*閑話2 五十嵐里奈の日常② 一括買取り制度の行方


2020年9月23日


 港区虎ノ門の行政法人が複数入居したオフィスビルの4Fが[管理機構]のフロア。オフィススペースはそれほど広くないが、何故か会議室は広い上に装備が完璧にそろっている。防衛省から出向してきたチームメンバーの話では、国家安全保障会議でも使われる隠匿性の高い回線が敷かれているらしい。


 その会議室で定刻午前10時から始まった会議は、数えるだけで8~10の多元接続のウェブ会議だった。議事進行は内閣府の先々進技術・クリーンエネルギー開発推進局(略して先エネ局)の調達企画課長が務めている。所謂いわゆるキャリア官僚で、出身省庁は……どこだっけか? 覚えてない。


「――[認定証]交付後、昨日午前までの約7日間でメイズに潜行した受託業者の数は延べ683人。その内受傷者の数は指定病院で診療を受けた総数が42人で、軽傷者が24人、2週間前後の通院を要する中傷者が8 人、1か月を超える入院加療が必要とされる重傷者が8人、病院搬送後に死亡が確認されたのが2人です」


 とは、[管理機構]総務部の中川部長。全体共有画面にはメイズ毎の日別潜行者数、被害者数、被害内訳を表したひょうが映し出されている。


 被害が出たのは知っていたが、その数は私が想像していた以上だった。「驚いた」というのが素直な感想だ。


『被害者数だが、想定との違いはどうですか?』


 とは、内閣官房副長官補の平川副長官補。今日の会議の出席者の中では多分一番席次が上の人だ。この平川副長官補の発言を受けて司会の課長が回答を促すが、誰も声を発しないまま1分ほど過ぎた。多分、想定されていなかった質問なのだろう。沈黙に、平川副長官補が「ん?」と声を発する。それに溜まらず、司会の課長は中川部長に回答を求めた。


「はい……えっと……少し古い試算になりますが、被害者数の想定は警察庁と消防庁の試算よりは……約3割ほど少なく、防衛省の試算よりは……防衛省の試算とほぼ同水準です」

『そうですか。被害者の傾向などが分かれば対策が打てそうですね。よろしくお願いします』


 チラと富岡係長の顔を見ると、私の視線に気付いたのか、こちらを見返して小さく肩を竦めて見せた。う~ん、被害は織り込み済み・・・・・・といったところなんだな。


 と、私が考えている内に、議題はマスコミやネット情報、SNSの対応に移るが、こちらは大した内容ではなかった。短く、


『マスコミ対応とSNSネットメディア対応は既定路線を継続しますが、これについては、平川副長官補、後程別に』


 とのことだ。ちなみに発言者は総務省の大臣官房審議官。「後程別に」と言うくらいだから、この場には相応しくない内容なのだろう。ただ、昨日帰宅してからざっとSNSやネットニュースを確認したが、被害者に関する言及は驚くほど少なかった。辛うじて数件、キーワード検索に引っかかる内容があったが、例の「自己責任論」が展開されているだけだった。


**********************


『では次に、資源開発部から収拾品の報告をお願いします』


 その後会議は幾つかの小さい議題(受託業者数が想定よりも少ないとか、潜行されるメイズに偏りが生じているとか)を経て、収拾品の報告へと移る。発表するのは資源開発部の江口部長。財務省から現役出向してきたキャリア組だ。なんというか、先に発表した中川部長とは覇気が違う。というのも当然で、メイズからの収拾品買取り制度について、財務省はかなり強く影響力を持とうとしているらしい。そのため、理事役員ではなく実務の責任者である部長職に優秀な人材を投入してきた。というのが、少し前に富岡係長から聞いた裏話・・だったりする。


「まず、画面をご確認ください。想定されていた買取り予算の内訳と、先週1週間での実際の買取り額の対照です」


 画面には[重要素材][準・重要素材][その他A][その他B][その他C]という項目が映し出され、事前の予算と実際の額を比率で対照させてある。まさに昨日の休日出勤と今朝の早朝出勤の成果と言うべき表だった。


