*31話 アトハ吉祥メイズ2回目⑧ ハム太の自己紹介なのだ!
3層へ降りる階段口では、相川と意識を取り戻した江本が待っていた。ちなみに[脱サラ会]を呼びに行くか考えている内に俺達が戻ってきた、とのことだ。確かに3層に降りて、一気にドタバタしたが、時間はそれほど経っていない。
出血多量状態だった江本はげっそりと青白い顔色をしてフラ付いているが、何とか行動可能といった程度に回復しているようだ。ジーンズは俺がザックリと切り裂いたので、今は腰に大きなバスタオルを巻いている状態だ。謝った方が良いかな?
「小夏! あぁ、良かった!」
「春奈も、大丈夫なの?」
流石に、女子二人は半分泣きそうな表情でお互いの無事を確認し合っている。一方、相川、井田、上田の三人は無言でお互いの肩を叩き合っていた。なんか、青春だね。しかし、まぁこの場所でやる事でもないので、
「とりあえず2層の入口まで戻ろう」
と雰囲気ぶち壊しの提案をして、全員で移動を開始した。2層の左側通路はまだリスポーンする時間帯ではないが、念のための警戒としてチーム岡本(仮)が先頭に立ち、その後ろをTM研が足取りの定まらない江本を支えて進む、といった順番だ。
「……俺は、……うん、文句はない」
「俺も……賛成だ、是非……」
「私もよ……」
「……みんな、ごめんなさい」
「大丈夫だって……も相川も気にするなよ」
位置的にTM研に一番近い俺の耳に、そんなボソボソとした会話が聞こえてきた。まぁ色々あったから、相談事も出てくるだろう。
(春奈嬢は、一度ちゃんとした医師か薬師に診せるべきなのだ)
というのがハム太の意見なので、2層入口ホールに到着した時にそう伝えよう。と、そんな事を考えている内に、2層入口ホールに到着する。そこで、
「今日は本当にありがとうございました。あの……これでお礼が十分か分かりませんが――」
そう、相川が言い、上田がナップサックを差し出してきた。中身は3層南側通路で拾ったドロップ品だろう。「ああなるほど」と察して岡本さんを見ると、少し困った顔(もコワイです)で少し黙り、
「コータ、どうする?」
俺に訊いて来た。おっと、コッチに振るのか……どうしよう?
「どうするって?」
とりあえずオウム返しに訊き返してみるが、
「だって、
おう……そういう認識はちょっと違うと思うんだけど……TM研の居るところでこれ以上
「――じゃぁ、今度飯でも
という事にした。……誰も不満の声を上げないから、これでOKだろう。
「でも……はい、分かりました、ありがとうございます」
すんなり納得してくれた相川。こういう対応は気持ちが良いものだ。流石、秀才風好青年。
「でも、なんで【回復】スキルが内緒なんですか?」
一方、江本がそんな疑問を発する。当たり前といえば当たり前の疑問だな。一応、答えはさっき歩いている間に考えてある。
「考えてもみてよ、【回復】なんてスキルを持っているって知られたら、重傷者が出るたびに引っ張り回されるかも知られない。それを断れば、最悪の場合逆恨みの対象だ。凄く迷惑じゃない?」
「確かに……そうですね、わかりました」
付け焼刃の想定問答だったが、どうやら納得してくれたようだ。良かった。
「それで、江本さんはこの後病院に行った方が良いと思う。多分酷い貧血状態だと思うから」
「はい、そうします」
という事で、TM研はこのままメイズを出ることに決めたようだ。別れ際に「連絡先を――」と相川が言ってきたので、岡本さんが電話番号を言い、それをTM研の面々が手打ちでそれをスマホに記録した。メイズの中は謎の妨害電波のお陰で圏外だから、明日にでも連絡する、とのことだ。
そんな相川の言葉を最後に、TM研の5人は1層へ向かって階段を登っていく。「出口まで送ろうか?」という岡本さんの親切もあったが、流石に「そこまでは気が引ける」ということで、彼等だけで移動することになった。最後に大井がくるっと振り向き、深々とお辞儀をしたのが印象的だった。ああ言う大学生ライフっていいよな……
「で、コータ、説明してくれるんだよな?」
自分の灰色大学生活に想いを馳せているところで、岡本さんの声によって現実に引き戻された。その声は怒っているようでもあり、呆れているようでもあった。仕方ない、
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2層入口ホールにはチーム岡本(仮)だけが残っている。時刻は15:05、右側通路を使っている[脱サラ会]の面々は多分最終アタック中で奥の方に居るのだろう。彼等の物音が聞こえないので、ホールは随分とシンとなっている。
さて、どこから説明したものか……先ずはメイズの中でしか出来ない説明をしよう。でもその前に、
「岡本さん、嶋川、飯田、隠していてゴメン!」
真っ先に素直に謝っておこう。別に嘘でもその場凌ぎでもない、この前から感じていた罪悪感のままに謝る。それだけだ。すると、
「さっき【回復】スキルの件で江本さんに答えていたような理由ですか?」
と嶋川。責めるというより「なんでか知りたい」という雰囲気だ。岡本さんも飯田も頷いている。ただ、隠していたのは【
「いや、隠していたのは【回復】だけじゃない。他にも、俺自身は【能力変換Lv2】と【戦技(刀剣)Lv1】というスキルを持っている」
「え? なんでそんなに?」
「……ん? 俺自身って、どういう意味だ?」
俺の説明に嶋川は驚くが、岡本さんは疑問を感じたようだ。悪いが嶋川の驚きに対する説明は後回しにする。
「俺じゃなくて、【鑑定】【収納空間】【気配察知】【念話】【異言語理解】というスキルを持っているのが……ハム太、出て来てくれ」
そう言うと、脇に置いたリュックサックをポンと叩く。すると、
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン、なのだ!」
と、空気を読んだのか読んでないのか意味不明の台詞と共に、ハム太が飛び出してきた。一応彼なりの正装なのだろう、最初に登場した時のように鎧兜に帯剣した完全武装スタイルだ。
「うおっ!」
「え?」
「ははひ!」
三人ともこれ以上驚きようが無い、といった表情になっている。うん写真に撮りたい表情だ。
「吾輩の名はハム太なのだ。元は大輝様の一の従者にしてメラノア王国の聖騎士に叙せられた造魔生物なのだ。今は訳あってコータ殿のお手伝いをしているのだ!」
ハム太なりに考えた自己紹介なのだろう。そう言うと、前歯をキュっと出して腰の長剣(ハムスターサイズ)をパンと叩いた。だが、既に色々と詰め込み過ぎだ。
「……どう処理すればいいんだ?」
「わかりません……」
「はひ、はひ」
「……すみません、なんかホント、すみません」
思わず謝ってしまう俺。しかし、ここでお喋りハムスターを見物していても話は進まない。俺は、全員の理解を置き去りにする覚悟と共に説明を続ける。
「で、さっきの【回復】も含めて、このハム太のスキルなんです」
「いや、なんです、って言われても……」
「理解が追い付かないですぅ」
「せせせ聖騎士……」
これは理解する
「コータ殿、肝心の【戦技(剣)Lv5】が抜けているのだ!」
何を思ったかハム太はそう言うと、誰もいない方向の壁に向かって腰の剣を抜き放ち、横薙ぎに振り抜いた。
――バンッ!
