第45話 逃げたい

一月は行く。二月は逃げる。三月は去ると言われるけど、今は本当に逃げたい気持ちになった。

またテストの期間がやってきたからだ。


しかし俺には、長尾君という強力な助っ人がいる。

クリスマスの時には彼女とデートという想定外の裏切りにあって悔しい思いをした。

非モテ組の仲間だと思っていた。

でも長尾君と勉強すれば乗り切れる。

今回もそう思っていた。

だから俺は、長尾君に一緒にテスト勉強しようと誘いの電話をかけてみた訳だけど、全然電話に出ない。

時間を置いて何度かかけてみたけど出てくれない。


ようやく電話に出た長尾君から出た言葉は衝撃的だった。


「肺気胸になってね。今入院してるんだ」


「えっ?入院?肺気胸?何それ」


「肺から空気がもれて、胸腔にたまっている状態なんだよね。レントゲン撮ったら片方の肺が縮んでてさ」


「ええー、それは大事じゃないか。ってか単位は大丈夫なの?」


「各教科の先生に事情を説明したら退院してから追試してもらえる事になってるんだ。だから大丈夫だよ」


「そうなんだ。それは大変だね。お大事に」


「うん、ありがとう」


そんな……。

長尾君も心配だけど、俺の単位も大ピンチじゃないか。

このままではまずい。


「ああ、俺の単位がやばい。アルー、どうしよう」


【人に頼ってばかりだからダメなのよ。自分の力で頑張りなさい】


「俺が頭良くないの分かるだろ」


【分かるわよ。でも一生懸命、今自分にできる最大限の努力をすることが大切よ】


「そんな……」


【一生懸命努力する姿、おばちゃん大好きよ】


「いや、管理人のおばちゃんのモノマネしなくていいから。どうしよう」


【どうしようって考える前に教科書開いてノート見直して勉強しなさい】


「くそー」


とにかく必死に勉強した。

単位を取るには最低六十点が必要だ。

こんなに勉強したのは、初めてかもしれない。

大学受験の時よりも勉強してる気がする。


そしてテスト当日がやってきた。

要点で出てきそうなところを直感で重点的に勉強した。

もうこれに賭けるしかない。


テストの自信は、五分五分といったところだ。

本当に微妙なラインだ。


六十点あるかないかくらい。

どうか、どうかお願いします。

単位取れてますように。

後は祈るだけだ。


そしてテストの結果が返ってきた。

六十二点。


「あっぶねぇーー。ああああ、よ、よかったー」


思わず声をあげてしまった。

でもおかげでなんとか単位を落とさずに済んだ。


単位も取れてホッとしたこともあり、少し余裕がでてきた。

そうだ、長尾君のお見舞いにいこう。

俺は長尾君に連絡し、入院している先の病院を聞いた。


やっぱり入院生活って暇なんじゃないかな。

そう思った俺は、本屋へ寄って暇つぶしの本を買っていってあげることにした。


長尾君は漫画なんか読むだろうか。

いや、それとも小説のほうがいいのかな。


これなんてどうだろう。

秋吉理香子の放課後に死者は戻る。

自分を殺した犯人を捜すミステリー作品だ。

夢中になって一気読みして以来、俺は秋吉理香子ファンになって色々な作品を読んだ。

俺のイチ押し作家の作品なんだけど、長尾君は楽しんでくれるだろうか。


放課後に死者は戻るを購入して病院へと向かった。

三階の病室へ行き、ノックする。

どうぞという長尾君の声が聞こえたので入った。


「長尾君、体の方はどう?」


「大下君、わざわざ来てくれてありがとう。まさか家族以外の人がお見舞いに来てくれるとは思わなかったよ」


「入院生活も退屈なんじゃないかと思って、俺のおすすめの小説買ってきたんだ」


「そうなんだ。わざわざありがとう。退屈だから本はありがたいよ。大下君、単位はどうだった?」


「ギリギリでなんとかなったよ。マジ危なかった」


「力になれなくてごめんね。次はまた一緒に乗り切ろう」


長尾君と少し話をして病院を出た。

縮んだ肺をバルーンで膨らませて元の大きさに戻す手術をしたそうだ。

原因は分からないらしい。

ストレスの可能性もあるそうだ。

医者の話によると二十代と三十代の男性に多い病気らしい。


病院から帰ってきた。


「ただいま」


【あら、帰ったのね。お見舞いに行くなんて、あんた意外と良いところあるじゃない】


「意外とってのは余計だろ」


【病気になるってのは、人間は面倒な生き物ね】


「精霊は病気になったり怪我したりするのか?」


【ないわよ。永遠に健康体そのものよ】


「そりゃ凄いな」


【だからあたしは病気の苦しみは、ちょっと理解できないわ】


「アルっていつ生まれたんだ?」


【うーん、そうね。地球が生まれたのと同時くらいからかしら。だから人類の進化の歴史とかも全部知ってるわよ】


「マジか。とんでもない年寄りだな」


【そうよ。高齢者なんだから大切にしなさい】


「都合の良い時だけ高齢者のフリをするな」

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