*23話 やっぱり先送り


2020年9月26日


 [受託業者]制度がスタートして10日ほど経過したが、日本国内の既存メディアはこの件について積極的に報じる姿勢を見せていない。ネットの情報によれば、少なくても2名の死者と10名前後の重傷者が出ているはずで、本来ならばマスコミが飛び付きそうなネタなのに、テレビやネットニュースのヘッドラインにはその手のトピックが一切無かった。想像するに、政府側からマスコミ各社に圧力が掛かっているか、経済団体から広告代理店や各スポンサー企業経由で番組制作に圧力が掛かっているか……まぁ、メイズ関連の事業は国策的な色合いが強いようだし、どちらもあり得るかもしれない。


 一方、ネット上の情報には色々と変化が出始めている。これまでは海外情報を引用して推論を展開するようなものが主流だったが、今は、自称メイズ・ウォーカーを名乗る人物が多く現れ、色々な情報が発信されている。真偽のほどは怪しいものが多いが、とにかく情報が増えたことに間違いは無い。


 ただ、ネットの情報といっても信憑性では、ハム太に訊いたほうが早いし正確な場合が多い、という事情が俺にはある。そのため、俺はネット情報については世間の認識や動向を確認する程度に留めるつもりでいる。その点で昔からある有名なネット掲示板は、情報の真偽はともかく、種類が多いので重宝するだろう。(装備晒しスレとか、装備が変だと指摘された俺には気になる存在だ。)


 一方、同じネット上の情報でも、管理機構がメイズ・ウォーカー向けに公開しているWebサイトの情報は毛色が違う。[法律・税金・運用制度Q&A]や[ご意見・ご要望窓口]は今後お世話になる可能性があるし、[交流掲示板]ではパーティーメンバー募集のスレッドがいくつか見られるようになった。また、[メイズ速報]は前日どのメイズに何人が潜行したか、と収拾品情報が纏められていて参考になりそうだ。その他にも、メイズ毎の情報をまとめたWikiタイプのページも運用が始まっていて、マップ情報はこちらに統合されていた。


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 で、俺はというと、そんなネット上の情報に一通り目を通した後、立ち上がり背伸びをする。ちなみに、デスクトップPCはハム太に占有されてしまったので、一昨日購入したタブレットPCを使っている。まだ慣れなくて少し使いにくいけど、これを持って某コーヒーショップに行けば意識高い系になるのだろうか?


「どうしたのだ、コータ殿?」


 そんな俺の様子に声を掛けてくるのはPC机を占拠したハム太。初メイズ後の反省会でこっそり分けてやった枝豆をいたく気に入ったらしく、以後、仕事中(PCでネットサーフィン)のお供として常食している。今も、両手で剥いた枝豆と掴んで齧りながら、PCの操作は両脚でやるという器用さを発揮している。


「いや、何でもないけど……そう言えば、そっちは何か情報は見つかった?」


 ハム太の疑問に疑問で返す俺だが、ハム太の方は残りの枝豆を口に押し込むと普通に話し出す。流石にハムスターだけあって、頬袋はしっかりと機能しているらしい。


「それなのだが、やっぱりどれだけ調べてもメイズコアを不活性化したり、メイズを討伐したという情報は出てこないのだ……」


 そう答えたハム太は、俺の方を向いたまま膨らんだ頬をムギュっと押して(頬袋の中身を口の中に戻したのだろうか?)再びモグモグとやり始めた。そのとぼけた表情と仕草がおかしくて笑いそうになるのを、視線を逸らせて誤魔化すと、


「ちょっと気分転換に散歩を兼ねて夕飯を仕入れてくるわ。引き続き攻略の進み具合とか、よろしく」


 と言い。アパートを後にした。背後から、


「ついでに枝豆も忘れずに買ってくるのだ」


 と掛かったハム太の声には「はいはい」と返事だけで返した。


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 愛車のシティバイクママチャリは現在近所の自転車屋さんに入院中。そのため、9月下旬の涼しさを増した午後、俺は少し離れた駅前のスーパーへ徒歩で向かいながら、考え事にふけった。頭の中にあるのは、ハム太に調べてもらっている事柄と、その他幾つか結論を先延ばしにした問題達だ。


 その内、ハム太に調べてもらっているのは、さっきハム太自身が「見つからない」と言っていた「メイズコアを不活性化したり、メイズを討伐した」という実際の情報だ。何故これを調べてもらっているかというと、理由は幾つかある。まず、第一にメイズコアを不活性化した際に修練値無しで習得できるというスキルの存在だ。


 メイズについて大輝とハム太から話を聞いた当初から、あの二人はスキルの積極的な習得を勧めてきていた。一方、俺はその「スキル」に懐疑的だったのだが、先日道場に行き、そこで【戦技(刀剣)Lv1】の恩恵を実感してからは、前向きに考えるようになっていた。スキルが無効になる道場では、あの重たい木太刀をメイズ内と同じように振れなかったのだから、認めるしかないというものだ。となると、確実にコストゼロでスキルを習得できるメイズコアは魅力的な存在だといえる。


