前回の課題はやじりを交換して大分改善したし、一撃で仕留める事も何回かあったから」


 言う通り、今回の彼女は立ち位置も直ぐに射撃に移れる場所に居たし、とにかく矢の威力が上がっていた。


「俺はどうなんだろう? 今回はスライムばっかり炙ってた訳だけど……」


 今度は俺がそう言う。すると、岡本さん達は何とも言えない表情で苦笑いを浮かべた。何でかね?


「コータ殿の指示は、今回は70点なのだ。まぁ及第点なのだ!」


 すると、リュックからモゾモゾと這い出て来たハム太がそう言った。


 ハム太はそのまま、テーブルの上に飛び乗ると「ここが自分の場所」と言わんばかりに、テーブルの一番奥(割り箸とか醤油とかが置いてある場所)に陣取る。目当ては隅に追いやられた枝豆のようだ。今回は「焼き茶豆」なるものをオーダーしており、ハム太は早速両手をキワキワさせながら、少し焦げた枝豆の鞘に取り掛かり始める。


「あれで70点なのか、ハム太は厳しいんだな」


 とは岡本さん。既にハム太の存在を受け入れている度量の広さだ。まぁ岡本さんに限った話ではなく、嶋川も飯田も、ハム太の存在は「もう、そういう物なんだ」と受け入れているようだ。思考停止と言った方が近いかもしれない。


「ですね~。私は今日もコータ先輩の指示は良かったと思いますけどぉ、でも3層に降りた時、何で私に声を掛けてくれなかったんですかぁ!」


 なんだろう? そう言う嶋川は妙に絡む気満々な感じだ。どの場面の話をしているのだろう? と一瞬考えるが、思い出した。俺が大型スライムに向かう直前の話だ。たしか……


「ほら、今日は飯田が絶好調だったから、ちょっと任せてみようと思って。なぁ飯田?」


 俺はそう言って飯田に振る。すると、


「ぼぼ僕は、今日はどうでしたか?」


 と上手い具合に飯田の話題に移った。一方の嶋川は、少し不満そうにカシスオレンジをグイと飲むと、手近な和牛鉄板焼きに箸をつける。ムスッとしたままミディアムレアの肉を口に放り入れるが、しばらくするとウンウンと頷き出した。美味しかったのだろう。単純な奴め。


 それで飯田の件はというと、岡本さんも俺も(一応嶋川も)全員が絶賛だった。「ちゃんと当たるようになった」とか「後ろに居て安心感がある」とか「先読みしてましたよね」とか、褒められる度に飯田はヤバいくらい顔を真っ赤にしていた。それで、カルアミルクのがぶ飲みが始まった。まぁ、前回と違い、美味しそうに飲んでいるから良いけど。でもホッケの一夜干しとカルアミルクって合うんだろうか?


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 その後、反省会は徐々にタダの飲み会へと姿を変える。ただ、今回はハム太が参加しているので、途中から喋るのはハム太が中心になっていた。時折店員さんが注文を運んで来たりするが、その度に瑪瑙めのう製の石細工に姿を変えており、


「すみません、ペットは持ち込み禁止にさせてもらっています」


 というお店の方針を上手くかわしていた。


 「吾輩はペットじゃないのだ!」とハム太は憤慨していたが、現状、どう見ても「珍しい喋るハムスター」なのは否めない。というか、喋るだけで大事件だけどね。


 それで、ハム太の話というのが、幾つかトピックがあって、先ずは、


「飯田殿のような役割を担う人物を大切にするパーティーは一流なのだ」


 とのこと。曰く、飯田のように攻撃の補助をしたり、メンバーに指示を出したりする役割は決してパーティーの花形ではないが、無くてはならない重要な役割だという。あちら・・・の世界でも、そのような役回りを大切にするパーティーは有名どころが多かった、ということだ。


「魔法スキルを取得して役割を強化するのは大賛成なのだ。でも【気配察知】も捨てがたいのだ……あと、飯田殿に限って言えば、頭の回転が速過ぎて表現が追い付いていないように見受けるのだ。だから【同時思考】や【冷静】といったスキルもオススメなのだ」


