*19話 チーム岡本(仮)IN アトハ吉祥メイズ④ 初めての【能力値変換】


 期せずして前後を挟まれる格好となったチーム岡本(仮)。ただし、出現したモンスターは前後共にメイズハウンドが1匹ずつ。これまで既に3匹斃しているため、冷静に対処すれば問題無いと思う。岡本さんも同じように思ったらしく、


「コータ、後ろ側を任せたぞ、落ち着いて対処しよう!」


 と声を掛けてきた。


 他の面々は、何とか弦を張り終えた飯田が岡本さんのフォローへ、嶋川が俺のフォローへ回る動きを見せる。しかし、曲がり角という地形のため、嶋川が俺をフォローするためには射線確保に移動が必要。フォローが間に合うか微妙な距離だ。


「無理するな嶋川、岡本さんの方を頼む!」

「……分かりましたぁ!」


 そう判断した俺の声に、嶋川はフォローを諦めて岡本さんの方へ向く。俺はそれを気配だけで察して、後は向かってくるメイズハウンドと正対し木太刀を構える。背後からは、飯田の大型クロスボウと思しき弦鳴り音と、


「だから、撃つのが早いって!」

「すすす、すみま……」


 という岡本さんと飯田のやりとりが聞こえる。飯田が又外したか……仕方ない奴め、と集中が途切れそうになるが、


(コータ殿、【能力値変換】を使ってみるのだ!)


 そんな俺の集中を更に乱すように脳内に直接語り掛けるハム太。タイミングが最悪だ。お陰で、


「グォッ!」


 と、牙を剥いて飛び掛かるメイズハウンドに対して、かわして一撃、という攻撃のタイミングを失ってしまった。


「くっ――」


 やむを得ず左後ろへ跳び退いた俺は、木太刀でメイズハウンドの頭を右へ払うのが精一杯だった。刀ならばこれで浅く斬り付けることも可能だろうが、生憎の練習用木太刀では全くダメージにならない。その証拠に、問題なく着地したメイズハウンドは次に飛び掛かる機会を窺うように態勢を低くしている。


 距離は2mも離れていない。しかも俺の背後には正面に現れたメイズハウンドと戦う三人がいる。ここで俺が抜かれると、三人の背後を襲わせてしまうことになる位置関係だ。


 という風に俺が緊張感を高めているのに、頭の中では、


(だから【能力値変換】を使うのだ!)


 相変わらず、うるさいハム太の声が再度響いた。そもそも使え使えと言うが、第一どうやって使うんだよ!


(簡単なのだ、「能力値[抵抗]を全て[力]に変換」と念じるだけなのだ!)


 詳しい事は分からないが、もう頭の中がうるさいので言われた通りにする。【能力値変換】それを使ってやるから、少し黙ってろ! という考えをハム太へ向けると、そのまま俺は言われた通りに「能力値[抵抗]を全て[力]に変換」と強く念じた。


「……あれ?」


 しかし、効果が全く分からない。何の実感も湧かないのはどういう事だ? 大した話ではないはずなのに、その事実に俺は随分と動揺してしまった。


 そんな動揺が隙となって表面的にも現れたのだろう、次の瞬間、メイズハウンドはこれを好機に《・・・・・・》、とばかりに再度飛び掛かってきた。


「うぉ!」


 その瞬間、対処のすべを失い心が真っ白になってしまう。「こうやって攻めよう」とか「こう来たら、こう返す」といった事前の気組み・・・が頭の中から吹っ飛んだ感じだ。ただ、中学高校と通った五十嵐心然流の教えのお陰か、俺の身体は無意識に行動を起こしていた。その結果、無意識が支配した身体は最も単純な行動を選択する。つまり、正眼に付けていた木太刀を振り上げ、飛び掛かってくるメイズハウンドに対して全力で叩き付けるというものだ。そして、この一撃にスキル【能力値変換】の効果が現れた。その違和感は凄い物があった。


 練習用の重い木太刀の重量を全く感じず、まるでプラ製の玩具の刀を振るっているように感じられた。その感覚が気のせいではない証拠に、


――ピュッ


 練習用の重い木太刀にも関わらず、その一撃は甲高い風切り音を発した。そして、


――ゴンッ


 真っ直ぐ振り下ろされた木太刀がメイズハウンドの頭部を打ち付けた衝撃は、まるでスイカ割りのようだ。しかし、軽いのは俺が感じた印象だけで、実際のメイズハウンドは跳躍による慣性をまるで無視すると、ゴムまりのようにコンクリ床に叩き付けられた。その衝撃は凄まじく、叩き付けられた瞬間にコンクリ床が揺れるほどだった。


「うわぁ……うっぷぅ……」


 で、凄まじい威力になった打撃は、当然の結果として凄まじくスプラッターな死体を作り出すことになった。まるで大型トラックに轢かれたような……と俺は自分が造り出した光景を認識し、その途端、こみ上げてくる嘔吐感に堪え切れずその場で戻してしまった。これまで平気だったのに、どういう事だ?


