*8話 ソレって、アレじゃないの?


 時計の針は22時に差し掛かっている。ほぼ1時間半を費やして大輝の話を聞き終えた俺の感想は……やっぱり大輝だ、異世界に行っても情報過多が治るどころか悪化している、というものだった。まぁ、それはさて置くにしても、今の大輝の説明で当然ながら俺はある事に思い至る。それは、昨今世間を騒がせているというアレのことだ。


「なぁ、ソレと同じものか分からないけど、こちらの世界にも地下空間構造とかメイズって呼ばれるものが現れて結構な騒ぎになっているんだ」

『え? ……それは魔坑なのか?』

「わからない。そもそもそっちの魔坑・・・・・・を知らないから答えようが無いよ。でも、管理業を民間に委託して収集品の採集をさせようとしているらしい。さっきの大輝の話に少し似ているだろ」

『確かに。それで、どんなものが採取されるんだ?』

「それは……興味が無かったからよく知らないんだ」

『そうか……うむ』


 鏡越しの大輝は、そう言うと背凭れのある椅子に身体を預ける。斜めに走る傷痕が残る額と眉間に深い皺を寄せて、目を瞑り何か考え事をしているようだ。なんだろう、本当に[大賢者]っぽい。


『……確かに可能性は……今夜になって急に繋がった・・・・・・ということは……あり得る話か……』


 独り言のように呟く大輝、何か心当たりがあるのだろうか? そうなると、昨晩のあの出来事も伝えたほうがいいかもしれない。俺はそう思い、考え事を続ける大輝に声を掛ける。


「あと……もしかしたら俺、昨日の夜にそのメイズに入ったかもしれない」

『え?』

 

 鏡越しに、大輝が驚いた顔で鏡に詰め寄る。いや、近いって……と言い掛けた瞬間、鏡の映像が一瞬だけで乱れて、直ぐに戻る。


『どういうことだ、コータ? そのメイズとやらに入ったのか? 中の様子はどうだった?』

「お、おう……えっとな……」


 予想以上の大輝の反応に、俺は少し気圧されながらも昨晩の出来事を説明する。


**********************


『コータの言う犬とは、多分青肌犬ブルースキンだな……魔坑の浅い階層にいる魔物だ』

「魔物……やっぱりモンスターだったんだな。まぁ、死んだら消えるなんて普通じゃないし」


 昨晩、地下道の穴に落ちて[犬]と対峙した話をした俺に対する大輝の説明。それに俺は妙な納得を得ていた。


『あまり強い魔物ではないが、たった一人で、準備無しに遭遇して生き残るのは幸運だぞ……あの自転車・・・・・に感謝だな』


 戦い(と呼べるかどうか分からないが)の顛末を聞き、苦笑い気味の表情で言う大輝。ちなみに俺の愛車であるママチャリの事を覚えていたようだった。


「そういえば、それを倒した後に拾った物がある」


 対して俺は話題をあの二つのガラス玉へと移す。特に後から拾った大き目のヤツは、手にした瞬間に妙な感覚を覚えた。その事が少し気になっていたのだ。


「ちょっと待ってくれ……」


 鏡の向こうの大輝にそう言って、俺は部屋の隅のメッシュラックへ。上の段につくねて置いてある買い物袋を取って戻る。そして、


「これなんだけど――」


 と言いながら袋の中のガラス玉を鏡の前へ取り出した。その瞬間、


――ガ、ガ、ガガガ、ガピー


「うわぁ!」


 壊れたスピーカーのような割れた雑音が突然発生し、驚いた声を上げてしまう。これまでよりも激しいノイズが鏡の映像に発生していた。ノイズはハウリングのように俺の手にあるガラス玉に反応しているようで、慌てて手を鏡から離すと少し治まった。


『コー……そ……仕舞って……何か……となく、わかっ……から』


 それでも鏡の向こうの大輝の声は途切れ途切れ、その動きはコマ落ちの動画のようだ。


 結局俺は二つのガラス玉を大輝に見せるのは断念して部屋の隅に買い物袋を押しやった。するとノイズは嘘のように治まった。


『……今ので色々と理解したよ』


 クリアになった音声で大輝はそう言う。そして、


『魔坑を討伐してからもう16年、何とかそっちに繋げようとずっとこころみていた。それが今夜になって突然成功した理由……きっとそっちの世界に現れた魔坑とコータ、お前が拾ったという魔坑の品が原因だ!』


 なんだろう、異世界に転移した賢者とか勇者はそうする・・・・ルールがあるのだろうか? やたらとさまになったポーズで、ビシッと人差し指をこっちに向けている大輝の姿が……いや、ここは8年振りだし丁寧にリアクションしておこう。


「な、なんだって―――!!」


 某週刊漫画誌のミステリー調査班を模した俺の反応はオカルト大好き人間大輝のストライクゾーンのはずだったが、


『いや、この流れは懐かしいけど……結構深刻だからな』


 という大輝の厳しい表情によって、特にウケる事も無く、中途半端な感じになってしまった。


**********************


『この接続・・は、俺が確実にイメージできる範囲で鮮明に像を映すことが出来る物品に対して発信していたものだ。例えば俺の家の洗面所の鏡や居間のテレビ、里奈への誕生日プレゼントの鏡なんかがそれに当たる。しかし、この手法は本来、魔力や魔素を介して成立するものだ。それが今夜、コータの部屋と繋がった。つまり、コータの部屋にその両方が揃ったという訳だ』


 大輝は少し鼻息を荒くして言う。まぁ足掛け16年の努力が成功したのだから、気持ちは良く分かる。しかし、その努力が成功したということは、本来この世界には存在しない魔力や魔素がこの世界に発生したことを意味している。その点で「結構深刻」なのだろう。


『そちらに出現したメイズ……迷宮だが、恐らくこちらの魔坑と同じ性質のものだろう』


 大輝はそこで冷静さを取り戻すように深呼吸する。そして、


『たぶん、そっちの世界はこれから大変なことになる』


 と予言めいた事を言った。俺はもう一度「なんだってー!」と言いたい気持ちだが、真剣味を増した大輝の表情にどうも気圧されて口を噤んでしまう。それほど、今の大輝からは鏡越しでも分かるほどの迫力が発せられていた。丁度、豪志先生が真剣に話している時のような重たい空気と同じものを感じる。


『だから、こちらからコータの助けになるような存在をそっちに送る』

「え?」


 俺は思わず訊き返していた。映像と音声以外に、物も送れるのか? という素直な驚きだ。


『それに日記の安全も確保しなければ、な』


 対して大輝はそう言うと、鏡の向こうで右手を前方へ突き出し、次いで何もない右側の空間を掴むような仕草をする。その瞬間、鏡にまたも大きなノイズが走る。そして、そのノイズが小さくなると、そこには瑪瑙メノウ細工と思しき石細工を手に持った大輝の姿があった。石細工は兎? いや、鼠……というか、ハムスターか?


『コレをそっちに送ってみる』

「コレって? それに送るって?」

『ちょっと、待っててくれ』


 俺の疑問を無視した大輝は、そう言うと今度は掌の石細工に息を吹きかける仕草をする。すると瑪瑙の石細工は一瞬光を発し、同時に鏡のノイズが再び激しくなる。そしてノイズが少し治まった時には、完全武装・・・・の三毛柄のゴールデン・ハムスター? が大輝のてのひらに乗っていた。


「……なに、それ?」


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