 色々と一気に言われた飯田は「あふあふ」と言いながらトイレに行ってしまった。今日も牛乳の飲み過ぎだ。


 一方、他の話題としては今後深い層を攻略する場合に向けた内容があった。これは、岡本さんや嶋川が随分と真剣に耳を傾けることになった。俺もだけど。


「今日のような小規模メイズでも10層以降は結構手強いのだ。苦戦するようなら、知り合いのパーティーと連合を組むのがオススメなのだ。実際に、これまでも通路の後ろに回り込まれることがあったのだ。それを、連合を組むことによって防ぐことが出来るのだ」

「例えば今日の[TM研]とか[脱サラ会]とかと手を組む、ってことか?」

「[脱サラ会]は分からないのだ。でも[TM研]は仲間思いな面が有って、パーティーとして大成する可能性はあるのだ」


 ハム太の言葉に俺が問いかけた結果、そんな返事が返ってきた。どういう事かというと、パーティーというものの強さは、突き詰めると「どれだけお互いを仲間と思って信じられるか」という点に掛かっているらしい。


「強い事で有名な連中を寄せ集めれば、それは表面的に強いパーティーになるのだ。ただ、ピンチの時に本当に強いのは、お互いが強い絆で結ばれた者達なのだ……大輝様もそれで一度失敗しているのだ」


 異世界[大賢者]兼[勇者]な大輝も、一時期、魔坑の攻略を焦る余り、有名な強者つわものでパーティーを固めるという方法を試みたらしい。しかし、結果は大規模メイズの最奥で已む無く撤退となった、との事だ。なんと言うか「あの大輝でも失敗するんだ」というのが俺の感想だったりする。道場で豪志ごうし先生に叱られている以外、大輝の失敗らしい失敗を見た事が無いから、新鮮な気持ちになる。


「その点、チーム岡本カッコ仮・・・・は大丈夫そうなのだ!」


 と、ここでハム太がそんな発言をする。いや、その名前は俺が勝手に付けただけで……と止める間もなく、岡本さんと嶋川がそれに喰い付く。


「なんだよ、そのチーム岡本カッコ仮って」

「そんなチーム名になってたんですか?」

「え? だってコータ殿はそう呼んでいたのだ?」


 全員の視線が集まる中、俺は仕方なく、


「……いや、何となく呼びやすくて、勝手に名前を付けてました」


 と弁解する。そして「でも、元職場でもそう呼ばれていたじゃないですか」と言い訳をしてみたが、


「まぁ、良いんじゃないか」


 という岡本さんに対して嶋川は、


「ちょっと、ダサすぎです!」


 カシスオレンジ3杯で酔っぱらっているようだ。と、そこにトイレから復帰した飯田が参戦し、


「ええ、エターナルウィンドとかアブソリュートインパクトとか、どうですか?」


 と中二病的な発想を持ち込んだ。その結果、ハム太のパーティー連合に関する話は有耶無耶になり、以後パーティー名をどうするか? について熱い討論が繰り広げられることになった。そして、最後は岡本さんの強権によって、


「チーム岡本! カッコ仮は無し。これで決定!」


 と決まった。


「横暴ですぅ~」

「けけ権力者ぁ~」


 という嶋川と飯田は、


「この後ラーメン奢ってやる!」


 という権力者岡本の一言でアッサリ懐柔されていた。


 こんなことでパーティーの名前が決まっていいのだろうか? とも思うが、現状パーティー名など自称の域を出ない趣味的なものだからまぁ良いか、と俺も納得してラーメンに付き合った。ちなみに奢ってもらえなかった。何でだろう? パーティー内格差かな?


 ただ、パーティー名については、思いも掛けず、次の週から意味を持つようになった。というのも[管理機構]が制度の一部を変更して[パーティー制(PT制)]を導入したからだ。他にも色々と制度変更があり、それを[管理機構]のWebサイトで確認した俺は、中の人五十嵐里奈の苦労に想いを馳せるのであった。


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