「御覧の通り、[重要素材]と[準・重要素材]の比率が事前の予想の半分を下回り、一方でその他AからCの部分が予想の2倍近い数字になっています」


 確かにその通りの結果になっていた。[重要素材][準・重要素材]とは所謂いわゆる[メイズストーン]、[スライム粘液]、[各種金属塊類]、他には[メイズハウンドの皮]のように各モンスターがドロップする生体素材類だ。一方、その他AからCに分類されるのは、[スキルジェム][ポーション類][アイテム類]という区分けになっている。


 今の政府の方針では、その名の通り[重要素材]と[準・重要素材]については喉から手が出るほど欲しいが、その一方で[その他A~C]に分類される品には、それほど需要が無い。なんと言っても、利用が限定的であったり不明であったりするためだ。


「このままでは買取り予算の半分以上をその他分類に食われることになります。やはり一括買取り制度は見直し、重要素材を重点的に買い取るべきだと思われます」


 おお、流石財務省出身キャリア、言ったねぇ~。と、私が内心で感心する一方、この発言を契機にウェブ会議は少し荒れる展開となった。


『厚生省としては新薬開発をバックアップするために[ポーション]は重要だと考えている。その他と区切られるのは如何なものか』


 とは厚生省の方。言い分は良く分かる。


『国内治安維持の観点から、得体の知れないスキルが入手できるスキルジェムや、用途が不明ながら犯罪に用いられる可能性のあるアイテム類に網を掛けるため一括買取り制度は維持するべきではないでしょうか?』

『無断持ち出し案件や詐欺が疑われるネットオークションが多数報告されています。この状況で買取り制度を止めれば混乱が生じます』


 とは公安委員会と警察庁の方々。こちらは分かりやすく買取り制度維持派。


『しかし、我が国の技術開発は素材供給の面で諸外国から立ち遅れている。やはり重要素材の供給に焦点を絞るべきと考えます』

『素材の安定供給が無ければ、開発に参入する企業は増えようがありません。予算が限られるならば選択と集中はやむを得ないと思いますが』


 とは、切実な文科省と経産省。制度云々よりも重要素材を安定的に入手することが優先されるという立場だ。と、ここで再び江口部長が口を開いた。


「原則的に[重要素材][準・重要素材]のみを買取るように制度を維持しつつ、[その他]に分類される収拾品は確認後、問題が無ければ受託業者に返却する、というのはどうでしょうか? または[管理機構]が主幹するオークションサイトを立ち上げてもいいかもしれません」


 確かに江口部長の意見はベストな解決策だろうけど……


『それはそうだろうけど、江口君、その確認という作業は誰がどのように行うのかな?』

『そうだ、そもそも確認のしよう・・・が無いから[その他]の分類なんだぞ』

『それとも[管理機構]は正体不明の品のオークションサイトをやるつもりなのか?』

『余り良いアイデアとは思えないな、民間が混乱する』


 まぁ、そういう反応になるのは仕方ないと思う。と、そこで、江口部長のお里・・である財務省の方が発言をした。


『聞いた話では、自衛隊の一部の部隊は随分と効率的にスキルを取得して戦力を増強しているとか……我が国のメイズ開発は民間の面では他国に見劣りしますが、各国の精鋭部隊レベルで見比べると、そこまで劣るものではないとも……何かしら収拾物の効果を見極める方法をお持ちなのでは? などという話、与太話ですかな?』


 その発言に殆ど面々がモニター越しに「え?」と言う表情になる。勿論[管理機構]の会議室から接続している私達も同じだ。


『ば、馬鹿な、そのような噂を会議に持ち込まれては――』


 一方、突然変な風に話を振られた防衛省の方は、咄嗟に否定するような発言を始めるが、


『まぁ待ちたまえ』


 という平川副長官補の言葉がそれを遮った。


『この場は報告会だろう。それに、各省課長級に数人大臣官房審議官が加わった程度の話し合いでは埒が明かない。違うかね? 大崎課長』


 ちなみに大崎課長とは真偽不明な話をぶち込んで来た財務省の課長だ。流石に平川副長官補にそう言われて、大崎課長は無言で頷く。


『この話に関係して近く省庁審議官レベルの会議が行われることになっている。何等かの変更はあるかもしれないが、それまで[管理機構]は現在の制度を維持、いいかね?』


 結局、この日の報告会は、この平川内閣官房副長官補の発言でお開きになった。しかし、財務省の大崎課長が言うように自衛隊が収拾品を鑑定する方法を持っているならば……なんだろう、仕事が増えそうな気がする。


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