*16話 チーム岡本(仮)IN アトハ吉祥メイズ① 深淵の畔で
2020年9月20日午後
4連休2日目の日曜日の午後、世間の関心は
そんな連休の
「浮いてませんか、私達?」
「リア充だ……リア充の群れだ……」
「……見るな、考えるな、辛くなる」
休日の賑わいを見せる京王線吉祥駅1Fが集合場所だった。その場所で、行き交う家族連れやカップル、学生グループを見ながらそう言うのは嶋川と飯田。答えたのは俺だ。因みに何故ここが集合場所なのかというと、全員の自宅からほぼ等しい移動時間だから、というのが理由になる。記念すべき初メイズの場所をそんな理由で選んでいいのか? と疑問は残るが、他に選択基準が無いのだからしょうがない。
そんな事を考えていると、
「おっす! 全員集合だな、じゃぁ行くぞ」
登場と同時に岡本さんが声を発した。そして、大きな荷物を十字架のように背負いながら、俺達は人の流れに逆らってB1Fへ降りる階段へ向かう。
**********************
京王線吉祥駅のB1Fは大部分がアトハ吉祥という商業施設であるが、今は一部が封鎖されている。商業施設フロアの下、B2F機械室に小規模メイズが固定化されたからだ。これが
商業施設の運営会社やテナント店には降って湧いた災難というべき状況だろう。そのためか、運営会社は「メイズを何とかしてくれたら相応の金員を支払う」とプレスリリースしていた。RPGのクエストのような話だが、吉祥駅だけでなく、東京西部から埼玉に掛けて出現したメイズはどこも同じように人の集まる施設に出来ているため、今後同じような話は増える可能性がありそうだった。
と、俺がそんなことを考えている内にも、階段を降り切った俺達はB1Fのセキュリティーゲートの前まで来ていた。[管理機構]の職員と思しき男性2人と制服警官3人がゲートの向こう側からこちらを見ている。
「受託業者の方ですか?」
と声を掛けてきたのは職員の1人。対して岡本さんが
「はい、4人だけど……初めてなんで、どうすればいいの?」
と答える。すると、職員の方がゲートと内部施設の説明をしてくれた。
なんでも、入口兼出口のセキュリティーゲートは[認定証]の3次元バーコードを読み取った後、顔認証を経てから
内部施設はB1F閉鎖スペースにプレハブ建ての更衣室と買い取りカウンター、そして休憩スペースとトイレがあるとのこと。休憩スペースには自動販売機2台の他に、最近見かけなくなった公衆電話機が4台設置されているということだ。メイズ入り口周辺から電波状態が極めて悪化し携帯電話が使えないための措置だろう。
一方、買い取りカウンターはメイズ入口のあるB2F機械室への階段に隣接して設置されており、メイズから出たら直ぐに買い取りカウンターへアクセスする構造になっている。買い取りカウンターでは聞き慣れない[魔素干渉測定装置]という物を用いて荷物を検査するということ。この計測装置は、メイズで拾得された収集品が特定波長の電波に干渉することを利用した測定装置で、無断持ち出しを防止する目的のものらしい。もっとも、
「あんまり精度は良くないので、誤検知とかはご了承下さい。あと、今週で既に6件ほど無断持ち出し案件が発生しています。無断持ち出しは受託契約にある違反金を請求されることになり、詐欺罪が適用される可能性もあるので注意してください」
とのことだった。[認定証]交付から3日しかたっていないのだが、[管理機構]はこの手の問題に神経質になっているようだ。まぁ、それもそのはずで、数日前から国内のオークションサイトではメイズ産を謡う品が出回り始めている。殆どが偽物だろうが、その内大きな問題になりそうな気配であった。
「更衣室にロッカーがありますのでお荷物はそちらに預けて、鍵はご自分で管理してください。ではどうぞ」
という説明を最後にして、岡本さんを先頭に俺達はセキュリティーゲートを潜った。その間、ずっと無言で険のある視線を向けてきた制服警官3人の事は敢えて無視して、岡本さんと飯田と嶋川は男女夫々の更衣室へ向かう。一方俺は、着替えるほどの装備が無い(買う金が無い)ため、休憩スペースで準備をすることにした。
