*7話 異世界大賢者(兼勇者)、大輝の冒険!
「……いや、どう考えても、これっておかしいでしょ?」
と、俺、
『その割には直ぐに落ち着いたな』
と、鏡の向こうの大輝、
「いや……明晰夢でしょ、これ。俺、きっとどこかで寝落ちしてて、だからこれは夢だよ」
と、俺、
『……凄い現実逃避だと思うけど、似たような経験はある、気持ちは分かる』
と、鏡の向こうの大輝……え? これって夢じゃないの?
「てことは……死後の世界に繋がってる?」
『勝手に殺すな、それに死後の世界だったら歳は取らないだろ。若くして死んだ人は死後も若いままだ、丹波先生がそう言ってた』
俺の疑問にオカルト知識を根拠にして答える大輝は、確かに俺の良く知る大輝だ。こんなトンデモ理論を平然と実用するくせに、成績は常に学年トップの爽やかイケメン。神様の不公平を体現したような存在だ。しかし、大輝が言う通り、鏡の向こうの大輝は随分と老け込んで見える。ロマンスグレーの総髪で、額、眉間、目じり、口元には結構深い皺が刻まれている。今日の午前に顔を見たばかりの大輝の父、周作さんに凄く似ている。でも、その額の切り傷みたいなのはファッション、だよね?
『俺の方は今年で50歳になったんだが、コータは随分と若いままだな』
「まぁ今年で26歳だ」
『え……てことは』
「4倍?」
『だな、時間の流れが4倍違う。こっちが速くて、そっちが遅い……うむぅ、だったらこれで行けるか?』
8年前に18歳で消息を絶った大輝が(仮に在るとして)
『――これで良いだろう。時間の流れを結界で遮った』
と、自信満々な表情で言う大輝の姿が、鮮明な映像と共に戻ってきた。ただ、宇宙の摂理を大きく無視するような聞き捨てならない台詞をサラッと吐きやがった。こいつ、スケールアップしてやがる……
「……どういう事?」
そんな疑問が出るのは仕方がない。それに、今まで敢えて触れなかったが、鏡の向こうの大輝の恰好といい、背景として映り込む部屋の様子といい……CGを駆使したファンタジー映画に出てくるような雰囲気を醸して出している。まるで中世風ファンタジー世界の一端を垣間見ているようだ。
『まぁ疑問を持つのは分かる。それはこれから説明するけど、その前にだ』
「その前に?」
『さっき、チラっと映った便せん……それに妙に見憶えのあるノート、当然、中身は読んだよな?』
「あ……いや……ヨンデナイデス」
『正直に』
「び、便せんは……読む気は無かったんですが、目に入っちゃって、その……はい……」
『便せんだけか?』
「の、ノートの方は、ちょっとだけ……もう読まないほうがいいよね?」
『当然だ、酷いプライバシーの侵害だぞ……まったく、なんであれがコータのところにあるんだ? その辺を先に説明してくれ!』
まぁ、そうなるよね。さっき床に落ちた鏡を拾い上げる時、鏡の向こうからこっちを見る大輝には、床に落ちた状態のラブレター紛いの便せんや日記のノートが見えたのだろう。大輝がこの世界に残してしまった心残りの
という事で、俺は[鏡]を持っている経緯を含め、先にこれまでの経緯を大輝に説明するのであった。ちなみに日記の方は結構ガッツリ読んだのだが、言わなきゃ分からないだろうからセーフセーフ。
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「――ということ」
『そうか、父さんも母さんも兄貴も……里奈も元気にしてるんだな。にしても、形見分けの品を間違えるなんて……多分、間違えたのは母さんだよ、昔からおっちょこちょいだったから』
「で、やっぱり里奈に渡したほうがいいか?」
『うん……それなんだけど、ちょっと保留にさせてくれ』
まぁ、保留にしたい気持ちは分かるし、大輝らしいとも思う。8年という年月を掛けて戻らない人を過去の思い出に昇華させ今を生きている(かもしれない)里奈に、もしかしたら、これらの品々は毒にしかならないかもしれない。忘れかけた苦しみを無駄に呼び起こす可能性だってあるんだ。勿論男同士の友情と、恋愛が絡んだ男女の友情では話が違うだろうが、素人的女性経験が完全ゼロの俺が想像力を駆使して考えるに、多分そういう事で間違いない。
「じゃぁ、結論が出るまで俺が預かっておくよ」
『……少し不安だから
ちょっと引っかかる発言だったが、それを無視して俺は続ける。
「じゃぁ今度は大輝の話をしてくれ。この状況をちゃんと説明しろよ、じゃなきゃ明晰夢判定して、俺は寝るぞ」
『わかったよ……でも長くなるぞ』
