*10話 無職の日常、道場通いとか、スキルとかステータスとか……
あの夜の出来事以来、俺は就職活動を脇へ押しやって地下空間構造、通称メイズの情報を集めていた。だって、大輝が言うには
ただ、逃れられない世の
当初の予定では、挨拶をして世間話をして、そこで「さようなら、又来ます」で終わるつもりだった。しかし、その考えは甘かったようで、道場にお邪魔した直後に、
「おお、来たかコータ……何をしている? さっさと稽古着に着替えてこい!」
ということになってしまった。その日が
ちなみに
ただし、流派の開祖から受け継がれる実戦志向は今でも一部の高弟に受け継がれており、本部道場である五十嵐家併設の道場では、一般の門下生とは別の時間帯に稽古が行われている。
突然稽古に巻き込まれた俺は、8年近いブランクのわりには頑張ったと思うが、結局後半最後の乱取り稽古で完全にスタミナが干上がってしまい見学者扱いになってしまった。それでも稽古終わりには心地よい疲労感に包まれ、久しぶりに体感した道場の空気感に
「これからは、火・木・土の夜の内最低でも週2回は通え、いいなコータ」
という豪志先生の言葉に、
「分かりました」
と深く考えずに答えていたものだ。後になって後悔したけど……だって、その時間帯は実戦志向の高弟の皆さんによる濃密な稽古時間なのだ。その事を思い出したのは翌週の火曜日に道場へ顔を出した時だった。後の祭りとはこの事だ。
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2020年9月初旬
「なるほど、こちらに現れたメイズとやらにも大規模・中規模・小規模といった格付けが存在するのか、魔坑と同じようなものなのだ」
とは、PCのマウスを器用に使いこなすマウス、ならぬハムスターのハム太。海外のネットを中心に情報収集を行っている。なんでも【異言語理解】というスキルのお陰で日本語だろうが英語だろうが中国語だろうが、問題無く理解できるらしい。今は海外のメイズ関連サイトを見ているようだ。ちなみに、登場当初は鎧兜に帯剣という完全装備だったが、今はそれらを取り払い、外見はちょっと大きな三毛柄のゴールデン・ハムスター
「ふーん、そうなんだ……」
一方の俺は、週刊誌やテレビ(これだけの為に小型のテレビを購入したが、その翌日に〇HKが家に来てビビった)のニュースを中心に国内情報を集めている。後は、スマホを使ってネット掲示板を確認するのも、暗黙に出来上がった俺の役割だ。
そんな役割分担が出来上ってから約2週間、分かった事としては、既存のマスメディアはどうも日本国政府のメイズに対する対応に批判的、ということだ。まぁ、マスコミはいつだって政権には批判的だし、これは仕方ない。ただ、ネット掲示板ではそのマスコミ(マスゴミ)の姿勢を「日本に資源開発をさせないための中共の陰謀」や「オイルマネーが動いている」などと評して批判的な意見が多いようだ。
ちなみに、メイズが資源やオイルという言葉に結び付くのは、今年の5月に中国が南アフリカに設置した[魔素反応式汽力発電所]通称チャイナモデル、による影響が大きい。ここで偶然にも大輝が言っていた[魔素]と同じ言葉が出てきたわけだが、そのチャイナモデル発電方式は、技術内容が発展途上国向けに公開されている特殊なものだ。昨年2019年8月の国連総会で中国・アフリカ連合・東南アジア諸国が連名で提起した[メイズ産技術に関する知的所有権の発展途上国への優先開示]に基づいた行動、ということだ。
そのチャイナモデルは、メイズから取れる[
勿論、超高圧環境で摂氏2,000度の熱源を冷媒である水に晒すという仕組みは少し制御を誤ると容易に水蒸気爆発を誘発する恐れがある。その点を危険視する専門家は多いようだ。また、質量を熱に変換するとした場合、失われる質量と得られる熱量の間に大幅な計算上の狂いが有るとも指摘されている。本来ならば、桁違いの熱量でなければならないのだが、実際得られる熱量はそこまで大きくない。その食い違いに未知の危険性を指摘する声も上がっているようだ。
しかしながら、日本国内のマスコミは自国政府のメイズ開発には批判的である一方、この中国発の技術には[真の第4次エネルギー革命]と諸手を上げて喝采を送るような状況であった。それどころか日本の技術的な立ち遅れを嘆くような論調まである。
「マスコミは平常運転だね……でも、中国がここまで開発をしているってことは、2018年の発表以前からメイズは存在していたんだろうな」
一般的には2018年9月に世界的に発生した小規模メイズ群発事件を経て、先進主要国首脳会議が緊急共同声明でメイズの存在を公表したことになっている。しかし、それから2年弱で実用的な技術が出来るとは思えない。それよりも数年は前からメイズは各国において秘匿されていたと考えるべきだろう。
「ほう……コータ殿、吾輩、このツーベンゲッツアイスクリームのトリプルチーズケーキというものを食してみたいのだ、購入を検討して欲しいのだ」
集めた情報からそんな事をぼんやりと考えている俺にハム太が声を掛けてくる。いつの間にかPCの画面はメイズ関連サイトから通販サイトに切り替わっていた。普段は食べ物も飲み物も必要ない[造魔生物]ということらしいが、妙に食い意地の張った発言が目立つハム太だ。
「お財布ピンチだよ……無理だね」
嘘ではない。明細によると8月の電気代は8,000円を超えていた。或る程度予想していたとはいえ、余計な出費が許されない財政状態では、そんなハム太の願いを聞き入れる訳にはいかない。すると、
「ああ、こんな事ならこのオークションサイトにあの
と、ハム太は大げさに嘆いて見せる。
「それは、お前が使えって
対して俺はそう言いつつも、ハム太の言葉も一理あると考えてしまうのだった。
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あの夜、ショックの余り石細工に戻ったハム太だが、翌日には普通に活動を開始していた。そこで俺は「何があったのか」を聞いたのだが、ハム太が言うには、幾つもの強力なスキルが無くなっており、【戦技(剣)】といった手元に残ったスキルもかなり弱体化されていたとのこと。更に【収納空間】や【鑑定】、【
それを聞いた俺の、
「ああ、そういえば大輝が『スキルが多すぎてこのままでは送れないから無効にしたり初期化する』って言ってたな」
という言葉に、ハム太は例のハムスターのお
「チッ」
と、短く舌打ちをした。まるで「早く言えよ、使えねーヤツ」と言われたようで、元がなまじ可愛らしい(?)ハムスターだけに少しショックを受けたものだ。
で、そんなハム太は、地下道下のメイズ(?)で拾った二つのガラス玉を目ざとく見つけると、それを調べると言い出した。【鑑定(省)】の能力を見極める、という意味があるそうだ。そして、二つの大きさが異なるガラス玉を前にしたハム太は、例によって眉間に皺を寄せつつ、それらを睨め付け、
「こちらの小さい方は[スキルの宝珠]なのだ、中身は
と、言った。[スキルの宝珠]とはこちらの世界で言うところの[スキルジェム]だろう。そして、
「戦技系の
と迫ってきた。更にハム太が言うところによると、スキルの宝珠は、それを口に入れることで習得できるらしい。
「え、これを……口に?」
見た目只のガラス玉を口に入れる、というのは少し抵抗がある。しかし、ハム太はハムスターの仕草で「ほれほれ」と顎を何度もしゃくり上げるだけだった。
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