第1節 [受託業者]制度の黎明
*1話 遠藤公太、解雇~!
2020年8月18日
「
埼玉県所沢市にある西関東エリア支社の会議室に呼び出された俺、
もっともブラック企業という概念を体現したような我が社に於いては、その面倒見の良さと慕われる人柄、仕事への熱意が部下達の[自社の労働環境に対する問題意識]を麻痺させるという風に作用しているのだが、本人はその事には気付いていない。これによって岡本MGのチームは、月80時間を超えるサービス残業が常態化した職場において「いつも明るく元気で笑顔」な状態を持続するという不気味な集団として社内で有名になっている。
入社2年目でサブ・マネージャーという肩書を与えられ、名ばかり管理職となった俺は、そんなチーム岡本の一員であったのだが……どうやら、経営不振の煽りを受けてリストラされてしまうらしい。集団解雇の噂は先々月から囁かれていたけれども、やっぱりウチのエリアだったか、というのが正直な感想だ。
「いいんですよ、岡本さん」
謝罪の意味を理解している俺は、苦笑いを堪えながらそう言う。
「本当にスマナイ……」
対して岡本MGは再度そう言うと頭を下げる。変な言い訳をすることも無く、謝罪するときはストレートにただ謝る。そういう姿勢が誠意として相手に伝わるというのが他の誰でもない、岡本MGから教わった謝罪のコツだ。只々謝ることに徹すれば、心の中に在る「本当は自分が悪い訳じゃないのに」という不満が消えて真実味が出る、のだそうだ。
「ほんと、もう勘弁してくださいよ、別に岡本さんが悪い訳じゃないから、止めて下さい」
謝罪に関する岡本メソッドの真偽はさて置き、頭を下げる岡本MGを止めさせようと、逆にこちらが謝りだしそうな声を上げる俺であった。
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俺が働く(といっても解雇されたばかりだが)会社は、FZアメージングフード(株)という関東地方を中心に展開する中規模なレストランチェーンだ。深沢商会という化学工業系素材原料を取り扱う商社を中心としたFZグループ内の子会社のひとつだが、今年に入ってから業績が一気に悪化していた。
業績悪化の理由は幾つか指摘されており、競合する大手他社に比べて割高なメニュー構成や、駅前だったり郊外だったりと統一性の無い店舗立地による客層絞り込みの難しさなどが大きな原因だとされている。また、昨今流行している新型コロナウイルスによる景気低迷や、東京都西部を中心に出現したメイズと呼ばれる物による客足鈍化の影響も大きい。
また、新型コロナウイルスによる外出自粛要請で客足が鈍るのは当然だが、メイズと呼ばれる物の存在も無視できない。メイズが一旦出現すると、周囲に厳重な交通規制が敷かれ、結果として人や物の移動に多大な影響を与えることになる。しかも、その出現場所は何故か人が集まる主要鉄道駅であったり、主要道路沿い施設だったりするだから、出現時は近隣の店舗に大きな悪影響が出ることになる。客足が極端に減少するのは当然として、仕入品の配送や社員バイトの安全確保、通勤手段に至るまで、悪影響は広範囲に渡る。
とは言うものの、新型ウイルス蔓延自体は全世界的に鎮静化の方向らしく、またメイズに関しても「メイズ6か月周期説」なるものが主張されているように、頻繁に発生するものではない。そのため、外食産業全般では一時遠のいた客足も徐々に回復傾向にある。しかしながら、我が(と言ってももう直ぐ部外者だが)FZアメージングフード(株)においては、一旦遠のいた客先が戻ってこないという現象が発生していた。
しかも、その苦しい状況において、3か月前の5月に事件が発生してしまった。
これに対してFZアメージングフード(株)は該当店舗を1週間休業して店舗スタッフの再教育を行うと発表したのだが、一度失った客の信用は取り戻すことが出来ず、5月以降の業績は
そして、そのバイトテロを起こした店というのが、岡本MG率いるチーム岡本が担当するエリアだった、という訳だ。ちなみに、チーム岡本には俺の他にもう一人
まぁ、その動画が撮影された時にたまたまその店舗へ、体調不良の店長の替わりに出向いていたのが飯田だった訳だから、責任を感じてしまうのも分かるが……あのオタク気質の飯田に、いかにも「うぇぇぇい!」なチャラい大学生バイト達は抑えられなかっただろう、と思う。アイツら、店長さんはおろか岡本MGにも反抗的だったしな。
ちなみに、その大学生バイト達と会社の間では先月示談が成立したそうだ。一人頭300万円の示談金は、間接的な当事者となった俺にとって安い気もしたが、動画の内容は単なるおふざけで、食材に悪戯するといった衛生面に害をなす行為でなかったため、その程度の金額が妥当、ということだった。
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「じゃぁ、これが書類一式だ。あと、会社側は自己都合退職にしようとしていたみたいだが、掛け合って、会社都合の解雇ということしてある」
「はぁ……」
「これで失業給付は直ぐに受けられると思うが、入社3年目の公太なら貰える期間は短いだろうし、直ぐに再就職したほうがいいだろう」
「ああ、そういうことですか。ありがとうございます」
そんな言葉を交わしつつ、俺はクリアファイルに入った書類を受け取る。今後の生活に関わる大変な状況なのは分かっているが、どうにも気持ちが高まらない。これまで、それなりに頑張ってきたつもりだったが、いざ解雇となると、そんな自分の努力が馬鹿馬鹿しく思えてしまう。しかし「今まで3年間の努力を返せ!」というような憤りの気持ちは全く沸いてこない。強いて言うなら「まぁ、俺の人生だしそんなもんか」という気の抜けた納得感くらいだ。
ただ、心配そうな視線を投げかけてくる岡本さんとの沈黙が気まずいので、俺はふと思い浮かんだ疑問を投げ掛けてみる。
「ところで、嶋川達はどうなるんですか? それに岡本さんも……」
チーム岡本にはサブ・マネージャーの俺の下に
「ああ、
何と言うか、少しホッとしたのは事実だ。普段は生意気な彼女達も、後輩と思えば少し心配な気になる。正直この会社に残ることが良い選択かは不明だが、今のご時世に敢えて新しい職探しをする必要も無いだろう。
「それで、岡本さんは?」
「……正直、この会社には愛想が尽きた。丁度良い頃合いだと思う事にするよ」
ああ、岡本MGはリストラ組か。元ヤン風の外見はともかく、マネージャーとしては有能だと思ったけど、これは会社側の見る目が無いということだろう。
「……」
「なに、俺のところはかみさんも働いているし、しばらくは何とかなる。これを機会にガキ達の面倒をみられるような仕事を探すよ」
「そうですか、それが良いかもしれませんね」
「そういう事だ、公太もこの機会にもっと良い職場を探すくらいの気合でやれよ!」
「はい……そうしてみます」
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その後「何かあったら連絡する」という岡本さんと個人スマホの番号を交換し、会社貸与のスマホを返却した俺は、オフィスの私物を全部ゴミ箱に突っ込んで正午前には支社を後にした。入れ違いに外回りから戻ってきた嶋川が不思議そうな顔でこちらを見ていたが、その辺の説明は岡本さんに任せて、俺は最寄り駅へと歩き出した。
これから、どうしようか?
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