*11話 ハム太のスキルとステータス講座


 覚悟を決めてスキルの宝珠を口に入れた瞬間の感覚は不思議だった。無味無臭で冷温の感覚もないが、まるで雪が解けるように、口に含んだ瞬間、ガラス玉は溶けてなくなった。そして、


――【戦技】を獲得しました――

――【戦技(・・)Lv0】を習得しました――


 と、いつぞや・・・・のように脳裏に強烈な文章が浮かんだ。


「戦技のLv0というのを習得したみたいだ……でも括弧の中が・・点々だったけど」

「それはコータ殿が得意武器と言えるほど習熟した武器を持っていないからなのだ。例えば吾輩は剣を、大輝様はなんと武器全般・・・・を対象にした【戦技】持っているのだ。コータ殿も武器の習熟に精進するのだ」


 俺がスキルの習得を報告すると、ハム太はそうのたまった。上から目線のハムスターって……


「でも獲得だけでなく習得できたという事は、コータ殿がメイズの中で魔物を倒したという話は事実なのだ。そこは見直すのだ」

「えっと……ありがとう? でいいのかな……」


 「見直す」という事は、それまで「見損なっていた」という風に受け取れるのだが……まぁ、異世界でチート級の能力を駆使した大輝の親友として見れば、こちらの世界の俺はショボいだろうから仕方ないか。


「ステータスも確認するのだ、あとスキルについても教えておくのだ」


 一方のハム太は、そういうと俺の方を眉間に皺を寄せて見つめてくる。つぶらな瞳から発せられる視線が、凄く鬱陶しい……


**********************

遠藤公太(26歳)

種族  人間(男性)

耐久値 5/27

魔素力 5/11

力   11 (x1.02)

敏捷  12 (x1.02)

技巧  10 (x1.02)

理力  10 (x1.02)

抵抗  13 (x1.02)

修練値 8/58


習得スキル(常時有効型)

・戦技(・・)Lv0


習得スキル(使用型)

・能力値変換Lv1

**********************


 以上が俺のステータスということらしい。本当はもっと詳しい事まで鑑定できるはずだ、と悔しそうなハム太に言われるまま、紙に書き出した数値の羅列なのだが、項目と数値の意味が分かるようで分からない。その様子を見たハム太は両手をモキュモキュさせながら、


「それでは説明するのだ。まずはステータスの各能力についてなのだ――」


 と、得意気に説明を始めた。その説明によると、


**********************


【耐久値】あちらの世界でいう魔坑外套の耐久値。肉体が受けるダメージの一部を肩代わりすることで減少する。これがゼロになっても死ぬことは無いが、恩恵が受けられなくなるため、非常にまずい状況になる。魔物からの攻撃によって減少する。現在値/最大値という表示。魔素が無い環境では基本的に現在値は0になる。


【魔素力】メイズが放出する魔素を魔素外套に溜め込んだ数値。使用型アクティブスキルを使うときに消費する。現在値/最大値という表示。魔素が無い環境では基本的に現在値は0になる。


【力】単純な腕力や筋力のことではなく、物理的な影響力を示した能力値。9~11が平均的な数字。括弧内は魔素外套による能力上昇係数。


【敏捷】素早さに該当するが、単純な足の速さではなく、動作の機敏さと反射神経を合わせた数値。9~11が平均的な数字。括弧内は魔素外套による能力上昇係数。


【技巧】器用さに該当するが、動作全般の精度と運動神経を合わせた数値。9~11が平均的な数字。括弧内は魔素外套による能力上昇係数。


【理力】聡明さや想像力に該当する能力値で、主に使用型スキルの効果と威力に影響する。9~11が平均的な数字。括弧内は魔素外套による能力上昇係数。

 

【抵抗】精神的な堅牢さを表す能力値。強いて言うならばストレス耐性のようなもの。9~11が平均的な数字。括弧内は魔素外套による能力上昇係数。


【修練値】魔坑内での経験量を表す数値。スキルの習得によって消費される。また、これまでの獲得総量によって各種能力値の上昇係数が増える。残量/総取得量という表示。


**********************


 この説明と照らし合わせると、俺のステータスでは【敏捷性】と【耐久】が人並以上、それ以外は人並といったところになる。【敏捷性】には心当たりがないが、【耐久】が高いのは……まぁ元ブラック企業社員だったら、誰でもそうかもしれない。現代はストレス社会なのだ。


「コータ殿の基礎的な能力値は良い線・・・を行っているのだ。流石、大輝様の親友だけのことはあるのだ。それにとても珍しいスキルを持っていて驚きなのだ」


 ストレス社会について考えていると、不意にハム太から(上から目線で)褒められた。反射的に「どうも」と後ろ頭に手をやる俺、上から目線のハムスターに慣れつつある。誠に不本意だ。


