*15話 2度目の交信


 異世界の大輝との2度目の交信は、予想通り次の新月、つまり今晩に再び繋がった。しかし、電波状態(?)とでもいうべき交信の鮮明度は、先月よりも悪い状態だった。これについて大輝は、


『恐らく月齢が関係しているんだろう』


 という推測を披露した。成るほど、調べてみると今晩は新月と言えないこともないが月齢は0.0よりも少し大きい数字になっていた。


『不安定だから直ぐに切れるかもしれない、手短に行こう』


 そんな大輝の提案によって、まずは俺から調べた事と、メイズに行くことになった近況を報告した。


**********************


 PCのモニターが見えるように鏡を置き、映し出された画面を大輝に見せる。画面は「地下空間構造管理機構」のWebサイトを映しており、その内容は現時点で発見されているメイズの一覧になっている。


 その一覧は、東京都近郊で見つかったメイズが全部で13か所、阪神地域で見つかったメイズが全部で12か所あることを示している。その内、出現から一定時間経過しても消滅しない[固定化]されたメイズは東京近郊11か所、阪神地域が4か所。しかし、東京の奥太摩、赤梅、七王子の3か所と阪神の六甲山の1か所については「封鎖中」となっているため、俺のような[認定業者]が入れるメイズは東京近郊で8か所、阪神地域で3か所となっている。


『この前にコータが落ちたような極小の魔坑は、発見されないままに出現と消滅を繰り返しているのだろう。そうすると、気が付いたら固定化されていた、という魔坑が時間を経るごとに増えていくはずだ』


 というのが、鏡の向こうの大輝の意見だった。実は「メイズ6か月周期説」なる俗説が出ているように、新しいメイズの出現は2~3月と8~9月に集中している。そして、先月8月に俺が地下道に出来た極小メイズに落ちた夜が、恐らく直近での発生タイミングだったのだろう。そうすると次は来年の2~3月。そのタイミングで固定化されるメイズは増える可能性があった。


『こちらの記録……というか殆どが古文書レベルの歴史だが、調べたところ、やはり魔坑が出現した当初は出現と消滅を繰り返す状態があったようだ』


 一定のリズムでノイズが入る状態で、鏡の向こうの大輝はそう言う。


『そうやって明滅するように出現と消滅を繰り返した後に固定化された魔坑をこちらの世界では小規模魔坑と分類していた』


 ということだ。


『小規模魔坑は成長して中規模魔坑になるものと、小規模のまま留まるものがある。同様に中規模として出現した魔坑は大規模へ、大規模として出現した魔坑は大深度魔坑へ、成長する可能性があるんだが……』


 そこまで言うと大輝は首を振りながら、


『実は魔坑が出現した当時の記録が思いのほか残っていなくて、調べるのに時間が掛かっている。魔坑がどのように広がったか、それと魔坑の成長とその分類については、また今度にしよう……』


 と少しすまなさそうに言うと、


『それよりも、千尋ちゃん……大変だったな』


 と、話題を切り替えた。


「ああ、しかし大部分は放っておいた俺が悪い話だ。ここで兄貴としての面目躍如という訳さ」


 対して俺はそう答える。メイズに行くことを決めた理由は単純なのだ。


『頑張れよお兄ちゃん……それと、地下空間構造管理受託業者だったか? とにかく人が行って小規模魔坑の魔物を間引きするのは良いことだ。どういう訳か小規模魔坑は魔物の氾濫を起こしやすいようだからな』

「魔物の氾濫……本当にあるのか、そんなことが?」

『ああ、あるぞ。俺もこの目で見ているからな……といっても、小規模魔坑からの氾濫は大した事が無い。問題は中規模以上からの氾濫になる、その意味では封鎖中になっている3か所の魔坑が気になるが……』

