*24話 アトハ吉祥メイズ2回目① 同業者は競合者
2020年9月27日
9月最後の日曜日がチーム岡本(仮)のメイズ潜行2回目の日。「なんで日曜に?」という疑問を持たないよく訓練された俺達は、吉祥駅に朝9:30に集合すると前回のようにB1Fの閉鎖エリアへ向かった。そして、前回同様にセキュリティーゲートを通り管理機構が管理するB1Fスペースへ入ったのだが、そこで前回とは異なる雰囲気を感じた。何となく人の気配がするというか……前回来たときは閑散とした印象だった休憩スペースに人の居た形跡があるのだ。
折り畳み机とパイプ椅子を並べた休憩スペースだったのだが、今は飲みっぱなしのPETボトルや缶コーヒー、コンビニ弁当のカラなどが机に散乱し、椅子も乱雑になっている。雰囲気的には10人程度のグループが休憩スペースを使った後に片付けずに立ち去った、という印象だ。
既に潜っている人達がいるのだろう。確かに、今週の月曜日辺りからアトハ吉祥メイズは連日30人ほどの[
「同業者が居たらやりにくいんだろうな」
「お花見の場所取りみたいになるんですかね?」
とは岡本さんと嶋川の会話。俺も同じ意見だ。今の所メイズへの出入りは8:30-18:30に制限されている。これは管理機構サイドの労働時間の問題だと思うが、その一方で時間外にメイズ内に留まることについては何の制限も無かった。ただ、買取りカウンターへのゲートが封鎖されるので、外とのアクセスが出来ないだけだ。しかし、アトハ吉祥メイズの場合、ゲートの向こう側のB2F機械室内はメイズの外なので、その場所に退避、休憩することは出来る。居座り易い構造だといえる。
「大人数のグループが交代しながら居座る、なんてことに成るかもしれませんね」
「かか、狩場占拠ですね……むむ昔のネットゲームでよくありました」
俺の言葉に飯田がそんな風に言う。そして、この飯田の言葉は、既に現実のものになっていた。
「現在10人のグループが1つ、6人のグループが1つ、5人のグループが1つ、先行してメイズ内に居ます」
B2Fへ続く階段手前のゲートで30代前半くらいの女性職員さんに訊いたところ、そのような回答であった。そして、
「10人のグループは今週の水曜日から交代しながらずっと潜行してますね……」
と言ったところで、少し表情が曇る。その様子に岡本さんが「何かあったの?」と訊くと、
「
と、話し始めた。
なんでも、別の8人グループがやってきて、その10人のグループとメイズの中で口論になったという事だ。その時10人グループは1層全面を貸し切りのように占有しており、その事に後からきた8人のグループが抗議したのが揉め事の発端だという。それで、全く無関係の受託業者からその事を聞いた現場職員の彼女は、なんとか口論を治めようと仲裁を試みたらしい。しかし、既に随分とエスカレートしており、彼女のような女性職員ではどうにもならない状況だったとのこと。ちなみに、待機している制服警察官は、
――メイズ内に入るのは本部の許可が要るので、外に連れて来てください――
と、全く頼りにならなかったとのことだ。あの制服はコケ脅しか。
「それで、丁度
ということだった。口論騒ぎの最中に、偶然にも本店(管理機構の本部をこう呼んでいるらしい)から様子を見に来た職員がいて、1層に入って行って中のトラブルを仲裁したということだった。
「凄かったですよ、怒鳴るとか大声を上げるんじゃなくて、こう静かに『皆さん、管理機構はいつでも皆さんとの委託契約を解除できますが……どうしますか?』って、もうそれだけであんなに騒いでいた人達がシンってなったんです……同じ女性とは思えないわ、流石本店の人ね、私には無理だわ」
と口真似を交えて教えてくれた。話しぶりから「本店の人」というのは女性のようだ。しかもその口真似が何となく
「――という事なので、余りトラブルは起こさないようにお願いします」
ゲート係の女性職員は、やたらと
「わかりました、気を付けます」
と返事をしてB2Fの機械室へ続く階段を降りて行った。
**********************
アトハ吉祥メイズの1層目入口はホール状になっていて、そこから左右と正面の3方向へ続く通路が伸びている。前回は「様子見」ということもあり、左側通路の途中で引き返したチーム岡本(仮)は、左側通路の踏破を今回の目標のひとつにしていた。しかし、
「やっぱり……いるんだな」
「そうですね」
と岡本さんが言い、俺が返事をするように、入口ホールに3人ほどの同業者が溜まっていた。左側通路への入口を塞ぐように立つ3人は、見た目は30代前半くらい。装備の傾向はどちらかと言うと飯田よりのミリタリールック。持っている武器はクロスボウが1人、マチェットが1人、長めの鉄パイプが1人だ。ただし、バッチリと装備を着込むというよりも、だらしなく着崩した印象がある。飯田の相変わらずな
「どどど、どうしましょう」
「なんだか嫌な感じですよ」
とは飯田と嶋川。
嶋川が言うように、嫌な感じがするのは確かだ。俺達がホールに降りてからずっと、連中は何を言う訳でもなく只々視線を向けてくるだけ。しかし、好意的な印象は一切受けない。
「右の方へ行ってみるか?」
と、岡本さん。すると、
「右には、もう先客がいるぜ」
と3人のうちの1人が声を掛けてきた。それを皮切りに、
「左は俺達が使ってるから、1層は満員だ、下へ行きな」
「そんな装備で大丈夫かぁ、おっさん1人とヒョロいのが2人に女が1人ってさぁ……しかも木刀ってなんだよ、修学旅行の土産屋じゃあるまいし」
などと言って笑い声を上げた。険のある態度に思わずムッとする。てか、木太刀装備を部外者に笑われるのは凄く腹が立つ。初めて知ったよ。
(コータ殿、別に強い相手ではないのだ、修練値も150前後で同じなのだ、ガツンと行くのだ!)
とは、リュックの中のハム太の【念話】。まぁ、修練値が俺達とほぼ同じなのは、多分ずっと1層に留まっているからだろう。しかし、ガツンと行くっていってもなぁ……一応日本は法治国家だ。メイズの中も日本国法が適応されることになっている。
「そうか、教えてくれてありがとうな」
と、ここで岡本さんが声を発した。その外見からは想像もつかないような邪気の無い爽やかな口調は、まるで朝のジョギング中によく見かける人に挨拶をするような感じだ。そして、
「ところで2層に行ったのは何人くらいか知っているかな?」
と尋ねる。これに対して3人の内の1人が、
「そんなもん、知らねーよ」
と答えるが、それに対しても岡本さんは、
「そうか、分かったよ」
とだけ返した。そして「行こう」と短く俺達に声を掛け、後は三人組を全く無視して中央の通路へ入って行った。
「……ああいう手合いと絡みついても損しかないからな、放っておくのが一番だ」
と押さえた声で岡本さんが言ったころ、2層に降りる階段が見えてきた。
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