「魔坑で行動する時、最も注意するのは【耐久値】なのだ。これがゼロになると絶体絶命の危機なのだ。あと、耐久値が一部を受け持ってくれるといっても、身体は相応にダメージを受けるのだ。だから、耐久値が残っていても大けがをすることもあるし、死ぬこともあるのだ」

「そ、そう……うん、気を付けるよ……ところで、何でその現在値がゼロじゃないんだ?」


 ハム太の説明に疑問を感じた。本来メイズの外ではゼロのはずの数字がゼロになっていないからだ。そんな俺の疑問に対して、ハム太は、


「それは多分、そっちの大きい方・・・のせいなのだ。それのお陰でこの部屋には魔素が薄く漂っているのだ」


 と、気味の悪い事を言う。


「その大きい方は多分、産まれたばかり・・・・・・・の魔坑の核なのだ、それでコータ殿が持っている珍しいスキル【能力値変換】を習得したのも恐らく[魔坑核]を不活性化したからなのだ。魔坑核経由でスキルを習得するときは修練値を必要としないのだ」

「お、そうか、すごいな!」


 実際はしっかり理解しているとは言い難いが、適当に相槌を打つ俺。聞いたことの無い単語が連続して飛び出すハム太の話に、だんだんと理解するのが面倒になってきた。しかし、


「そういう態度は良くないのだ。これは魔坑で生き残るためにとても重要な話なのだ。生存性に直結するスキルは、本来時間を掛けて修練値を積み重ねないと習得できないのだ。それを簡単に手に入れられる魔坑核の取得は重要なのだ!」


 怒られてしまった。まぁ実際に戦技(・・)Lv0を習得する際に修練値を50消費していたことは、ステータスの数値で理解しているが、そんなに目くじら立てることかね?


「あと、スキルを習得した後の魔坑核も一つは大切に保管しておくべきなのだ。魔坑核の魔素は他の魔素石と違い、魔坑外套との親和性が高いのだ。緊急時に耐久値を一気に回復させることが出来るお助けアイテムなのだ」


 そう言って、両脚をぺしぺしと床に打ち付けるハム太は、出来の悪い生徒を持った教師といったところだろうか。それにしても必死で説明をするハム太の意気込みと、それを聞く俺の気持ちが噛み合っていないことは確かだ。そして、その食い違いの理由はハッキリしている。


「なぁ、一応言っておくけど、俺はメイズに行く気は今の所ないからな」

「……なのだ(なんで)?」


 その瞬間、冷めた俺と、例のおとぼけ顔のハム太は顔を見合わせたのだった。

 

**********************


「コータ殿、本当にメイズに行かないのだ? 持っているスキルの【能力値変換】は上手く使うと相当良いスキルなのだ、勿体無いのだ」


 そう言いつつ、ハム太はメイズのドロップ品専門に開設された海外のオークションサイトを見ている。【異言語理解】というスキルを持っているハム太は、海外サイトでも普通に理解できるらしい。


「効果が分からないスキルジェムが80,000ドル、【鑑定(省)】を使ってどんなスキルか分かるようにすれば、もっと高く売れるのだ! ポーション類も同じはずなのだ。それにこのメイズストーン……[魔素石]の事だと思うが、吾輩の記憶では結構ゴロゴロと出るのに、1㎏で700ドルもするのだ! 直ぐに大金持ちなのだ!」


 ハム太は相変わらず、俺をメイズに連れて行こうと思っているらしく、少し興奮気味に声を上げている。その上、金で釣ろうという作戦に切り替えてきたようだ。その作戦は……多分正しい。しかし、


「だからと言って、そんな危ない事をするよりも堅実に働いたほうがいいよ、堅実は美徳だ」


 と答える俺。再就職活動をサボる人間の発言ではないかもしれないが、社会通念上は正しいはずだ。ポリティカル・コレクトネスならぬ、ソーシャル・コレクトネス、略してソシャコレだ。


「ぐぬぬ……今の自分を棚に上げて、正論に逃げるとは卑怯なのだ!」

「何とでも言え、これは俺ではなく、健全な社会通念に根差した意見なんだ」


 と、このようなやり取りになる。最近よくある光景だ。後はハム太が根負けして黙り込み、思い出したように蒸し返す、という繰り返しである。しかし、今日に限っては違うことになった。


 不意に俺のスマホが鳴り出したのだ。


「ん……なんだこの番号?」


 着信表示には見覚えのない固定電話の電話番号。一瞬出るのを躊躇うが、切ればハム太との水掛け論が再開するので、電話に出ることにする。


「はい――」

『お、お兄ちゃん? 良かった、番号そのままだった……私、千尋よ』

「……お、おぉ! 千尋か、どうしたんだ?」

『ちょっと困った事になっちゃって……今から言う場所に来てもらえないかな?』


 久々に聞いた妹・千尋の声は、少し緊張して焦っているようだった。つられて、俺も嫌な予感を感じる……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る