 他には、最初の交信の時に大輝が言った「これからメイズが増殖して大変な事になる」という内容の発言や「魔物の氾濫」という現象が漠然と気になる、というのも理由だ。メイズが増殖する云々、については、メイズを討伐することが対抗策になるだろう。そのため、討伐実績を知りたかったのだが、これについては今の所情報無し。今後は、さっき出かける間際にハム太にお願いしたように「各国の進捗状況」を調べてもらうことになりそうだ。


 一方「魔物の氾濫」については、まさに俺のようなメイズ・ウォーカーが収拾品を求めてメイズに潜る行為が「間引き」になるらしい。その点では管理機構のWebサイトに公開されている[メイズ速報]の情報 ――何人メイズに潜って、どれだけ収拾品があったか―― は重要な情報源だった。


 ちなみに、チーム岡本(仮)が初めて潜ったアトハ吉祥メイズは、翌日から潜行者が急増していた。多分、収拾品情報に高額品の名前が挙がったため「二匹目のドジョウ」狙いの同業者が集まったのだろう。そのお陰で、都内からアクセスの悪いメイズは潜行者が少なくなっている。こんな偏りを放置すると「魔物の氾濫」という結果に繋がる、というのはハム太の意見だ。


「しかし……手に負えないぞ、そんな問題」


 というのが素直な感想。「メイズの増殖」も「魔物の氾濫」も、俺は状況的に起こりうる事実として受け入れているが、普通の人間ならば可能性は理解しても、実際に起こるまでは事実として受け入れないだろう。そんな事に警鐘を鳴らして注意を呼び掛けても、きっと相手にされない。というか、SNSのアカウントすら持っていない俺の発信力では土台からして無理な話なのだ。普通の人間には手に負えない情報だ。


「ケ~セラ~セラ~、知りすぎた男だよ」


 映画の内容はともかく、そんな風に口ずさんだ。間が悪く通り過ぎた自転車の女子高生がギョッとこちらを見て、一気に漕ぐスピードを上げて遠ざかっていく。なんだろう、凄く恥ずかしい。


 結局、この件につては何もできない。辛うじて出来る事と言えば、例えば「魔物の氾濫」に備えて予兆を大輝から教えてもらい、せめて身近な人達だけでも守る、というものだろう。それで守ることができれば御の字おんのじというものだ。


 ということで、俺は別の件に考えを移す。先送りにしている問題が幾つかあった。その内のひとつは「今後どうするか?」といったもの。今は妹・千尋ちひろの借金を返すという目標があり、一応前回の稼ぎから70万円をプールしている。しかし、全額返済にはまだまだ遠い。さっさと全額を返済して、少しは兄らしいところを見せたいと思っている。


 しかし、「その後どうするか?」については、現在保留中だ。このままメイズ・ウォーカーをやるか、ちゃんと就職するか、ずっと保留中なのだが……まぁこの件はまだ保留で良いだろう。最低でも借金を全額返済するまでは、稼ぐことに集中しよう。


 一方、もう一つの問題はもっと悩ましい。それはお喋りハムスター・・・・・・・・ことハム太の事だ。いずれチーム岡本(仮)の面々に存在を伝えなければと思うのだが、最初に言わなかった事がこれほど後ろめたさ・・・・・になって後日影響するとは思わなかった。


 反省会をやっている時はそれほど意識しなかったのだが、その翌日から暇に任せて色々調べたり考えたりしている内、「俺はとてもマズイ嘘をついたことになるのでは?」という後悔が湧いて来たのだ。


 さいわいにもチーム岡本(仮)の初メイズは目立った被害や怪我人無し(飯田はノーカウント)で切り抜けたが、ネット上の情報では2人の死者と10人前後の重傷者が出て、他にも数十人が病院送りになっていることを伝えていた。死亡事例や重傷事例はいずれも1~3人以下の少人数グループで、主に混み合ったメイズの4層以下に獲物を求めて降りて行った結果の事故だったようだ。しかし、それ以外でも重傷者や軽傷者は沢山出ている。改めて言うまでもなくメイズは危険なのだ。


 そんな危険な場所に、ハム太の存在を隠したままおもむくことは、岡本さん達に対する裏切りになるのではないだろうか? ドロップが云々うんぬんで鑑定をどうするとか、収納空間がバレたら面倒臭いとか、俺は少しメイズを舐めていたのかもしれない。


「でも……言い出しにくいなぁ」


 ただ、一度黙っていた事を打ち明けるには……なんというか、タイミングが必要だと思う。そうだから、そのタイミングを待つしかないと思う。そして、このパターンは後々まで言い出せないパターンだな、と予感しつつ、考えがその辺りに至ったところで、俺は駅前のスーパーに到着していた。今日の夕飯は……枝豆入りカレー(レトルト)にしよう。


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