第44話 バレンタイン
寒さがより一層厳しくなってきた。
その日、演劇サークルに行くと、俺を見つけるとすぐに渡辺さんが話しかけてきた。
「大下君。今日は何の日だか分かるよね。一年で一番、俺達が嫌いな日だ」
「ああ、バレンタインですね」
「大下君、まさか女の子からチョコなんてもらってないよね?」
「もらってないですよ。そんな相手いるわけないじゃないですか」
「やっぱり大下君は流石だ。それでこそ大下君だ」
もう完全に非モテ組の一員になってるな。
いや、まあ実際そうだけど。
いつもどおりストレッチをして体をほぐしていると、大谷さんが近づいてきた。
「大下君、これ。今日バレンタインだから」
「えっ、もらえるんですか?」
「心配しなくてもいいよ。間違っても本命ではなく、絶対に義理チョコだから」
そんな強く強調されると悲しい。
その様子を見ていた山口さんは、何かを思い出したかのように自分のカバンの中で何かを探していた。
「あ、大下君。ごめん、完全に忘れてた。はい、義理チョコ」
存在すらも忘れられていたチョコを渡されるとは……。
こちらも義理チョコを強調してきた。
つまりあれか。
勘違いするなよって事を言いたいのかな。
まあいつも母さんからしかもらえてなかったからな。
義理チョコを二個も貰えただけでも、大きな進歩じゃないか。
そう思って無理やりプラス思考に考えることにした。
サークルの帰り道、食材の買い物の為に歩いてると、どこにいってもバレンタインという文字が嫌でも目に入ってくる。
バレンタインのバカ野郎。
皆、バレンタインっていうのはな、お菓子業界の作った罠なんだ。
騙されるな。
マンションへと帰ってきた。
ドアノブにビニール袋が吊り下がっている。
これは……
うん、間違いない。
管理人のおばちゃんの仕業だ。
管理人のおばちゃんは、何も言わずにドアノブにビニール袋を吊り下げていく。
中には野菜が入っていて、おばちゃんの実家で育てた野菜が入っている。
初めてドアノブにビニール袋が吊り下がっていて野菜が入っていた時はビックリして、おばちゃんに誰かが悪戯でこんな物を置いていったと相談した。
しかしそれはおばちゃんの仕業だった事が分かり、今後もビニール袋がドアノブに吊り下がっていたら、おばちゃんからの贈り物だと思って欲しいと言われていた。
「でた。ビニール袋。中身は……チョコかよー」
おばちゃんからのバレンタインチョコだった。
そして手紙が入っていた。
いつも演劇サークル頑張ってる大下君へ。
一生懸命、役者目指して努力する大下君はとても素敵よ。
おばちゃん、応援してるからね。
おばちゃんからの本命チョコ受け取ってね。
人情味溢れる性格のおばちゃんらしい贈り物だ。
今日貰った中である意味、一番嬉しかったかもしれない。
おばちゃんがもっと若くて、めぞん一刻の恭子さんみたいな感じだったら、俺はきっと死ぬほど嬉しかったに違いない。
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