「……そっちの確認は難しいぞ」


 奥太摩、赤梅、七王子、六甲山については、ネットを調べても断片的な情報しか出てこない状況だ。管理機構のWebサイトでも何処にあるのか、詳細な位置情報すら公開されていない。だが、ネット上には真偽不明ながらも、それらのメイズのうち幾つかの入り口を映したという画像が出回っている。それらの画像を大輝に見せたところ『中規模以上……大規模の可能性もある』という見立てになっていた。


『まぁ、今は気にしても手が出せない以上、仕方ない』

「そうだな……そう言えば、里奈を見かけたよ」


 今度は俺が話題を切り替えた。勿論、今日の日中に試験会場で見た里奈の事だ。公務員になったと思っていたがそこから出向したのだろうか? と思う。


『そうか……地下空間構造管理機構、独立行政法人か……はは、堅いなぁ』

らしい・・・よな」

『もっともだ』


 しばらく沈黙になった。そして、


「なぁ、この事を里奈に……」

『いや……正直どうしたものか分からない……でも、そうやって社会人としてちゃんとやっている今があるなら……無理に思い出させるようなこともない』

気障きざったらしいな」

『そう言うなよ、[大賢者]でも全ての答えを知っているわけじゃない』

「そりゃ……御見それしました。じゃぁ保留か?」

『ああ、保留で』


 保留というのは前回と同じ結論だ。ただ、封鎖中のメイズについて情報を得ようとするならば、恐らく里奈に当たるのが一番近道だろうと思う。しかし、顔見知りの俺がそんなことを気にするのはかえって・・・・不審だ。最もやり易いのは、大輝の存在を里奈に明かしてしまうことだが……当の本人が保留というのならば仕方ない。


『そういえば、コータはいつごろ行くつもりだ?』

「金欠だからな……早い内に行こうと思う」

『そうか……じゃぁ、俺の知っている情報で役に立ちそうなものを教える。ハム太も来てくれ』

「大輝様! ガッテンなのだ!」


 実は、ハム太が鏡に近づくとノイズが一気に大きくなるため、今晩の交信をハム太は部屋の反対側から両手をモキュモキュしながら眺めるだけだった。それが突然名前を呼ばれたため、飛び上がるように返事をして、ハムスターではあり得ない速度でPC机に駆け上がってきた。


 当然ノイズは大きくなるが、大輝はそれに構うことなく、俺とハム太に幾つかの情報を伝えるのだった。


 そして、この夜の交信はそこで終了となった。


**********************


 翌日の夕方6時ごろ、俺は豪志先生を訪ねて道場を訪れた。今日は金曜日という事もあり、道場はこの後夜の7:00から始まる一般門下生向けの護身術の稽古を前に閑散としていた。そのがらん・・・とした空間で、俺は豪志先生と対面した訳だが、豪志先生は突然の訪問を待っていたような雰囲気があった。それもそのはずで、


「里奈から連絡を受けて驚いたぞ……」


 という事だった。


「お話するのが遅れてすみません」


 と、俺。板張り床の道場で正座をしているため、土下座とまではいかないが、それなりに詫びを入れている風情になる。


「いや、先週の初め位から稽古の時の目つきが変わったのは感じていたが……てっきり夜警の仕事にでも就くのかと思っていた……しかし、メイズとはな」


 対して、豪志先生はそう言うと、短く「驚いたよ」と漏らした。そして、


「どういう経緯いきさつなんだ?」


 と、当然の質問になった。これに対して、俺は道場に来る前に色々と考えていたが、結局本当の事を話す事に決めていた。豪志先生相手に口から出まかせを通すのは俺の精神が持たない。それに、心配してくれていた奥さんの瞳さんの事もある。金目当てに危険を冒すという結論にキツイお叱りはあるだろうが、もう決めた事だ、という覚悟があるのも事実だ。


