*18話 チーム岡本(仮)IN アトハ吉祥メイズ③ 脅威のエンカウント率!


 脳内に響いたハム太の声に、反射的に後ろを振り向く俺。すると、今まで歩いて来た通路の起点側、入口ホールにメイズハウンドの姿が見えた。こちらを窺うように顔を向けている。距離は10mくらい。多分中央か右側の通路から現れたのだろう。


――タチッ、タチッ……タッ、タッ、タッ


 直後、伸びた爪がコンクリを打つ軽い音が混じった足音が通路に響く。突進を開始したということだ。


 近づくメイズハウンドから一瞬視線を外して俺は他の面々の様子を確認する。岡本さんはさっき斃したメイズハウンドが薄くなって消えるのを驚いた表情で見ている状態だ。一方、飯田は大型クロスボウの弦を張ろうとモタモタしている。そんな中、嶋川だけが俺の素振りから、新手のメイズハウンドに気付いた様子で、矢筒クイーバーから次の矢を取り出そうとしている。


「新手です! 岡本さんと飯田はそのまま正面を警戒して! 嶋川は無理して撃つな、俺に当たる!」


 ハム太の指示・・・・・・を復唱しながら、俺は腰の木太刀を抜くと駆け寄ってくるメイズハウンドと正対した。相変わらずの怖い顔が、殺気と細長い牙を剥き出しにして突っ込んでくる。


――青肌犬ブルースキンは、攻撃態勢に入ると一直線に突っ込んでくるだけだ。躱して一撃、それが基本的な戦い方だ――


 そんな大輝のアドバイスが脳裏に蘇った。確かに相手は一直線に突進してくる。地下道メイズの時のように攻撃は跳躍して噛みつくといったものだろう。ならば……やりようはある。


 目の前のメイズハウンドは後二足ほどで跳躍に移るという間合い。そこで俺は木太刀を中段正眼から顔の左横に構える裏八相(心然流の構え)へ移す。そして、


「ガウゥッ!」

「っ!」


 メイズハウンドが跳躍に移った瞬間に、左斜めへ素早く踏み込み体を開いて攻撃を躱す。同時に背中のリュックに付くほど振りかぶった木太刀を思い切り振り下ろした。リュックの中から「ムギョっ」と何か聞こえた気がしたが、それは無視した。


――ゴキィ


 骨を砕く何とも言い難い感触。木太刀の狙いはメイズハウンドの首だったが、少しずれて背中の中央部にヒットした。多分、肘のプロテクターが引っ掛かり、動作が遅れたのだろう。しかし、手応えは十分だった。なんと言っても素振り練習用の木太刀は鉄芯のお陰で重量が3㎏もある。刃が無いので切れないが、打撃力は強烈だ。


「ギャンッ」


 打たれた瞬間に悲鳴を上げたメイズハウンドは、そのまま着地も儘ならずに転倒すると、勢いでコンクリ床を少し滑って止まった。そして、


――ビュン


 という弦鳴りが響き、嶋川が放った矢がトドメとばかりに倒れたメイズハウンドの胸に突き立った。メイズハンドは一度大きな痙攣を発し、次いでぐったりと脱力する。


「……やったぁ!」


 妙に明るい嶋川の声がメイズの通路に響いた。


**********************


 最初、蒼褪めていたように見えた嶋川だが、あれは見間違いだったのだろうか? と思うほど、今の彼女は普通……いや普通よりもテンションが高めだ。フンフンと鼻歌を歌いながら矢を回収している。


 一方、飯田は今になってようやく大型クロスボウの弦を張り終えていた。顔を真っ赤にしてゼーゼー言っている。多分ドローウェイト(?)が高すぎるのだろう。見合った武器でなければ使いこなせないという悪い例だ。飯田には「木刀一本とか、ウケル」と笑われていたので、どこかのタイミングで言い返してやろうと思う。


