*20話 チーム岡本(仮)IN アトハ吉祥メイズ⑤ スライム・デ・ブリュレ


 悲鳴を上げた飯田だが、半泣きになりながらも立ち上がろうとしていた。大丈夫そうで何よりだ。


(スライムへの中途半端な物理攻撃は反射されるのだ……でも、元の威力が低いから大したことはないのだ)


 という、ハム太の声が聞こえている俺は、起き上がろうとする飯田はさて置き、通路とホールの間を塞ぐように床に広がったスライムを見る。幅4m弱の通路を半分塞ぐように床に広がるスライムは直径2m以上の巨大鏡餅の1段目のようだ。


(結構大物なのだ)


 ハム太の意見だが、俺も同意見だ。某名作RPGの雑魚敵みたいに、もっと小さくて可愛いのかと思っていたが、そんなことは無かった。


――結局相手をしないのが一番だが、斃そうというなら色々やり方はある。まずスライムの核めがけて物理的に強烈な一撃を加える、というのが楽な方法だが……多分[力]の能力値が30を越えないと反射される。他の方法としては魔法で焼いたり凍らせたりというも有効だが……初めの頃に俺がやったのは大量のおが屑を乗せて松明で燃やすという方法だ――


 というのが、対スライム戦における大輝のアドバイスだった。なんでも、おが屑を振りかけて火を着けると、燃えた場所が焦げて硬くなり反射の効果が失われるということだ。だから、核の付近に重点的におが屑を撒いて火を着け、焦げて硬くなった所を鈍器で殴って核を潰す、というのがあっち・・・の世界に飛ばされた直後の大輝の対スライム戦術だったという事だ。無機物質である金属よりも、有機物質であるおが屑などの方が、溶解されるのに時間が掛かるため、火を着けることが出来るということだ。ちなみに原理は良く分からないらしい、大賢者(笑)。


 一応、大輝のアドバイスに応じて、今回スライム対策的な物を持って来ている俺は、ハム太に【収納空間(省)】から、それらの品を出すように頼む。逃げるということも可能なのだが、折角準備したので試したい気持ちが強い。なぜか、このスライムという難敵に対する攻略法を見つけなければならない、という妙な使命感・・・・・を感じているのも事実だ。


 もっとも、この妙な使命感・・・・・は俺だけに限ったことでは無いようで、先行する海外のメイズ・ウォーカー達が動画配信サイトにアップした動画の中には結構な頻度で[How can I kill the Maze Slime?]や[The best way of zapping slime out!]といったタイトルの動画がある。内容は色々だが、塩を振ってみたり、強酸・強アルカリを掛けてみたり、掃除機で核を吸い出そうとしてみたり、挙句の果てにはC4爆弾で諸共吹っ飛ばすといった過激な動画まであった。


 因みに塩や界面活性剤、酸やアルカリ等の薬品類は余り効果が無いようで、効果的なのはナパーム剤を用いた火炎放射器で燃やす、液体窒素をぶっかける、又はC4爆弾やダイナマイトのような爆発物による発破という具合になっていた。言うまでもなく、日本ではどれも一般人が入手することは非常に困難な品々だ。また、入手できたとしても、メイズという空間で使うのは相当注意が必要であることは間違いない。


 ということで、俺もスライム攻略史に名を刻もうと、リュックに手を突っ込み、ハム太が【収納空間(省)】から取り出した品々を、さもリュックに元々入っていたようにして取り出す。取り出したのはビニール袋入りの白い粉と金属缶だ。


「飯田、下がってろ!」


 俺は痛がる飯田にそう言うと、まずビニール袋を引き千切り、中の白い粉体をスライムへ振りかける。大輝が言っていた[スライムの核]というのは実物を見るまで想像できなかったが、一旦実物を見ると「ああ、あれが核だな」と分かるものだった。直径2mの鏡餅状の半透明の粘液の中に、握り拳ほどの黒い玉が浮いている。それが[スライムの核]だろう。その上に重点的に粉を振りかけた。そして、


