第43話 お正月

冬休みは大きなイベントが二つある。

一つはクリスマスだけど、もうひとつは正月だ。

小学生の頃は、クリスマスプレゼントがもらえたと思ったら、今度は正月になるとお年玉をもらえた。

そしてもらったお年玉を持って出かけて、欲しい玩具やゲームを買いに行っていた。

だから冬休みは短いけど大好きだった。


正月くらいは、実家へ帰るとしよう。

実家の母にも近いうちに帰る事を伝えてある。


「ってことでさ、アル。正月は実家に帰るわ。アルはどうするんだ?」


【んー、そうねぇ。あたしは暇が潰せたらそれでいいのよ。面白そうだし、あんたの実家についていこうかしら】


「まさか人間に化けてついてくる気か?」


【違うわよ。そのままの姿でいくわよ。どうせあんたにしか見えないようにしてるんだから、ついて行っても大丈夫でしょ】


「まあそれもそうだな」


実家までは、バスに乗って三時間で着く。

そんなに遠くてすぐ帰れないという距離でもない。

帰ろうと思えばいつだって帰れるくらいの距離だから、これまであまり帰ろうとは思わなかった。

まあ演劇サークルに入ったりして忙しかったのもあるけど。

ああ、そういえば母さんに演劇の事とか色々聞かれるんだろうな。


そんな事を考えながら実家の近くまで向かうバスに乗っていた。

バスが止まり、そこから徒歩で歩いて十分。

実家に着いた。

十八年過ごしてきた家だけど、少し離れていただけなのにどこか懐かしい感じがする。


「ただいま」


【ただいま】


いや、アル。

お前は初めて来ただろう。


「おかえり。あんたちゃんとご飯食べてる?」


母の第一声は、やはり予想通りだった。

聞かれると思っていた。


「食べてるよ。最近は料理本も買って、料理も色々覚えてきたんだ」


「へぇ、あんたがね。どうせコンビニで適当に買って済ませてるのかと思ってたわ」


アルと出会っていなかったらその通りだっただろう。

実際、コンビニで済ませていたし。


荷物を自分の部屋に置きに行く。

久しぶりに自分の部屋に戻ってきた。

改めて見ると、漫画やゲームやら色々と物が多くて散らかっている。


【ここがあんたの部屋ね。散らかってるわね】


「ま、まあな……。はぁー、これは掃除するしかないな」


あまりにも散らかっていて、気になってしまう。

これでは落ち着かない。

まさか実家に帰ってきて早々に自分の部屋の散らかり具合が気になってしまい、掃除することになるとは思わなかった。


ゴミ袋を持ってきて必要な物と不要な物を分けていく。

部屋の中を掃除機で埃を掃除していく。

雑巾を持ってきて汚れを拭き取っていく。


「部屋からなかなか戻ってこないと思ったら掃除してるの?あんたが?へぇー、人って変わるものね」


俺がリビングになかなか戻ってこないからと、母さんが様子を見に来た。


「このゴミ袋に入ってるのは、どうするの?」


「あー、それはもういらないからさ。捨ててしまおうかなと思って」


「えっ、捨てるの?勿体ない。リサイクルショップにでも行って売ってきなさいよ。少しはおこづかいになるわよ」


それもそうだ。

まあ古い漫画とかだし、そんなに高い金額にはならないだろうけど、捨ててしまうよりマシか。


「じゃあちょっと今から売りにでも行ってくるよ。後、久しぶりにちょっとフラついてくる」


「夕飯までには帰るのよ」


「わかったよ。いってきます」


不用品を自転車のかごの中に放り込んで、リサイクルショップへと向かった。

買取カウンターにもっていくと、番号札二番を渡されて少し待った。


店内をぐるりと見ていた。

懐かしいゲームとか漫画が売ってる。


「もしかして彰か?」


聞き覚えのある声だ。


「えっ?義孝か?」


野田義孝。

家が近所で幼稚園の頃からの友達だ。

小学校と中学校は同じだったけど、高校が別々になってお互いに時間が合わず、なかなか一緒に遊ぶ機会も少なくなっていた。


「久しぶりだな。元気にやってるのか?彰は今、何やってるんだ?」


「大学生してるよ」


「へぇ、そうなのか。実家から通ってるのか?」


「いや、うちの母さん口うるさいだろ。もううんざりするから実家を出たかったんだよ」


「はは、お前らしい理由だな。だったらいっその事、就職すればよかったのに」


「いやー、まあ俺もそれ考えたんだけどさ。学歴は大事だし、大学は出ておいた方がいいって父さんにも言われてさ。義孝も大学とか行ってんの?」


「俺は就職したよ。勉強あんま好きじゃないしな」


「そうなのか」


「大学は楽しい?サークルとかも入ってんの?」


「まあ割と楽しいよ。色々と自由効くのがいいよな。サークルは演劇やってる」