 そして、岡本さんはと言うと、


「おお、これが[メイズストーン]か? ……石炭みたいだな」


 と言いつつ、最初に斃したメイズハウンドのドロップ品を回収していた。その手には確かに石炭のようにいびつで光沢のある石が握られている。握り拳よりも少し大きいくらいだろうか。すると、


「先輩、こっちはこんなのが落ちてましたぁ!」


 今度は、矢を回収していた嶋川が声を上げる。その手にはアンプル(?)状の容器が握られていた。二匹目からのドロップ品だろう。


「これって[ポーション]ってやつですかね……」


 そう言いながら、嶋川は濃緑色の液体を気持悪そうに見ている。


(あっちのは[魔素石]で、そっちのは[回復薬:小]なのだ!)


 とは、リュックの中のハム太。ちなみに特に貴重な品では無いとのことで[回復薬:小]も、


(吾輩の【ヒール(省)】の方が効き目が上なのだ!)


 だそうだ。まぁ、ドロップ品は後で全部買い取られるのだし、【収納空間(省)】を使ってまで確保するような物ではないらしい。


 ということで、メイズハウンドを連続で2匹斃しドロップ品を回収したところで、岡本さんが声を掛けてきた。


「なぁコータ、お前剣道か何かやってたの?」


 ということだ。まぁ、それについては隠す話でもないので、素直に答える。


「剣道じゃなくて、五十嵐心然流っていう新古武術? の道場に中学と高校の時に通っていて、最近また通い始めましたけど」

「なるほど……あのコータが武道経験者とは意外だ、でもさっきの指示は的確だったな」

「あのコータ先輩が……イメージと違いますぅ」

「ででで、でも木刀一本とか、ワラ」


 見直した風に見てくれるのは良いけど、二人が口を揃えて言う「あのコータ」って、どのコータだ? あと、飯田は少し黙れ。


「……ここでこうしていても仕方ないですから、先、進みませんか?」

「そうだな、そうしよう」

「賛成ですぅ!」

「つつつ、次は当てる」


 何となく複雑な心境に陥りそうだったので、俺はそう切り出す。結果、チーム岡本(仮)は再度前進を開始するのだが……


**********************


 右への曲がり角を通過し、再び目の前は10mほどの直線通路になる。その先は、


「T字路です。右へ曲がればしばらくして行き止まり。左へ曲がればそのまま奥へ続いてます」


 マッパー役の嶋川が言うような道順であった。


「今日は左側のエリアを踏破してみるか」

「ははは、はい」

「わかりましたぁ」


 という事になった。最初の戦闘が思ったよりも上手く行ったので、少し大胆になっているのかもしれないが、俺も同じ気持ちだ。ドロップが、お金が欲しいです……


 それで10mほどの直線通路を進み、T字に差し掛かったところで、


(またまたメイズハウンドなのだ!)


 というハム太の声が脳内に響く。ただし、今回は最初の遭遇エンカウントと異なり距離に余裕がある。しかも、


「足音? 前から来るぞ!」


 と先頭を行く岡本さんが足音に気付いていた。そして、直ぐにT字路の右側奥から突進状態のメイズハウンドが姿を現した。


かける、今度はよく狙えよ!」

「飯田先輩、よく狙って!」

 

 作戦は先ほどと同じ。但し号令を掛けるのは岡本さんだ。そして、岡本さんと嶋川の声援を受けた飯田は、


「ははははいぃぃ!」


 と、随分テンパった返事をして……返事と同時に矢を発射していた。だから、よく狙えと……しかし、キョドった挙句に暴発したような矢は、真っ直ぐに通路を飛ぶと、


「ギャワンッ」


 突進するメイズハウンドの首筋に命中。その一発でメイズハウンドは弾かれたようにもんどりうって・・・・・・・倒れ、そのまま絶命したようだ。


 まさか当たるとは思わなかったという表情の俺と他二人。対して撃った本人は、


「おぅ……」


 やっぱり驚いていた。


「す、すごいな……その調子でたのむぞ」

「飯田先輩、一撃必殺なんて凄いです!」


 岡本さんと嶋川が交互にそんな声を上げた。確かに一撃で斃すのは凄いと俺も思う。しかし、そう言われた飯田は、


「フンッ、フンッ、フンヌゥッ……はぁはぁはぁ」


 次のために弦を再び引こうとして、へこたれて・・・・・いた。クロスボウを立てて、足で固定し脚力と背筋を使って弦を引くのだけれど、固定位置まであと一寸ちょっとのところで力が続かないようだ。まぁ頑張れ、と思う。ただ、見守るだけなのは意味が無いので一応アドバイスはする。