そう前置きした大輝の話は、やっぱり長かった。
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あの時、大輝は肝試しをするためにキャンプ場の管理棟裏にあるお堂へ向かった。そして、俺が置いたプラスチックボールを手に取ろうとしたところで、突然足元の地面の感覚がなくなり、空中へ放り出されたようになったらしい。
『何もない空間を落ちているのか登っているのか、それともその場に留まっているのか、全く感覚を失っていた』
と本人が語るように、何もない空間に放り出された大輝は、そこで体感時間で丸1日を過ごした。そして、不意に現れた巨大な光源に急激に引き寄せられ、遂に光の玉に衝突するという瞬間に、
――次元超越者恩恵として[大賢者][勇者]の職格を付与します――
――[大賢者]の職格に応じ【摂理の支配】【森羅万象の理】【魔術創造】を習得しました――
――[勇者]の職格に応じ【神の寵愛】【救世主】【不撓不屈】を習得しました――
という音声が脳内に響いたらしい。そして気が付いた時には「あちらの世界」のある国の王都に居た、という事だ。そこで大輝を迎えたのは、うら若きその国の王女。但し、大輝が現れた場所を中心に描かれた巨大な魔方陣の周囲は、干からびてミイラのようになった魔術師の遺体が数えきれないほど散乱するという過激な現場だったという。どういうことかというと、国の名だたる魔術師を全員集めて、生命力まで振り絞り、何とか召喚したのが大輝だった、ということだ。
そして、何故そんな事をしたのかというと、
『世界中が魔素を吐き出す魔坑に侵食され、何とか抵抗できる国も残り数か国という状況だった。このままでは、世界が魔坑に侵され尽くすという絶望の状況で、イチかバチかの最後の賭けだったそうだ』
とのことだった。更に続く大輝が説明によれば[あちらの世界]には元々
[魔坑]は
『成長過程で魔坑は定期的に魔物を地上へ吐き出し魔素の領域を拡大する。それを防ぐためには、誰かが中に入って魔物を間引きするか、最奥に在る核を不活性化して魔坑そのものを崩壊させる必要がある。それで、魔坑が出現してから50年間くらいは、各国がそう言う対応をしていたのだが……』
魔坑で魔物を討伐する内に、討伐者達の身体機能が著しく向上していくことが分かった。また、魔坑の外では限られた魔術師しか使う事の出来ない魔術が、魔坑内部ではスキルを習得することで誰でも使えるように成ることも明らかになった。
『魔坑内でモンスターを倒すたび、その人間は強さを増していく。この現象をこちらの世界では魔素外套の成長と呼んだ。早い話、魔坑に入った人間は魔素によって身体能力が向上するということだ。それに、本来ならば
超人的な能力を与える魔素外套とスキルによる魔術は、本来ならば魔素が充満した魔坑内でのみ効果を発揮するのだが、魔素が地上に漏れ出た際は、例外的に地上でも効果を発揮した。そのため、幾つかの国は意図的に魔坑からの魔物の氾濫を誘発させ、それによって自国内に魔素を充満させ軍事力を増強しようと考えたのだ。
『最初は魔物の氾濫を制御できると考えられていたし、実際に制御されていた時期はあった。だが、それによって引き起こされた戦争が長引くにつれ、制御が疎かになり、いつの間にか魔坑は人間の手に負える規模ではなくなっていた』
気付いた時には手遅れだったらしく、多くの国が戦争で疲弊した状態のまま魔坑への対処を余儀なくされ、一つ、また一つと侵食されていったという事だ。そして、残された国があと僅か、という状況で大輝はあちらの世界へ救世主として召喚された、という事だった。
『最初の4年間は修行を兼ねて、俺を召喚した東の国[メラノア王国]の魔抗を討伐した。大賢者だの勇者だのの力を得たといっても、使い方が分からなければ宝の持ち腐れだからな。それで、十分に力の使い方を習得した後は、各地に点在する魔坑の中でも大規模なものを中心に討伐していった。あれらは、植物の根のような広がりをしているから、根本に近いところを叩くと末端の小規模な魔坑は一気に弱体化する。その事実に気付いた後は一気に魔坑の数を減らすことが出来た』
それでも、全世界に散らばった魔抗を駆逐するのに、16年の歳月を要したということだ。
『魔坑を排除してからというもの、残った魔素は徐々に薄くなり
そう言った大輝の表情は少し寂しそうであった。
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