(あわわ……抵抗値ゼロはやり過ぎだったのだ……ゴメンなのだ、コータ殿)


 と頭の中で響くハム太の声。どうやら真っ白に吹っ飛んだ意識や、不意にこみ上げた吐き気は全て【能力値変換】によって[抵抗]がゼロになったことの副作用だったようだ……ハム太、チー鱈お預け決定の瞬間だ。


 背後ではもう一匹のメイズハウンドを斃した岡本さん達が歓声を上げる。何かドロップが出たようだ。それを聞きながら、俺は胃の中の残りを床に吐き出しつつ、徐々に気持ちがしゃん・・・とするのを感じていた。


**********************


 2匹のメイズハウンドによる前後挟み撃ちを退しりぞけたチーム岡本(仮)は、その後、同じ場所で更に2匹の大黒蟻に遭遇した。もっとも、1匹ずつ現れた大黒蟻は、飯田の大型クロスボウ(岡本さんに指示により距離1mという超至近距離射撃をさせられていた)と、岡本さんの棘バットと嶋川の矢の連携で無理なく斃すことが出来ていた。


 その後、立て続いていたモンスターとの遭遇はその二匹の大黒蟻を最後にひと段落した。そのため、俺とハム太が疑問に感じた[魔物の氾濫]の可能性については一旦あやふやになった。確かに一連の遭遇頻度は多いと感じたが、一旦治まってしまった状況に疑念が薄まってしまった感じだ。


(明確に答えられるのは大輝様だけなのだ!)


 というハム太の意見もあり、この件については1か月後の交信の際にもう一度詳しく訊くことにする。問題の先送りだ。


 その後、30分ほどの休憩で一息ついたチーム岡本(仮)は、少し議論はあったものの、結局今日は引き返す事に決定した。というのも、飯田が完全にバテてしまい、大型クロスボウの弦を引く事が出来なくなったためだ。他にも、最後の大黒蟻を斃した時に、岡本さん特製棘バットの持ち手にヒビが入ったことや、俺が吐いていたことを嶋川が過剰に心配した、というのも理由になる。また、ドロップ品をそれなりに手に入れていたことも大きな理由だった。


「メイズストーンが全部で2kgくらいはあるな」

「[ポーション]と[メイズハウンドの皮]もありますから、多分買い取りは全部で10万円越えくらいですね」

「一人2万5千円か、まぁ悪くない、のかな?」


 因みに[メイズハウンドの皮]とはその物ズバリの外観をした青黒い皮で、俺が吐いていた時に岡本さん達が斃したメイズハウンドが落としたものだ。


 岡本さんと嶋川が収拾したドロップ品について話す中、俺達は来た道(といっても入口から50mも進んでいない)を引き返していた。相変わらず、先頭は岡本さんで最後尾は俺、その間を飯田と嶋川が埋める陣形だ。そして、先頭の岡本さんが、入口階段のあるホール状の空間へ出る。


「……犬ころ・・・蟻んこ・・・も居ないようだな」


 通路からホールへ繋がる部分を警戒しながら通過した岡村さんは、そう言うと警戒を解いたようにメイズ出入口の階段を目指す。その次を進むのは嶋川、その後に飯田が続いて最後尾が俺という順だ。嶋川はそのまま岡本さんの後を追うが、飯田は随分重そうに大型クロスボウを両手で抱えており、丁度通路とホールの境目に差し掛かった時に、ラジオ体操のような腰を伸ばす動作を行った。


 両手にクロスボウを持ったまま、腰を逸らす飯田。いきおい、天井を見上げる格好になるのだが、次の瞬間、


「うわぁぁ!」


 と叫びながら、クロスボウを放り出してその場から飛び退くように身体を捻った。


「どうした?」

「なんだ?」


 俺の声と岡本さんの声が重なる。そんな中、少し前まで飯田が腰の屈伸をしていた場所に天井からドボッと何かが落ちてきた。


「ひいぃ!」


 飯田は這うように落下地点から逃げる。一方天井から落ちてきた何かは、飯田が放り出したクロスボウの上に落下すると。


――ジュジュジュジュゥゥゥン、ジュワァ


 という音と薄い煙を上げて、そのタクティカルな見た目のクロスボウをあっという間に溶かしてしまった。


(スライムなのだ!)


 と今更なハム太。


 なるほど、スライムが頭上、天井に張り付くように潜んでいた、という事だろう。


「おおお、俺のクロスボウううんっ!」


 いったん飛び退いた飯田だが、自分の武器を溶かされた様子に逆上したのだろうか、今回初めて腰のマチェットを抜くと、床に溜まった粘液状の物体スライムに切りかかった。


――スライムは、多分浅い階層で一番厄介な敵だ。まず、打撃や刺突、斬撃といった運動エネルギーがとても効き難い……その上、受けた分だけ反射するからな――


 そんな大輝のアドバイスを飯田に伝える時間は無かった。逆上した飯田はマチェットを鈍器のように振るって床に溜まったスライムに打ち掛かっていたのだ。そして、


――ブルルンッ


 飯田のマチェットを受けたスライムは、無色半透明な身体を一瞬振るわせると、次の瞬間、その体表の一部を一気に盛り上がらせ、鞭のような形状を作ると共に、それを振るって飯田を打ち据えた。


――バシィ


 という打撃音と、


「うはぁ!」


 という飯田の悲鳴が響く。


 飯田は今の一撃を胸に受けて、その場でひっくり返ってしまった。


かける!」

「飯田先輩!」

「大丈夫か?」


 俺も含めて他の面々が声を上げる中、


「いいい、痛いぃぃ!」


 という飯田の悲鳴がホールに響き渡った。


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