*29話 アトハ吉祥メイズ2回目⑥ 岡本レスキュー隊出動!
(では、コータ殿、その傷口を押さえるのだ!)
俺はハム太に言われるまま、取り出した滅菌ガーゼの包装を破り、両手で江本の傷口を包むように押さえた。
(行くのだ! 【
ハム太が立て続けに何度も【
(もう良いのだ……流石にこれで[チー鱈]確定なのだ)
というハム太の
「……オイ……嘘だろ……」
「すごい」
「ななな、なんで」
そう岡本さん、嶋川、飯田が声を上げるように、江本の腿を内と外から深く穿っていた合計6つの傷口は、僅かに血を滲ませる程度にまで塞がっていた。よく見ると桜色の真新しい肉が盛り上がり、穴のように開いていた傷口を埋めている。表面に滲んでいる血は傷口から押し出されたものだろう。ガーゼでふき取ると、それ以上血が出ることは無かった。
「春奈、春奈! ……良かった」
相川の声は泣きそうで、横たわる江本に抱き着かんばかりの様子だ。恋人同士なのかな?
(傷は塞がり血も止まったのだ……しかし、失った血と体力を完全に戻すことは出来ないのだ。この辺が【
という
「遠藤さん、ありがとうございます! ありとうございます!」
顔色はまだ青白いものの、少し血色が戻った江本に安心したのか、相川は何度もそう言う。
「コータ、今のは?」
「凄いですぅ、コータ先輩」
「もももしかして、すっすスキルですか?」
一方、岡本さん達は当然の疑問をぶつけてくる。相川も口にこそ出さないが、同じような表情だ。
「【回復】っていうスキル、動画で見たことあるでしょ? それを海外オークションで手に入れた」
対して俺は、咄嗟の大ウソで切り抜けようとするが、
「でででも、すっすスキルの中身なんてわからない……そそれに、アレって海外では1個1,000万円以上も……」
うん飯田、その通りだ、だから余計な事を言うな。一方の岡本さんは難しい顔で俺を見ながら何か考えているようだ。コワイからやめて欲しい。と、その時、嶋川が声を上げた。
「あっ? そういえばTM研さん、他のメンバーは?」
ナイス嶋川! じゃない。そういえば、他の3人はどうなった?
「あ、あああっ……そうだった!」
嶋川の疑問に、相川はまたも絶望的な絶叫を発した。秀才キャラは跡形もない。
**********************
相川が言うには、3層に降りたTM研はまず南側の通路の攻略に取り掛かった。(ちなみに南側とは[管理機構]のマップにそう書いてあるからだ。右側左側中央側という呼称よりも分かりやすいとのこと)
ただ、3層南側通路は奥が浅く、しかも3層から複数で出現するというモンスターもスライムを除けばメイズハウンド3匹と大黒蟻2匹が単独で出ただけだったという。それでもドロップがそれなりに出た。それに気をよくしたTM研の面々は、一旦階段ホールへ戻ると、次は東側の通路へ向かうことにした。
東側の通路は回廊状になっており中で北側の通路に合流する造りだ。そのため「東から回って北通路に出て、そこから階段ホールに戻る」というルートを考えたらしい。そして、東側通路に入り、しばらくすると、メイズハウンド2匹と同時に遭遇。これまでと勝手が違い、苦戦する内に、背後にも他の通路からやってきたメイズハウンドが2匹出現し、挟み撃ち状態になった。
「それで、春奈が負傷して、なんとか階段ホールに戻ろうとしたんですが――」
合計4匹を何とか斃し、重傷の江本春奈を担いでホールに戻る途中、もうすぐホールという所で、天井から巨大なスライムが降ってきた。それで、最後尾にいた大井小夏が大型スライムに遮られる格好で東側通路に取り残された、ということだ。
「井田と上田が残って小夏を助ける、ということで、僕は先に春奈を担いで来たんです」
と言う相川は、そこでグッと歯を食いしばり、
「一度助けてもらったばかりでこんなお願いは――」
と言い掛けるが、全部言い切る前に、
「よし、オレは行くけど、みんなどうする?」
そんな岡本さんの言葉に遮られていた。まぁ、
「ぼぼ僕は行きます!」
「う~ん、コータ先輩はぁ?」
乗せられ易い飯田は即答。一方嶋川は「俺次第」的な視線を向けてくる。う~ん、
(3層……最近誰も行っていなくてドロップどっさりなのだ?)
ほう……金で釣ろうとは悪いネズミだ……
(スキルの件も有耶無耶になるかも? なのだ)
まったく、悪知恵の働く奴め……よし、
「行きましょう」
という事で、チーム岡本(仮)は即席レスキュークエストに向かうことになった。
**********************
相川に向けた「動けるようなら、あっちの[脱サラ会]に応援を頼んでみてくれ」という岡本さんの言葉を最後に、俺達4人は3層への階段を降りる。
そして、階段を降り切った場所には……劣勢に立たされた井田と上田の姿があった。二人は自作の槍のような長尺の武器を振り回して必死に牽制している状態。敵はメイズハウンド……4匹って多いな。しかし東側通路を背にする井田と上田に注意を向けるメイズハウンドの位置関係は、俺達に背中を向けていることになる。距離は10mを切る至近距離。
「飯田、嶋川、両サイドに牽制を、岡本さんは正面左、俺が右へ行きます!」
そう指示を飛ばして、俺も木太刀を手に前へ出る。階段ホールの構造的に、俺達の背後は壁と階段しかない。ならば、前に出ても問題無いという判断だ。そして、
――パシュツ、パシュッ
と、聞き慣れた弦鳴りが響く。
向かって左側のメイズハウンドの尻に飯田の矢が浅く突き立ち、そして右側のメイズハウンドには嶋川の矢が目一杯深く突き立った。メイズハウンドにしてみれば完全に不意を突かれた攻撃だ。飯田の矢を受けた方は、それでも後ろへ向き直ろうとするが、嶋川の矢を受けた方は床に倒れて痙攣するだけ。見るからに致命傷だ。
メイスを振りかざした岡本さんが飯田の矢を受けたメイズハウンドに殴り掛かるのを横目で見つつ、俺は「能力値[理力]を全て[力]に変換」と念じる。後は工夫もへったくれも無い。全力で走り寄って八相に構えた木太刀を上段からメイズハウンドの背中に振り下ろすだけ。
――ゴンッ!
という衝撃音と共に、手には背骨を圧し折った感触が伝わる。俺の一撃は井田と正対していたメイズハウンドの背をほぼ「逆への字」にへし折る威力を発揮した。完全にオーバーキルな一撃だ。たまらずメイズハウンドはその場で転倒すると血反吐を吹き出して絶命する。
一方、岡本さんが掛かった手負いの方も、メイスの一撃で頭を割られて斃されていた。残りは……あれ? 何匹だったっけ? と、ここで、
――【能力値変換Lv2】――
という文字が心に浮かんだ。
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