まずは背中のリュックサックから取り出したプラ製のプロテクターを肘と膝に着ける。ホームセンターのアウトドア用品売り場でマウンテンバイクとかと一緒に売られている中国製のやつだ。
次に、木刀ケースから豪志先生に貰った木太刀を取り出し、自作したホルダーに差してベルトに装着する。といっても金属の輪に皮ひもを付けてベルトに固定できるようにしただけだ。幸いにして貰った木太刀が鍔付きだったために、その鍔に輪を引っ掛けて保持することが出来た。まぁ、材料を全て100均で仕入れた急造品だから見栄えは悪い。
その後はクリップ付きのL型LEDライト(どこかのメーカーのコピー品)をリュックの肩紐に取り付け、木刀ケースを畳んでリュックに入れるだけで準備完了となる。これで、ジーンズにグレーのスウェットパーカーとノーブランドのスニーカー。肘と膝に簡易プロテクターを付けて木太刀を腰に吊るした珍妙な恰好の人間の出来上りだ……それにしても我ながら変な恰好だと思う。
その後は岡本さん達が戻るのを休憩スペースで待つばかりだが、その間に俺は、今日までの経緯を思い浮かべていた。
**********************
パーティー勧誘を受けることにしたのは、大輝との2回目の交信の結果だった。交信の最後で、その話を聞いた大輝がパーティー加入を強く勧めてきたのだ。理由は単純で、1人よりも多人数の方が生存性が高くなるからだという。大体5人から7人くらいのパーティーが一番行動しやすく危険に対処しやすいということだった。
――最低でも3人、1人なんてもってのほかだ――
ということである。実は1人で行こうと思っていたのだが、経験者で且つ異世界で大賢者と勇者を兼業している大輝の忠告なので従う他無かった。分配や人間関係で揉めるのも、命があってこその話だということだ。
そういう経緯でこの場に居る俺だが、実はリュックサックの中にはハム太が居座っている。
(暗くて狭い場所は落ち着くのだ)
(揺れると眠くなってくるのだ)
などと、
――造魔生物である吾輩ならではの特技なのだ――
「持っていた方が良いのだ」と力説していた気もしたが、大輝に促されたハム太はそう言うと大きなガラス玉に齧りつき、スキルを再習得していた。ちなみに、【鑑定】やら【収納空間】やらという貴重そうなスキルを持つハム太を外に連れ出す事に少し懸念を感じた俺だが、その懸念は、
――【鑑定】も【収納空間】も【回復】も確かに珍しいスキルだがその内出回るはずだ。当分はそんな珍しいスキルの効果を先取りできる
ということだった。メイズ内でしか使えないと言いつつ、ハム太は俺の部屋でスキルを使っていたが、その辺は
――(省)って付いているだろ、あれは省容量と省エネの意味だ。俺が作った特製スキル、オンリーワンだよ――
という大輝の説明だった。省エネ特性のお陰で[魔坑核]によって俺の部屋に薄く存在していた魔素を使ってスキルを使ったという事らしい。いや、それよりも大輝ってスキル作れるの?
――深く突っ込むな、どうせ説明しても理解してもらえん……それより、上手く隠して使えよ、じゃぁまた今度――
また、説明を放棄して逃げた……まぁ隠せという事なら、いざとなったら
**********************
(これが終わったら遂にチー鱈なのだ)
再びハム太の
(考えてることが駄々洩れだぞ、うるさいから静かにしてくれ、チー鱈買わないぞ!)
と強く念じてみる。すると、
(うぉ! これって双方向通話なのだ? ゴメンなのだ……あとチー鱈の件は何卒よしなに……なのだ)
という事だった。あれ、【念話】って元々持ってたスキルじゃなかったのか? そんな疑問が沸くが、それを問い詰める前に、
「お待たせです!」
「いやぁ、プロテクター付けるのに手間取った」
「そ、そ、そ装備に慣れましょう」
と嶋川、岡本さん、飯田の順に声が聞こえてきた。見ると……三者三様、見事に統一感の無い装備の面々が更衣室から出てきたところだった。
(……なんだ、ありゃ)
と、思わず自分を棚に上げて思うのだが、
(コータ殿も似たようなものなのだ!)
という、ハム太のツッコミを受けることになってしまった。チー鱈買ってやらないぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます