*17話 チーム岡本(仮)IN アトハ吉祥メイズ② いざ、メイズへ


 B2Fへの階段前に集合したチーム岡本(仮)メンバー四人は、お互いの顔をチラチラ見ながら微妙な空気を醸し出している。全員が何か言いたそうだが、言い出せない、という雰囲気。勿論、その理由は各自の装備にあった。


 俺の見立てでは、俺の恰好が普段着系メイズ・ウォーカーとして、一番良識と節度がある装備だと思う。そして、俺を一番とすると、次点は嶋川になるだろう。所謂いわゆる[山ガール]系の実用とフェミニンの中間的な服装は、下がトレッキングパンツで上がダボっとしたウインドブレーカー、足元はハイカットのトレッキングシューズといったもの。動き易さは完璧だろう。しかし、ウインドブレーカーの上からアーチェリーの必須装備であるチェストガード、アームガード、矢筒クイーバーを装備しているので、全体としてミスマッチ感は相当高い。ただ、手に持ったリカーブタイプのベアボウは年季が入っているし、弦の具合を確かめる様子はさまになっている。


 だが、残り二人は……一体どうしたのだろうか?


 まず飯田。目指したのはタクティカル系メイズ・ウォーカーなのだろう。黒とグレーを基調にしたデジタルアーバン柄の迷彩服上下に、エンジニアグローブ、コンバットブーツ、タクティカルヘルメットという姿。更に同じ迷彩柄のタクティカルベストを身に付け、背中に大型のバックパック、肘と膝には俺の中国製よりも立派なプロテクターという物々しい恰好だ。それで、両手で大型のクロスボウを持ち、腰には鞘に収めたマチェットを吊るしている。


 確かに動画配信サイトでは海外のメイズ・ウォーカーが似たような恰好でメイズを探索する動画が沢山アップされている。しかし、それは主に体格の良い欧米人だから似合うのであって、ヒョロヒョロの日本人飯田だと装備を着ているというよりも、装備に着られている・・・・・・といった感が拭えない。


 そして岡本さんの方だが、その恰好は……難物だった。パンク系メイズ・ウォーカーとでもいうべきだろうか? レザーのライダージャケットにプロテクター入りのレザーパンツ、足元は鉄板入りのエンジニアブーツというお姿。それで右手に釘を沢山打ち込んだ特製棘バットを持ち、両腰にはハンドアクスを2本ぶら下げるという格好だから、これで頭がモヒカンで肩に棘付きパッドでも装備すれば一気に世紀末で汚物が消毒だ。


 だが、特製の棘バットを片手でクルクルと振る様子は妙に板に付いていて凶悪な雰囲気を醸している。ちょっと怖すぎる、というのが俺の感想だ。その証拠に向こうに居る三人の制服警官がさっきからコッチを見ている。あれは職質する気に違いない。


 と、俺がそんな感想を勝手に考えていたところ、不意に岡本さんがしゃべり出した。


「この中にひとぉ~り、舐めた格好をしている奴がいる……」

「私もそう思います」

「お、お、おなじく」

「せ~の、で指をさそう。3、2、1、せ~の!」


 突然の展開に俺は咄嗟に人差し指を岡本さんに向けていた。しかし、他3人の指は……どう考えても俺を指していた。


「コータ、舐めすぎだろ」

「ほぼ普段着じゃないですか先輩ぃ」

「ぼぼぼ木刀一本て、ウケル」


 背中のリュックがモゾモゾと動いた。きっとハム太が声を殺して笑い転げているのだろう……くそ、しかし、解せぬ……


**********************


 出発間際の最後の段階でひと悶着あったが、お陰でチーム岡本(仮)は俺を除いて妙な一体感が生まれたようだ。装備バラバラのくせに……


 で、今回の初メイズだが、一応チームの目標として事前に設定した目標がある。それはズバリ、


――まず、今回は下見、あくまでも様子見――

――次に、チームとしての役割分担の仮決め――


 というものだ。また、それとは別に個人目標として


――各自が自分の問題点を発見する、ついでに他人の問題点も監察する――


 というものもあった。チーム目標については異論がない。しかし、個人目標については、サブマネージャーに昇格させられた・・・・・時、半日だけ受講した社外講習のように[業務改善PDCAサイクル]でも始めるつもりだろうか? 岡本さんだったら、やり兼ねない気がする……


「とりあえず、先頭はオレが行く。その後ろをかける朱音あかねが固めて、最後尾はコータだ」


 いつの間にか、岡本さんの指示で陣形が決まっていた。その一方で、


「翔と朱音は武器がクロスボウと弓だから両手が塞がっている、マップ確認はコータがやってくれ」


 という指示については、嶋川が異議を唱えた。と言うのも、


「私、移動中はショルダーハーネス使うんで手ぶらと一緒なんです。だからマップやります。一応ワンダーフォーゲル部だったんで」


 という事だ。流石嶋川、先輩の負担を減らそうと頑張るなんて見所あるぞ、と思う俺だが、しかし、素直に喜べない理由が付け加えられていた。それは、


「だって、コータ先輩……方向音痴でしょぉ? カーナビ見ながら道に迷うなんてよっぽどですよ~」


 とのことだった。嗚呼、俺の秘密が暴かれてしまった。あれは嶋川が入社した直後、新にエリアに加わった店舗へ向かう際の事だった。確かに迷って1時間ほど遅刻したけど、よく覚えていたな、コイツめ。


「……わかった、じゃぁコータは後ろの警戒を頼む」


 何故か疲れたような岡本さんの言葉が合図となり、俺達はB2F機械室の床にポッカリと空いた直径3mほどの穴に踏み込んでいくのだった。


 ちなみに[管理機構]の職員の説明では、現在メイズ内に入っている先行者は居ないらしい。というよりも、[認定証]交付からまだ誰もアトハ吉祥メイズに入っていない、ということだった。


**********************


 高低差4mほどの急な下り階段を降りた先に広がる空間がメイズ。その場の様子は以前落ちた地下道の穴に似ている。頼りない光源不明の明かりが照らす様子などは全く一緒だった。しかし、違う所もある。それは周囲を取り囲む壁と天井、床の様子だ。それはB2F機械室をそっくり写したような打ちっぱなしのコンクリで埋め尽くされていた。


「……アトハ吉祥って地下3階があったのか?」

「いや、これがメイズの特徴のはずです。出現した場所の背景を写し取るらしいです」

「薄気味悪いな」


 そんな岡本さんと俺の会話だ。


 階段を降りた先は、既視感のある広めのホール。だが、ホールから放射状に三つの通路が伸びているところが地下道のメイズと違うところだ。これが「メイズの成長」という事なのだろう。


「真ん中の通路を進めば第2層への下り階段みたいです」


 とは、マップを担当する嶋川の声。ちなみに[アトハ吉祥メイズ]の内部構造は第3層までマップ化されていた。そのため、今の嶋川は[管理機構]のWebサイトからダウンロードしたマップを見ていることになる。


「うん……第2層に行くのはまた今度で、今日は第1層を回ろう。左側の通路にいってみるか」


 という岡本さんの言葉通り、俺達は左側の通路へ向かう。


 通路は幅4m弱で見通しは15mの直線通路と言ったところか。その先は右へ折れ曲がっているようだ。途中の風景は延々と打ちっぱなしコンクリの壁床天井が続だけだが、時折、壁に埋め込まれた備え付けの消火器が見られた。しかし、それは壁と一体化した[絵]のようで、消火器を取り出すことが出来なかった。


「不思議なもんだ」

「ととと、トリックアートみたいですね」


 先頭を進む岡本さんとその後ろの飯田の会話。それに俺も加わろうとした時、


(コータ殿、10m先右、曲がり角に敵なのだ、多分メイズハウンドなのだ)


 というハム太の声が脳内に響いた。どうする……? 10m先というが、先行している岡本さんからはもう6mくらいだ。それで足音が聞こえないということは、待ち伏せしているのか?


(多分待ち伏せのつもりなのだ。でも、アイツらはショボいからちょっと待ったら直ぐ飛び出してくるのだ)


 ということだ。ならば、


「岡本さん、ちょっとストップ!」

「どうした、コータ?」

「その曲がり角の先、ちょっと影が動いた気がしました」


 仕方なく、口から出まかせを言う俺。しかし、効果はあったようで岡本さんは警戒するようにその場で足を止めてくれた。


「嶋川、そのまま右側の壁沿いへ、飯田は左側に寄って射線を確保して。岡本さんは通路中央、突っ込んできたらクロスボウと弓で撃ってから攻撃で」

「わ、わかった」

「はい!」

「はひひひ」


 我ながら素晴らしい指示だが、実は全部ハム太の指示だったりする。このハムスター……やりおるのう。


 そして事態は直ぐに俺の(ハム太の)思った通りになった。立ち止まる俺達に対して曲がり角で待ち伏せしていたメイズハウンドが痺れを切らして姿を現したのだ。その距離、岡本さんから6m。姿を見せた時には、既にメイズハウンドは突進の態勢に移っている。見覚えのある犬とは比較できない凶悪な形相が通路の先にあった。


「撃って!」


 と俺の声。そして、


――パシュッ、パシュッ


 と空気を割く音。僅かに早かった飯田の矢は狙いを外したが、嶋川の矢はメイズハウンドの左肩付近に命中する。


「ギャワンッ」


 突進の出鼻を挫かれたメイズハウンドが悲鳴を上げる。そこに、


「オウラァ!」


 という掛け声と共に岡本さんの棘バットフルスイングが炸裂した。流石に釘を打ち付けた特製棘バットの威力は絶大で、メイズハウンドは青黒い体表から血飛沫を飛び散らせて通路の脇へ吹き飛ばされた。そして、ピクリとも動かない。


「ふうぅ、おっかねぇな……ちょっとビビったよ」


 というのが岡本さんの感想。対して、嶋川は少し蒼褪めた顔色で息を荒くしていた。初めて生き物(?)を撃ったのだろうか? だとすれば、豪放な岡本さんと違い、喩え生意気で一言多くて俺の秘密方向音痴をばらしたとしても、繊細な女子ならば感じるものがあるのかもしれない。


「嶋川、大丈夫か?」


 と声を掛ける俺。しかし、


(後ろなのだ! またメイズハウンド!)


 嶋川が返事をする前に、ハム太の声が再び脳内に響いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る