「……着火!」


 と言いつつ、金属缶 ――ガストーチ―― に着火する。所謂いわゆる映えるばえる系の料理画像御用達のガスバーナーだ。但し、最高温度は2,100℃。頑張れば溶接までいける燃料ボンベを取り付けている。噴き出した橙色の炎を手元の摘みを調整して青白い色に調整し、その先端を山盛りになった白い粉に当てる。


――パチパチ……バチバチバチバチ


 一拍間が空いたが、直ぐに炎を受けた場所から白い粉が茶色に変わり、次いで粟立あわだつように気泡を発生させる。その結果、当然のように周囲には独特な香りが漂い始めた。


「……なんだか甘い匂いがしますぅ」


 嶋川の感想が的を得ている。粉の正体は砂糖だ。おが屑を大量に仕入れることが出来なかった俺は次善の策としてホームセンターでも大量に売っていた安い上白糖(450円/kg)を仕入れていた。


「コータ、何やってるんだ?」


 とは岡本さんの当然の疑問。だが、俺はそれを無視して、まんべんなく白い粉(上白糖)を炙って行く。まるでデザートのブリュレを作っている感覚で、結構楽しい。ただし、目指す焼き加減は飴色ではなく、真っ黒。一通り炙り終え、表面から煙が上がるほど真っ黒に焦げ切ったところで、腰の木太刀を取り出す。


(せっかくだからもう一度【能力値変換】を使ってみるのだ。今度は「能力値[敏捷]を全て[力]に変換」なのだ)


 確かに、確実に仕留めるならそれも有りかと思う。眼下のスライムは、身体の一部が真っ黒に焦げているにも関わらず、少しフルフルと身体を振るわせるだけで、全く動こうとしていない。これなら敏捷さがゼロになっても大丈夫か。


 そう考えた俺は、ハム太の言う通り再び【能力値変換】を「能力値[敏捷]を全て[力]に変換」と念じて使う。すると、今回はハッキリと分かるような変化を感じた。木太刀を振り上げる動作にとんでもない違和感があるのだ。なんというか「木太刀を上段に構えよう」と思ってから、身体が動作を始めるまでに時間的なズレが有る感じだ。木太刀はさっきのように全く軽いのだが、とにかく考えてから動作を起こすまでに呼吸2拍分ほど間が空く感じだ。これだと、止まっている相手にしか攻撃を当てることは出来ないだろうし、なんなら日常生活にも困りそうなレベルだ。


「……セイッ!」


 [敏捷]のありがたみを実感しつつ、俺は大上段に構えた木太刀を一気に振り下ろそうと気合を入れる。そして2秒ほど間が空いた後に、実際に木太刀が振り下ろされる。狙いは勿論[スライムの核]


――ズボッ


 木太刀がスライム表面の焦げに当たった瞬間の感触は、深い泥濘ぬかるみに足を突っ込んだような感触だ。そして、


――バチッ


 という感触は木太刀の先端が[スライムの核]を捉えた証拠だ。黒い玉のような[スライムの核]は、その一撃で粉々に砕かれた。と同時に巨大な鏡餅の形状だったスライムが一気に張りを失い、だらしなく床に広がる。


「うおぉっと」


 打ち込んだ瞬間には跳び退こうと考えていたのだが、敏捷性ゼロの影響で反応が遅れた。そのため、元スライムの粘液がスニーカーのつま先を少し濡らしてしまった。(後で確認したら、つま先部分が手で崩せるほどボロボロに劣化していた)しかし、何とか跳び退いた俺は、その事は余り気にせず、逆に低予算で大型のスライムを斃すことが出来たことに、ガッツポーズを作っていた。


 周囲からは、何か[困った物]を見るような視線を受けていたが、その時の俺はそれに気づかなかった。気付いて、「あれ、俺なにかやっちゃいました?」って言った方が良かったのかな? と考えたのは大分後になってからだった。多分[敏捷]が下がっていたせいだろう。


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