「へぇ、演劇なぁ。道具作ったりとかしてんの?」


「いや、役者」


「や、役者?マジかよ。超意外だわ」


そんな話をしていると、番号札二番の方と店内アナウンスが流れてきた。


「あっ、じゃあ俺、呼ばれたから行くわ。まだ少しこっちにいるから、もし暇だったら連絡してくれよ。またゆっくり話そうぜ」


「おー、じゃあな」


義孝と別れて、買取カウンターへ行ったら買取金額が千五百円だった。

まあ確かに母さんの言うとおり、少しだけどおこづかいにはなった。


家に帰ってきた。

部屋も片付いたし、何するかな。


「……暇だ。意外とする事がない」


【テレビでも見る?】


「どうせ正月だし、面白い番組なんてやってないよ」


【どうせ何もする事ないんだから、とりあえず点けてみなさいよ】


「お前が見たいだけだろ」


テレビを点ける。

適当にチャンネルを次々に変えていく。


【あら、歌舞伎警部のスペシャルじゃない。やだ、今からなの。これ観ましょうよ】


「なんだよ、それ」


【知らないの?あんた、ほんとドラマに疎いわね。役者やってるならドラマ観てプロの役者の演技を研究するくらいの事しなさいよ】


「いや、お前は精霊のくせにドラマに詳しすぎるだろ。逃亡剣士十六郎とかさ。あんなマニアックなの観ないって」


【これはね、一話完結物だから大体わかるわよ。顔面白塗りの歌舞伎警部が事件を解決する話なの。全力疾走で強盗犯を捕まえたり、逃げる殺人犯を捕まえたりとか、麻薬組織のアジトに乗り込んで捕まえたりね】


「街中を歌舞伎で白塗りの奴が走り回ってる方が、どう考えても逮捕されそうじゃねぇか。どう考えてもコイツの方が犯人顔じゃないか。不審者だよ。なんで顔面白塗りなんだよ」


【歌舞伎警部はね、辛い過去を背負ってるの。だから顔面白塗りなの】


「辛い過去って何だよ」


【それはまだ放送されてないからわからないわ】


「ええー」


【毎回、エンディングに入る直前、俺が探してるのはお前じゃない。お前を必ず捕まえる。あの時の借りを返すって決めてからエンディングに入るの】


「いつ辛い過去って分かるんだよ」


【かれこれ四年くらいこの調子よ】


「ええー。辛い過去の話を四年間も明かさないままで放送してんのかよ。視聴者は皆、どうして白塗りなんだろうっていう疑問を四年間も持ったままなのか」


【そうよ。歌舞伎警部ファンの間では、今年そこは辛い過去見えるんじゃないかって毎回言われてるけど、明かされないの。もどかしいのよ。だから辛い過去の話は、絶対見逃さないようにしなくちゃダメね。もしかすると今日のスペシャルで辛い過去が明かされるかもしれないわ。観ましょ】


歌舞伎警部を観た。

結局、このスペシャルは、歌舞伎警部の相棒でサポート役に徹してくれている金持ちでイケメンのモデル警部の吹雪警部が誘拐されるという話だった。

警察官を誘拐して、警察に対して身代金を要求するという前代未聞の事件を描いていた。

っていうか、この吹雪警部役の役者って上白滝隆一なのか。


アルに言われるがまま観てみたけど、手に汗握る展開と頭脳戦が繰り広げられて、予想以上に面白かった。

まあ結局、歌舞伎警部の辛い過去は語られなかった。

何なんだよ。辛い過去って。

ちょっと歌舞伎警部ファンになってしまったわ。

今度、シリーズをレンタルビデオ店で借りて観ることにしよう。


歌舞伎警部を観終わって、時間的にそろそろ母さんが夕食を作り始める時間か。

よし、ならちょっと夕食作るのを手伝おうか。


リビングに行った。


「母さん、ご飯作るの手伝うよ」


「ええ、あんたが?大丈夫よ」


「俺もちょっとは料理できるようになったんだよ。まあ任せてよ」


「そう?じゃあちょっと手伝ってもらおうかしら」


母さんと一緒に料理を作るなんて事、初めてした。

毎日毎日、母さんは料理してくれていた。

それは本当にありがたいことだったんだなと今になって思う。


沢山の話をした。

大学の講義の事やサークルの事。

演劇サークルに入る事になったきっかけとして、演劇を観に行った事も。

料理を始めたきっかけは、まあアルのせいなんだけど、コンビニ飯に飽きたからと適当な理由でごまかした。


夕食も終わり、父さんも帰ってきた。

久しぶりに家族三人で夕食を食べた。


父さんとも久しぶりに話した。

元気にやってるならそれでいいと言われた。


のんびりとした正月を実家で過ごし、マンションへと戻ってきた。


冬休みは短い。

またすぐに大学生活が始まる。

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