その瞬間、振り抜く剣の周りに薄雲が発生し、次いで衝撃音と共に壁の表面に火花が散った。って、なにそれ?
「やっぱり魔坑の中は調子が良いのだ。コータ殿、戦技を修練すればこのように斬撃を飛ばすことも出来るのだ。これでもLv5、元の吾輩のLv10の3分の1の威力なのだ」
との事。止めてくれ、話がややこしくなるのだ!
説明の収拾がつかなくなる予感に俺は頭を抱えそうになった。だが実際には逆に効果があり、こんな分かりやすいデモンストレーションを見せられた岡本さん以下全員は、疑問を言う気力を失ったようだ。
「もう、先に説明だけしてくれ」
「疑問は後回しですぅ、頭痛いし……」
「とと飛ぶ斬撃、かっけ~」
飯田の言葉にちょっと共感する自分が恨めしい。
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「――ということで、特に【鑑定】と【収納空間】は今のルールとか常識を壊しかねないので内緒にしておきたかった、というのが理由です」
と理由を説明する俺に、岡本さんは、
「……そうなったら、悪目立ちでは済まないよなぁ……なんで隠していたのか疑問だったが、そういう事ならまぁ、分かるよ」
と言い、肩を竦めるポーズになった。
「私は、最初からコータ先輩を責めてませんよ! ほんとですよ!」
と嶋川。そして、飯田は、
「じゃじゃじゃぁ、ポーションとかスキルジャ、ジェムのここ効果も分かる?」
と、カミ倒しながら核心を突く発言をした。実は、先ほど3層で斃した大型スライムからドロップしたスキルジェムは[管理機構]に買い取られるには惜しい物だった。その事実が、今の説明を後押しする理由の一つなのは間違いない。
「【鑑定】……ハム太のは【鑑定(省)】といって普通の鑑定よりも効果が限定的らしいですが、それでもスキルジェムの効果は分かります。それで、さっき3層でスライムからドロップしたスキルジェムは効果が【戦技(最前衛)】というものらしいです」
「これはかなり珍しいのだ! 通常の【戦技】スキルは、各人が習熟した武器や行動様式に対して効果が発揮されるのだ、でもこのスキルは既に効果が設定されているのだ!」
ということだ。つまり「最前衛」で戦う人向けのスキルとして効果が既に設定された【戦技】スキルということだ。その意味は、「最前衛」で戦う人が【戦技】を習得して、結果として「最前衛」を得るのとは全く違う。完全な素人でも「最前衛」としての効果が得られるというスキルになるのだ。
また、そもそも「最前衛」という色々な要素を含む【戦技】は意識して取ろうと思っても中々出来る事ではないらしい。そういう意味で大輝が持っているという【戦技(武器全般)】は反則級のスキルであり、俺の【戦技(刀剣)Lv1】も、まぁまぁ珍しい部類らしい。
「それで、俺はこれを岡本さんに使ってもらいたいです」
「吾輩も強く勧めるのだ。これは盾と片手武器、それに強力な敵の攻撃を受け止める術が詰まった、まさに岡本殿向けのスキルなのだ」
俺とハム太は交互に力説する。対して、少しボ~とした表情だった岡本さんは、急に名前を呼ばれて「オレ?」とばかりに自分を指差した。
「嶋川も飯田も、岡本さんが最前衛として強くなるスキルを取るのはどうだろう? 賛成してくれないかな?」
ここで俺の「一見提案風、でも中身は返事の強制」が炸裂する。スキルでも何でもない。実は岡本さんの物まねだったりする。
「コータ先輩が勧めるなら賛成です」
「ぼっぼ僕は、魔法スキルが取りたいです」
うん、全員賛成だ。という事にして俺は岡本さんを見る。そして、
「スキルジェムからスキルを取得してください……このパーティーみんなの為です」
途中から主旨が変わってしまった話し合いは、遂に立場が逆転し、俺が岡本さんに決断を迫る状況となった。
(コータ殿、よくわからないが、策士なのだ!)
ふふふ、恐れ入ったかハム太君……俺もどうしてこうなったのか良く分からないのだ。ハハハ……
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