*序(後)話 地下空間構造に関する特別措置法(通称メイズ法)成立②
米国からの情報共有に対して、大越総理は直ぐに関係省庁に国内の調査を要請した。そして間もなく分かったことは、既に国内に同様の[大穴]が2か所発見されていた、と言う事実だった。
国内で見つかった[大穴]は、1つが東京都郊外、奥太摩自然公園内のキャンプ場管理棟裏に、もう1つが兵庫県の六甲山にある閉鎖されたレジャー施設内のメリーゴーランド跡に存在しているということで、外観は米国で発見されたものと同じであることが確認された。
しかし
本人と残された家族にとっては悲劇でしかないが、政府として幸運だったのは、この二つの事件の発生時期が少しズレていたということだ。そのため、マスコミに関連付けられることもなく、また自治体によるもみ消しがあったのだろうか、大したニュースにもなっていなかった。
マスコミが見過ごしニュースにならなかったことで、初動の隠蔽は何とか形になったが、その後の対応については少し物議を醸した。このまま封鎖するべき、という意見がある一方、調査すべき、という意見も挙がるという状況になったのだ。その状況で、国家安全保障会議は自衛隊による内部調査と、同じく自衛隊による封鎖作業を並行して行うことを決定した。それが2016年11月の事であった。
それから2020年の今日に至るまでのおよそ4年間、政府は次々と発見される「大穴」 ――日本では[地下空間構造]と呼称され、英語圏では[
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(メイズとは何なのだろうか……閉塞した人類の希望、又は破滅への罠……それとも互いを信用できない私達の心を映し出す鏡……)
「メイズを活用する」という既定方針に則ってその地位を得た飯沼新内閣総理大臣の疑問は、ついぞ答える者のいない問いになっていた。メイズの奥底に潜む何者かがその問いの答えを持っているのならば、是非とも問いかけてみたいと思う飯沼である。
彼は日本で最初に
その年、2016年末には、国内で発見されたメイズへ自衛隊の調査部隊が派遣され、犠牲を伴いつつも、米国からの情報にあるような物体を収集することが出来た。それら収集品の解析結果は上々のもので、関わった科学者による「幾つかの新素材と新エネルギーへの糸口が見つかるかもしれない」という前向きな内容の意見書が政府に提出された。
その結果、飯沼は内閣特命担当大臣(先々進科学技術・クリーンエネルギー担当)という別のポストを宛がわれ、その下に先々進科学技術・クリーンエネルギー開発推進局という内閣府の部局が新設されることになった。それ以降飯沼は文字通り新しい技術とクリーンエネルギーを求めて「寝ても覚めても、メイズ、メイズ」という日々を送ることになった。その原動力は政治的な野心もさることながら、個人的な興味という側面が強かったのだろう。
もっとも、科学技術者ならぬ政治家である飯沼は、力の入れ処を
そうやって飯沼がメイズ三昧の日々を過ごす内、2017年はあっという間に過ぎ去っていった。そして続く2018年の9月、小規模メイズが群発的に発生するという事件が東京都西部と兵庫県東部で起こった。この事件は日本のみならず全世界的な事件であったため、直ぐに世界中のマスコミが喧しく報道する事態となり、各国政府はそれなりの説明を国民に迫られる状況となった。
この難局は、G7先進主要国首脳会議の緊急声明を引用する形で大越総理から国内に伝えられ、事態は沈静化の方向へ向かう。その間も、飯沼は敢えてそれらの雑音を排除して、研究を加速させた。そして迎えた2019年1月、飯沼が主導する進科学技術・クリーンエネルギー開発推進局は内閣と政府に対して[メイズ産物品に関する技術開発の骨子]を提起するに至ったのだ。
この骨子に従い、日本国のメイズに関する技術開発は実用が近そうなものから順に実証段階へと移っていくのだが、残念ながらこの分野において日本は
海外では研究を先行させていた中国がアフリカ連合と東南アジア各国を巻き込み「メイズ産技術に関する知的所有権の発展途上国への優先開示」を国連総会で提起する、という事態が発生した。また、米国・ロシア・欧州も夫々が独自にメイズ関連の技術研究や実用化を着々と進めている状況だった。研究開始時期はそれほど変わらないが、研究に対する人的資金的投資量の差が、そのまま進捗度合いの差となって表れた結果だ。