「そうか……取り敢えず兄妹の連絡が戻ったのなら、瞳も安心するだろう。ここだけの話、アレは相当気にしていたからな」


 第一声はそのようなものだ。それだけで、頭が下がる思いと共に、人の親切に気付けなかった自分を恥じる思いがした。


「それで、金目当てにメイズへ潜ると……」


 俺が過去の自分に忸怩じくじたる思いを抱いている傍ら、豪志先生はそう言うと腕を組み瞑目する。そして、静かに立ち上がると、


「少し待っていろ」


 と言い、道場の奥へ姿を消した。なんだろうか、瞑目して考えを巡らす様子だった豪志先生は特に怒っている風でもなかったが、その反面、その内心が読み取り難いのは昔から変わらない。


 いつだったか……確か中学2年の終わりごろか、大輝が同級生と喧嘩をして相手に軽い怪我をさせた事があった。里奈の女友達にしつこく嫌がらせをする男子生徒に大輝が注意をして、そのまま口論から掴み合い、殴り合いにエスカレートした喧嘩だ。結果、相手の同級生は鼻血を出して脳震盪を起こすという結果になった。もっとも相手の同級生が、自分は階段で転んだんだ、と喧嘩に負けた事を隠したため、大輝に停学などの処分はなかった。ちなみにその時の俺は、参戦しようとする里奈を押さえつつ、泣き出した里奈の女友達を宥め、さらに倒れた相手に追撃をしかけようとする大輝をドロップキックで止めるなど、忙しかったものだ。


 で、その顛末を聞いた豪志先生は、最初笑って聞いていたのだが、その内笑い顔のまま怒鳴り出すという、ちょっと他人には真似のできない芸当を披露した。曰く、


――自分がどれくらい強いか確かめたくなったのだろう、この愚か者が!――


 ということだった。結果、大輝(と何故か一緒に正座させられていた俺と里奈)は、身を縮ませながら必死に反省の言葉を伸べたものだ。まぁ、この話には五十嵐心然流の先々代、3代目にまつわる教訓が関係しており、それは別の話になるのだが、とにかく豪志先生は表情から次のアクションが読み難い方なのだ。


「またせた」


 だが、俺がそんな昔話を思い出して警戒を強めていたのに、再度現れた豪志先生は普通の表情と雰囲気だった。ただ、奥から戻ってきた先生の手には使い古した木太刀があった。


「?」


 疑問を目で訴える俺に、豪志先生は座りつつも、その木太刀を俺の前に置く。そして、


「金の為に働くなら、その心意気善し……変に聞こえるかもしれないが、凡そ武芸武術というものは、仰々しく『道』などと花冠をつけようとも、要は腕っぷしを売り込むための方便だ」


 何とも身も蓋も無いおっしゃいようだ。


「もしもお前がこの場で『腕試しの為にメイズへ行く』などと言ったならば、その腕を圧し折ってやるつもりだったが……金の為に生業なりわいとして行くのならば、これは意見が分かれる事だろうが、それこそ武術の本質だと儂は思う」


 そう言いつつ、豪志先生は使い古した木太刀を俺の前に差し出した。


「古くなって捨てようかとも思った物だが、コータにやろう。必ずこれを使えとは言わないが、手元に馴染んだ武器があるのは良いだろう」


 と言う。確かにその木太刀は俺にも見覚えがある物だった。中に芯鉄が打ち込まれた全長100cm強の木太刀は重量があり、主に素振り型の矯正に使われたものだ。当時の俺は、叱られた後にこれを50回、100回と素振りさせられたものだ。


「ありがとうございます」


 手元不如意てもとふにょいでメイズに行くにも武器らしいものの準備が覚束なかった俺にはありがたい贈り物だ。


「所詮道具だからその内折れるだろう。その時はその時だな」


 豪志先生がそう言った時、門下生の第一陣が道場にやってきて元気の良い挨拶を投げ掛けてきた。声の調子から中学生だろうと思う。


「行った感想は、その内聞かせてくれ……言わずもがな・・・・・・・だが、無理はするな」


 豪志先生が最後に言った「無理はするな」という言葉が、妙に耳に残った夜だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る