第42話 クリスマス

暑い夏が終わり、過ごしやすい季節になったと思ったら、すぐに寒い季節へと移り変わった。

季節の流れというのは早いものだ。

冬休みは十二月二十三日からで、明日はクリスマスだというのに、俺には予定がなかった。

もちろんクリスマスデートする相手なんていない。

ああ、彼女が欲しい。恋がしたい。クリスマスのバカ野郎。

いっその事、単発のバイトでも探そうかと思ったけど、ふと頭をよぎった。

クリスマスに仲良くデートするカップルを見ながら働くなんて耐えられない。

そんなの俺には耐えられない。

家でゲームでもして過ごそうかと思っていたら、電話がかかってきた。


「大下君。クリスマスは、どうせ予定なんてないよね?まさか大下君が女の子とデートとかないよね?」


渡辺さんからの電話だった。

なんか必死に念を押してくるような言い方だった。


「どうせって……。いや、まあ確かにないですけど」


「だよね。流石は大下君だ。君は良い奴だ。クリスマスだからって女の子とデートするような、ありがちでつまらない男ではないよね?」


「そんな相手がいるならデートしますよ。まあ残念ながらいませんけど」


「津田君も誘って三人で男同士の友情を深める為、演劇サークルクリスマス飲み会をやろう。どうかな?参加する気はないか?」


「はぁ、まあどうせ一人でゲームでもして過ごそうと思ってたので良いですけど」


「それでだな。飲める店を探したんだけど、クリスマスだからどこもいっぱいで店がなかったんだ。だから大下君のマンションで宅飲みでどうだろう?」


「えっ、ああ。まあいいですけど」


「よし、じゃあ決まりだ。大下君はマンションを提供してくれるわけだから、酒とつまみは俺達が買っておくから待っててよ」


「わかりました」


電話が切れた。

津田さんと渡辺さんと男三人での宅飲みか。

一人でゲームする寂しいクリスマスよりは、まだマシか。


そして次の日。

クリスマス会当日がやってきた。


朝食を済ませ、洗濯や掃除をして食料品の買い物にスーパーへ行った。

そういえば夕食は、どうするんだろう。

一応、津田さんと渡辺さんの分も作らなきゃならないかもしれないし、少し多めに食材を買っておこう。


スーパーで買い物を済ませて帰ってきた。


「ただいま」


【おかえりなさい。あら、結構買ってきたわね】


「まあ一応、津田さんと渡辺さんがご飯食べていく事になるかもしれないからさ」


【男三人でクリスマス会だなんて寂しいじゃない。演劇部の女の子誘いなさいよ】


「山口さんなんて呼んでみろ。あの人、加減知らないから限界超えて飲むんだぞ」


【他にもいたじゃないの。なんだっけ。ほら、あの脚本とか書いてるっていうメガネの……】


「大谷さんは実家帰ってるよ。恒例の充電期間中」


【他の女の子は?女の子が二人だけなんてことないでしょ?】


「後は……彼氏持ちなんだよ……。はぁ……」


【あっ、あの子呼びなさいよ。フラれた子。えーと、ほら、なんだっけ。あかねちゃん】


「過去の傷を抉るような事をしないでください……」


昼ご飯を食べて、夜は長くなるだろうからと思い、昼寝しようと横になっていた。


ピンポーン!!