その状況に対して、飯沼が主導する進科学技術・クリーンエネルギー開発推進局は研究分野を新素材開発と次世代エネルギー開発に絞り込み、限られた人的資源と資金を集中させることを決定した。技術立国を標榜しつつも、既に失われつつあった先端性を再び取り戻そうとする対策であった。
このように紆余曲折しつつ、日本もメイズ関連技術に対するアプローチの方針を固めた訳だが、すると程なくして或る問題が露見した。それは、実証段階を任せる大学や企業への供給する試料が滞るという問題だ。
これは可成り深刻な問題で、これまで採取拾得を担っていた陸上自衛隊に無視できないほどの消耗が蓄積していることが原因だった。2016年から続く各地のメイズ調査に加えて、都市部で度重なる小規模メイズの群発事件が加わり、それが2019年の3月にも発生したことで、これまで試料採取を担っていた陸上自衛隊から現状に疑問を呈する声が上がったのだ。
彼等の消耗具合は一部ネットでもニュースになっており、その煽りを受けたように次年度の新入志願隊員は前年の半数に満たない数に留まるという事態が発生していた。このままでは、早々に軍事組織として最も重要な兵士の補充が追い付かなくなり、最も重要な国防にまで悪影響を及ぼすという懸念は本物であった。
また、彼等の言い分は至極尤もな話でもあった。本来国防を担う自衛隊の隊員がメイズに向かったのは、
そんな背景から降って湧いた試料採取者の不足という事態に対して用意された法案が、現在施行待ちの[地下空間構造に関する特別措置法(通称メイズ法)]と、これから開かれる臨時会で採決される予定の[地下空間構造に関する特別措置法に関する法律(通称メイズ関連法)」なのだ。
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「気が付けば俺が総理大臣か……まいったね」
今日までの怒涛の4年間を振り返った飯沼新総理は、ついそんな事を口に出してしまう。だが当選回数10回の世襲議員でもなんでもない自分に総理大臣の席が回ってくるという意味は良く理解していた。
(メイズに対する
メイズ関連の研究を進めるなかで既に多くの人命が損なわれている。彼等の犠牲の上に芽吹いた新技術を守り育てる、それが自分の使命だと心得ている。政治家は「政治生命を懸ける」などとよく言うが、文字通り「生命を懸ける」ことになる人々を産み出す法案を世に送り出したのだ。そんな自分が懸けるのが政治生命だけならば、安い賭けではないだろうか?
「――総理、記者会見の準備が整いました」
「わ、わかった」
不意に掛けられた秘書官の声に驚いた飯沼総理は、ひとつ咳払いの後、
「じゃぁ、行こうか」
と言うと記者会見の場へ向かうのだった。
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飯沼新内閣誕生と共に始まった臨時会で、一部の国民の注目を集める次の法案が可決された。
――地下空間構造に関する特別措置法に関する法律(通称メイズ関連法)――
大半の人々に「長いんだよ!」と突っ込まれる名称の法律は、先に制定されていた[地下空間構造に関する特別措置法(通称メイズ特措法)]と共に、その後の日本におけるメイズ開発とそれにかかわる人々の運命を決めるものになった。その中で一部の国民の関心を惹いたのは、
――地下空間構造管理受託業者の資格認定制度――
――地下空間構造内で採取・拾得された物品の所有権と処分に関する取り決め――
――地下空間構造管理受託業者に対する既存法令の適応規則――
――地下空間構造内に於ける、日本国法の適用に関する規則――
と言ったものであった。
特に地下空間構造管理受託業者(通称メイズ・ウォーカー)の資格認定制度は今年の8月下旬から第1期募集を行う、とスケジュールが公表され、しばらくの間マスコミ報道やSNSの話題の中心になっていった。
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