「一回落ち着いて、ゆっくり深呼吸してからしてからな。脚の方が力が強いから引き切りまで膝を余らせて、最後は膝を伸ばして――」


 クロスボウなんて撃った事が無いから、アドバイスは結構適当だったりする。しかし、飯田は真っ赤な顔で俺を見てコクコクと頷き返していた。そんな時、


(通路先から新手なのだ、今度は大黒蟻なのだ!)


 又もハム太の声が脳内に響く。そして、先ほどメイズハウンドが現れたT字路の奥から、予告通りに今度は体長80cmほどの大きな蟻が現れた。初見のモンスターだが、黒光りする外殻に覆われた大きな蟻は、もはや恐竜時代の化石昆虫のようだ。それが、結構な速度で走り寄ってくる。


「今度は蟻んこ・・・かよ、朱音あかね、頼む!」

「はいっ!」


 岡本さんは、準備に手間取る飯田ではなく嶋川に声を掛ける。因みに嶋川は矢をつがえた状態だった。元気の良い返事と共に、彼女のベアボウから矢が放たれる。


――ビュンッ、カキッ


 だが、嶋川の矢は大黒蟻の頭部に浅い角度で当たり、そのまま跳弾したように弾かれて後方へ流れてしまった。まるで、旧世代の戦車の砲塔のようだ。


「えぇ!」

「くっそ、オラ、こいやぁ!」


 嶋川の驚く声に次いで岡本さんの怒声が上がる。


――大黒蟻は顎の力は強いが、注意するのは6層以下で群れになった時だ。それ以外は多少硬いが問題無い。上から頭を踏みつけて胸部との接続部を狙えばいい――


 そんな大輝のアドバイスが浮かぶ。しかし、それを言葉にして伝える前に、


「うぉりゃぁ!」


 という岡本さんの咆哮が上がり、まるで地面スレスレのフォークボールを掬い上げて打つようなフルスイングが大黒蟻に炸裂していた。


――ガンッ


 という重い音を発して、大黒蟻は硬い頭部を陥没させつつ、1mほど吹っ飛ばされた。後は、黄緑色の体液を陥没部から噴き出して動かない


 結果として嶋川の矢は弾かれたが、岡本さんの棘バット打撃は有効だった。矢が弾かれたのも、多分一番硬い頭部正面に当たったためだろう。


「ドンマイ、嶋川。多分アレの正面は硬いんだ。次は横っ面を狙おう」

「は、はいぃ!」


 俺の適当なアドバイスに嶋川が頷く。その様子を見ながら、俺は気になる事を考えていた。それは、さっきからの遭遇エンカウント頻度についてだ。


 流石にメイズに入って20分でモンスターとの遭遇エンカウント4回はちょっと多い気がする。しかも、4回のエンカウントは実質的に多分長くて10分以下の間に発生している。このペースで遭遇し続けると、直ぐに対処しきれなくなりそうだ。ちょっと、大輝から聞いたメイズ第1層目の雰囲気とは異なる気がする。


 これって、もしかして例の[魔物の氾濫]の予兆か?


(吾輩も同じ事を考えていたのだ。流石に1層目でこの頻度・・・・は多いのだ……っと、後ろからメイズハウンド、前からもなのだ!)


 まるで俺の疑問にメイズが答えるかのように、又も新手が登場した。しかも今度は前後挟み撃ちのようだ。


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