第49話 小さな黒猫は水槽の中で眠る

「さーて、今日も寝るかな。アル、おやすみ」


【おやすみなさい】


さてと眠ったわね。


【……今日でお別れよ。今日で約束の一年なの。あんたは気づいてないかもしれないけどね。あんたの記憶は、適当に辻褄合うように変えておくからね】


精霊って本当に暇なの。

別にすることないし、なんであたしは生まれてきたのかしらって哲学的な事を考えたりすることもあったけど、それも考えるのが面倒になって辞めたわ。

別に精霊だからって何かやらなくちゃならない使命がある訳でもないの。


だからあたしは、暇つぶしに遊ぶことに決めたの。


ダーツを投げてその先に当たった的が水槽。

まさか水槽って。

水槽とくれば金魚でしょ?

だから金魚に化けて、適当なペットショップに潜り込んだの。

そしたらそのうち、誰かに買われていくから、そこから人間観察のスタートよ。

期限は一年間くらいにしようかしら。

あまり人間に長い時間干渉するのも良くないと思うから。

精霊と人間は、お互いの存在を知らないのが普通でしょ。

だからね、そう決めたの。


人間観察っていう遊び。


金魚に化けたあたしを買っていったのは、若い男の子だったわ。

家族と暮らしてるのかしら。それとも一人かしら。


マンションに着いたわ。

どうやら一人暮らしのようね。


今日からよろしくな、キン太。

そう言ったら男の子は、すぐに目を閉じて寝てしまったわ。

えっ、キン太ってあたしのこと?

そんなベタな名前……。


ちょっと!!

いきなり寝るんじゃないわよ。

全然暇つぶしにならないじゃない。


あー、ダメだ。ほんと寝ちゃったわ。


とりあえず寝てる間に、この子の記憶を覗き見たの。

名前は大下彰。


この春から大学生になった。

口うるさい母親のいる実家を出て一人暮らしをしたかったから、実家を出てきた。


全く……。

あんたの為を思って色々と言ってくれてるのよ。

親っていうのは、とってもありがたい存在なんだから大切にしなさい。


いや、まああたしに親はいないから知らないけど。


しかしまあ、だらしない部屋ね。

突然昼寝したりしてるし、きっと生活バランスも乱れてるわ。


まずは正しく躾ないとダメね。


【ったくアンタ。いつまで寝てんのよ。いい加減起きなさいよ】


全てはここから始まったわね。

あたしの記念すべき第一声は、もっと格好良い感じが良かったのに。

何よ、この言葉。


分かっていた事だけど、やっぱり生活リズムが乱れてたわ。

だから早寝早起きの習慣を身につけさせたわ。

そして料理に掃除、家事をビシビシと鍛えていったわ。


それから彼と生活してると、テレビドラマとか結構面白い物を発見するすることができたわね。


そんな感じでまあまあ楽しく生活してたんだけど、ある日、事件が起こったわね。


家に泥棒が入ってきたわね。

そしてナイフで襲い掛かろうとしてきたわね。

せっかく家事もできるように躾けたのに、あたしの玩具が殺されるなんてダメよ。


本当は人間同士の殺し合いなんて、あたしには全然関係ない事なんだけど、まあ少し情が湧いて思わず助けてしまったわね。


それから大学の講義で一緒になった女の子と仲良くなったわね。

今まで彼女なんていたこともないし、女の子と喋るのも苦手だったからどうなるか、とても興味深かったわ。

ご飯作ってあげて、映画デートして、マジックショーも見て、二度目のデートで告白したみたいだけど、どうやらフラれちゃったみたい。


あたしも脈ありだし、これはいけるって思ったわよ。

なのに何よ、あの展開は。

女心なんて分からないわ。


あたしも何だかちょっと悔しかったわ。


そしたらショックで雨にずぶ濡れになって風邪ひいちゃうし。

もうほんとバカなんだから。


それで今度は立ち直ったと思ったら、演劇観て感動したから演劇サークルに入るとか言い出して。


まさか役者やりたいだなんて言うと思わなかったわよ。


それからは演劇漬けの毎日だったわね。

台詞覚えも手伝ってあげたわね。


本番の時は、人間に化けて舞台を観に行ったわ。

台詞ぶっとんでアドリブ入れてきた時は、ビックリさせられちゃったわね。


演劇であんたは確かに色々成長したわ。

あたしもそれは認めるわ。


演劇に出会えて本当によかったわね。

これからも続けなさいよ。


それから演劇の先輩に誘われて単発バイトをしたことがあったわね。

くだらないヒーローショーのバイトだったけど、一万円も貰えたわね。


そしたらまたあんたは、ゲーム買うとか言い出して。

だからあたしがまた一万円の使い方についても説教したわね。


お金は大事にしなさいよ、ほんとに。


クリスマスは、モテない男三人で友情を深め合ってたわね。

まあそれも思い出のひとつよ。

でも来年こそは彼女作りなさいよ。


それからテスト前は、いつも頭の良さそうな男の子に頼ってばかりだったわね。

でもその子が入院してピンチの時、あんたはどうにか自分で勉強して乗り切った。

日頃からもっと勉強しなさいよ、全く。


バレンタインの時は、義理チョコを二個貰ったって喜んでたわね。

あんたね、本命チョコ貰えるような男になるぞって気にならないとだめよ。

もっと男を磨きなさい。

来年こそは、本命チョコ貰える様に頑張りなさい。


ホワイトデーでは、律儀に義理チョコにお返しあげてたわね。

それはまあ見直したわ。

マメな男は、モテるわよ。

そういうお返しの気持ちは、これからも大切にしなさい。


エイプリルフールでは、まあ見事にサークルメンバーに騙されたわね。

しかも帰ってきてから、あたしにも騙されちゃって。

あんたも役者なら来年は、騙される側から騙す側になれるようにしなさい。


本当に思い出すと色んな事があったわね。

あんたと過ごした時間、なかなか楽しかったわ。

あんたは覚えていないけど、あたしは覚えているから。

良い思い出をたくさんありがとうね。


これから人生色んな事があるわ。

挫けそうな事もたくさん経験するわ。

でも絶対に負けるんじゃないわよ。

あー、ダメね。

最後まで説教臭くて、あんたにまた口うるさい奴だって言われそうね。

だからそろそろやめておくわ。

あたしもう行くわ。


【……良い男になりなさいよ。じゃあね】



「…………」


夢を見ていた。

なんか誰かと一緒にいたような気がしたんだけど、まあ夢なんだろう。


あんまり覚えていないけど、とても良い夢だったような気がする。

気分が良い。


朝だ。

今日も良い天気だ。


あ、キン太。

わりぃ。今餌やるからな。

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小さな黒猫は水槽の中で眠る 富本アキユ(元Akiyu) @book_Akiyu

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