*21話 チーム岡本(仮)IN アトハ吉祥メイズ⑥ 換金と反省会


 大型のスライムを斃した後、俺達チーム岡本(仮)はメイズを後にした。中にいた時間の合計は2時間で、思っていたよりも長時間メイズ内で過ごしたことになる。まぁ初めて尽くしの初メイズだから、体感時間が短く感じたのだろう。


 収集したドロップ品は上々の結果だった。途中までは[メイズストーン]約2㎏と[ポーション]1本[メイズハウンドの皮]1枚だったが、最後の大型スライムから買取り額の良い物 ――[スキルジェム]と[スライム粘液]――がドロップしたのだ。そのお陰で全体の収集物は、


[メイズストーン]合計約2㎏

[メイズハウンドの皮]1枚

[ポーション]1本

[スキルジェム]1個

[スライム粘液]1㎏


 という結果になった。


 その内、[スキルジェム]は、ハム太の【鑑定(省)】によると、


(う~ん、使用型アクティブスキルの【逃走】なのだ……敵から逃げる時に逃げ足が速くなるスキルなのだ)


 とのこと。ただし貴重なスキルではないとのことなので、今回は【収納空間(省)】で胡麻化したりせずに、買取りへ回す事にする。岡本さん達も、


「どんなスキルか分からないから……今回は売ったほうがいいだろ」

「賛成です」

「ままま、魔法かも……いえ、さ、賛成です」


 という意見だった。まぁスキルジェムに限定しなくても、いつかパーティーにとって有用なスキルやアイテムが出た時点で、ハム太が持つ便利スキルセット(鑑定・収納・その他色々)については説明しなければならないだろうけど……まぁ、それについてはまた今度考えよう。問題の先送りだ。


 一方、[スライム粘液]はミニサイズのスライムのようなゲル状の塊だった。ただし、スライム本体と違い透明度がかなり高い。「柔らかい透明なゴムの袋に入ったゲル」としか表現できない物だ。


 メイズから出た俺達は、それらの収拾物を買い取りカウンターへ持ち込んだ。そして[魔素干渉測定装置]による測定を受けた後、待たされること30分。俺達しか居ない待合スペースに設置されているモニターに、渡された整理券の番号「01」が表示され、再びカウンターへ向かう。


 期待の買取り価格は、


**********************

[メイズストーン]2,352g  94,080円

[メイズハウンドの皮]1枚   30,000円

[ポーション]1枚       15,000円

[スキルジェム]1個    2,500,000円

[スライム粘液]1kg   1,500,000円

―――――――――――――――――――――

合計           4,139,080円

メ特税(源泉徴収20%)-827,816円

―――――――――――――――――――――

税引後合計        3,311,264円


**********************


 価格表が公表されているから分かっていたことだが、流石に7桁の数字を見せられるとテンションが上がる。4人で分けても80万円越えとは……前の会社のボーナス4回分より多いのは確実だ。これで千尋の借金返済の足しにもなるし、困窮し始めた生活も何とかなる。ああ、生き返った気持ちだ。


「よっしゃぁ!」

「やったぁ!」

「すすす、すごいです!」


 俺同様に歓声を上げる岡本さん達。待合室に他に誰もいないので遠慮なく喜んでいる感じだ。


「あの~、お支払いはどうしますか?」


 そんな俺達をやや鬱陶しそうな目で見ながら、買取りカウンターの女性職員が声を掛けてきた。それには岡本さんが、


「等分で、口座振り込みでお願いします」


 と答えていた。その後は職員の方が「手数料は――」とか「振込日は連休明け――」とか説明していたが、正直言うとあまり覚えていない。4等分に再計算された[買取り計算書]を受け取った俺達は、メイズ内での疲れを忘れたような軽い足取りでカウンターを後にした。


**********************


 その後、更衣室で着替えを済ませた俺達は、大きな荷物を抱えてアトハ吉祥メイズを後にした。この頃には少し落ち着きを取り戻していたが、まだ心が浮ついた感じがする。しかし、そこは流石に年長者の岡本さんが引き締めるような発言をした。


「反省会をするぞ。俺も含めて、このままだと全員、浮かれまくって帰りに車にでも轢かれ兼ねない。気を引き締める意味でも、色々記憶が新しい内に話し合おう」


 ということだ。


 因みに反省会の実施は(岡本さんの中では)決定事項だったようで、吉祥駅近くの居酒屋を予約済みとのことだ。今の時刻が午後4時半だから、居酒屋に繰り出すには少し早い時間になるが、お店のほうは日曜日ということもあり営業しているらしい。


 ということで、大きな荷物を抱えた俺達は、連休中日の人混みを軽い足取りでかき分けて居酒屋に移動すると、半個室といった雰囲気のボックス席に通された。最近はチェーン展開の居酒屋も雰囲気を重視する傾向が強い。お陰で余り他人の目を気にせずに話せるという環境だ。多分反省会にはうってつけだろう。


「今日のチーム目標の一つだった様子見は達成した、ってことで良いな?」


 と岡本さん。ちなみにドリンクと食べ物をオーダーして、それがやってくる前の短い時間の会話だ。今日のチーム目標である「下見、様子見」は取り敢えず完了した、という岡本さんの言葉に異論はない。俺も嶋川も「ウンウン」といった感じで頷く。その一方で、


「で、役割分担についてだが……」


 と岡本さんが続けて切り出した時、


「お飲み物をお持ちしました~」


 と学生バイト風の若い女の子がオーダーした飲み物を運んで来た。岡本さんが生ビール、嶋川がカシスオレンジで俺がハイボール、そして飯田はカルアミルクだった。


「じゃ、まずは乾杯しよう」


 飲み物が来たので、一旦そんな流れになる。


「初メイズ、お疲れ様でした~!」

「お疲れ様!」

「お疲れ様ですぅ!