チャイムが鳴った。


「大下君。渡辺だよー。来たよ」


「えっ、早くないですか?夜からだと思ってました」


「何言ってるんだよ。今日はたくさん語り合おうじゃないか」


渡辺さんと津田さんが早くもやってきた。

ちょっと寝ようと思っていたのに。


大量のおつまみと酒を抱えていた。

これは絶対余るだろという量だった。


「足りなかったらコンビニもあるし、大丈夫。今日はパーティーだ」


「おー、飲むぞー」


二人ともアルコールなんてまだ一滴も入ってないのに、このテンションだ。


想像していたよりも早く演劇サークル非モテ男子クリスマス飲み会が始まった。


「かんぱーい」


ビールの缶を開け、一気飲みする渡辺さん。

めちゃくちゃハイペースだ。

せっかくのクリスマスに男三人という悲しい現実をすぐにでも忘れたいかのように、とにかく酒を飲んでいる。


「大下君は彼女どれくらいいないの?」


「今までいたことないです……」


「えっ、ほんとに。一度も?」


「はい」


「告白した事はあるの?」


「大学の講義で一緒に授業受けてた友達の女の子に告白したんですけどフラれちゃって」


「へぇ、何度かデートはしたの?」


「はい。でも彼女にとっては、友達と遊ぶだけのような感覚だったみたいで……」


「それはきつい」


「デートってどんなとこ行ったの?」


「映画とか後、マジックショーに行きました。あ、部屋でご飯も食べました」


「何だって。部屋に呼んだの?おー、ちょっと詳しく聞かせてよ」


俺のデートした時の話で結構語り合った。


「ったく、それはない。そりゃ付き合えると思ってしまう。そのあかねちゃんが悪い。これだから女ってのはよくわからん」


「そ、そうですかね……」


「そうだよ。ほら、大下君も飲め。飲んじゃえよ」


「いや、俺はまだ未成年なんで……」


「なんだってー。先輩の俺の酒が飲めないってのか?」


あ、始まった。

渡辺さんは酔ったら言葉がきつくなってくるし、酒を強要してくる。

悪い癖だ。


「ダメだよ。なべちゃん。代わりに俺が飲むから。な?」


津田さんが渡辺さんをなだめてくれる。


昼間から飲んで喋りまくっていたのに、気が付いたら夜になっていた。


「結構時間経ちましたね。夕飯、俺作りますよ。食材も買ってきたんで」


「お、頼むよ。大下君、料理するんだね。やるなー」


「ええ、まあ。栄養バランス考えろって……あー、母さんがうるさくて」


いや、母さんじゃなくて、本当はすぐそばにいる精霊がうるさいんだけどね。


今日はクリスマスだし、クリスマスメニューということで、ローストチキンを作った。


「おおー、うまそうだなー。大下君、やるなー。こんなに料理できる男子でも、あかねちゃんは付き合ってくれなかったのか。ったく、どうして女ってやつは。顔か?顔しか見てないのか?」


また言ってる。

後、さりげなく俺の顔を悪く言わないでください。

グサッとくるよ。


三人でローストチキンを食べ後、コンビニで酒とおつまみの補充の為に一度外へ出た。


コンビニに入ると、長尾君がいた。


「あっ、長尾君。買い物に来たの?」


「うん。ちょっとお菓子でも買おうかなと思って」


長尾君の服装を見ると、下のズボンが真っ赤だった。

上のセーターとは全く合ってない。

これはまさか……


「長尾君。なんていうか……いつもと違って珍しいズボン履いてるね」


「わかる?クリスマスを意識したんだ」


やはりそうか。

コーディネイト的にあきらかにおかしいが、やはりクリスマスを意識していたか。


しかも恰好で外に出てくるとは……。


かなり攻めたファッション。

いや、それは攻めすぎじゃ……。


「何やら彼からは、俺らと同じような匂いを感じる」


「ああ、そんな気がする」


渡辺さんと津田さんがひっそりと話してるのが聞こえた。


「大下君の友達?俺達、演劇サークルのメンバーで全員彼女いない組でさ。今、大下君のマンションに集まって飲み会やってるんだ。よかったら一緒にどうだい?」


「あ、そうだね。長尾君、よかったら今からうち来ない?」


「ごめん。今から彼女とイルミネーションを観に行く約束してるんだ」


「えっ?」

「ええ!!」

「なにーー!!」


三人は同じようなリアクションをした。

目の前にいるのは、赤いズボンに白と黒のチェック柄のセーターというおかしいコーディネイト。

もう完全に同類の非モテ男子だと思っていた。

そう思い込んでいた。

そう信じていた。


それがまさかの彼女持ち。

今からイルミネーション。


そんな赤いズボン履いてるくせに、彼女とイルミネーション。

悔しい。

なんでこんなに悔しいんだ。


悔しくてたまらない。


「そ、そ、そうなんだ。イルミネーションか。い、いいね。それじゃ、楽しんできて」


コンビニでの買い物を終えて帰ってきた俺達三人のテンションは、かなり下がっていた。


「なんで……どうして……」

「裏切られてた気分だ」

「イルミネーションデートだって……。あんな赤いズボン履いてるくせに、そんなロマンチックな言葉出てくるなんて、これは夢に違いない」


三人の口から出てくる言葉は、絶望的な言葉ばかりだ。


「よし、気を取り直して飲もう」

「そうですよ。楽しみましょう」


「あっ、ちょっと待った。あんな似合わない赤いズボン履いてても彼女ができるって事は、もしかして彼は、俺達に希望を与えてくれたんじゃないのか?」


「そうか。それだ。彼は俺達に希望を与える為に、あの赤いズボンを選んだんだ」


「これはきっと長尾君からのクリスマスプレゼントだ。希望という名の」


いや、それはない。

だがしかし、無理やりそうとでも思わなければやってられない。


俺達三人のクリスマス会は、まさかの赤いズボンの長尾君に楽しかった気分を根こそぎ持っていかれて終わりを告げた。

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