「お、お疲れ様です」


 もうここまで来たら4人バラバラな飲み物も余り気にならない。乾杯だけ音頭を合わせると、後は各自が好きなようにジョッキに口をつけるだけだ。そして、夫々が好きな具合に喉を潤したところで、不意に飯田がカルアミルクが入った氷入りの中ジョッキをテーブルにドンと置くと、


「ぼぼ……ば、僕はどうしたら良いですか!」


 と少し大きな声で切り出した。「どうしたら良い」というのは、今日のもう一つのチーム目標でもあった役割分担の事だろう。正直なところ、飯田の装備は彼の力量と比較するとちぐはぐな物だった。少なくても俺はそう思ったし、どうも、飯田の言葉を受けた岡本さんの表情も嶋川の表情も同じような感想を持っているように見える。


「くくく、クロスボウも当たらないし、それに溶けちゃったし! マチェットも全然ダメで……あれも溶けちゃったし! ぼぼぼ、ボクはどうすればいいんですか!」


 そう言うと、残りのカルアミルクをごくごくと飲み干す飯田。すかさず店員を呼ぶボタンを押して、お替りを頼みながら、その一方で悩んだような表情を見せる。普段は不器用なくせに、こういう時は器用な奴だ。


「い、飯田先輩、そんなに思い詰めなくても……」

 

 というのは嶋川の台詞。運ばれてきた二杯目のカルアミルクを一気飲みで飲み干した飯田に掛けた言葉だ。というか、カルアミルクって殆ど牛乳だろ……立て続けにジョッキ二杯の牛乳はちとキツイ気がするんだが……と、三杯目を頼んだ飯田に、俺は少し心配になってきた。


「まぁ落ち着けよかける。それも含めて、今日のもう一つの目標だった役割分担について話そうじゃないか――」


 対して岡本さんは、飯田を宥めるようにしながら、言葉と続ける。途中オーダーした食べ物が届いたり、飲み物のお替りをしたりと、中断されながら続いた岡本さんの話は、所謂いわゆる寸評すんぴょうのような内容だった。ただ、飯田の思い詰まったような疑問をかわし、嶋川から話を始める辺りは「上手いなぁ」と思う。


**********************


 曰く、嶋川のアーチェリーによる遠隔攻撃は良かった。それに中衛的な立ち位置も結果的に前後両方に遠隔攻撃を向けられるため良かった、というもの。これには俺も、少し悔しそうな飯田も頷く。一方、嶋川自身は、


「ちょっと威力不足な気がしました。次はやじりを競技用から狩猟用に変えてみます」


 ということだった。彼女なりの問題点を認識していた、ということだろう。また、


「後は、射線を確保するために積極的に動くべきかな……でも、撃つタイミングを指示されないと、背中を撃っちゃいそうで怖いですね……慣れだと思いますけど」


 という意見もあった。まぁ、もっともな意見だと思う。寧ろ、随分積極的だなと内心驚いた俺である。


 そこで嶋川の分は一旦区切り、岡本さんの寸評は彼自身に対するものに移った。曰く、


「棘バットは予備を持ってくる事にする、斧の出番は無さそうだったから二振りも要らないだろ。それに、今度は機動隊が使うみたいな盾を持ってこようと思う。第1層では必要ないかもしれないが、今後深い層へ行くなら、防御を固めないとな」


 との事。俺は「賛成です」と伝えた。どう考えてもパーティーの先頭を行く岡本さんのポジションは盾役だ。ガッチリしたザ・コワイ系(兼、パンク系)お兄さんの岡本さんには随分と似合いそうな役回りだと思う。


「後は……一応、今日は前の職場の流れで勝手に仕切ったけど……あれでよかったかな?」


 というものだ。もう上司と部下の関係性ではないので、忌憚きたんのない意見を言って欲しいということだ。それに対して嶋川は、


「岡本さんが仕切らないと、多分このメンバーだと誰も仕切れません」


 と言って笑った。俺も飯田も勿論同意見だ。対して岡本さんは、


「ならよかった……ただ、パーティーとしての行動は仕切り役になるとしても、言い難いんだが……情けない話、戦闘時の指示は正直しんどい」


 と言うと頭を掻く素振そぶりをした。4人の先頭に立って気配に集中しながら前進し、その上「モンスターと遭遇したらどうするか」までを考えて行動するのは、精神的な疲労感が大きいということだ。特に、今日最初に遭遇したメイズハウンドに気が付かなかったことで、


「柄にもなくりきんでしまった」


 ということだった。そして、


「そこでだ、コータの話になるんだが――」


 飯田さんの寸評は課題を残したまま、俺に移った。もう、何が言いたいか分かるよ岡本さん……


「コータの最後衛ポジションは、もう決まりで良いだろう。メイズハウンドに挟み撃ちされた時も、コータが一人で後ろを抑えてくれたから問題なく対処できたし――」


 そういう岡本さんは、そこで一旦区切ると、


「でだ、戦闘時の指示出しをコータにまかせたい」


 と、切り出してきた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る