第35話 成績発表と夏休み
最強の切り札、長尾君のおかげで鬼崎のテストを乗り切って成績発表があった。
無事に単位を貰えて一安心した。
夏休みになった。
実家の母から電話がかかってきた。
ちゃんと食べているのかとか規則正しい生活してるのかとか、無駄遣いしてないかとか、怪しい宗教にハマッてないかとか、よくもまあ、こんなに聞けることがあるなというくらいに次から次へと畳みかけられる。
心配しなくても大丈夫だよ、母さん。
母さんみたいな口うるさい精霊がいて、常に俺に目を光らせてるからなんていうことは言えない。
「うん。うん。うん。わかってるから。大丈夫だから。あー、どうかなぁ……。サークルの練習があるんだよ。お盆帰れるかなぁ。……えっ?ああ、うん。演劇サークルやってるんだよ」
【お母さんと電話してるのね。お盆は帰ってこれるの?って感じの話かしら】
「役者だよ。舞台の上あがってる。……えっ、観に来なくていいよ。じゃあ帰れそうならまた連絡するから。うん、じゃあね。……はぁ、相変わらず長話だなぁ」
【親はいつも子供を心配してるものよ。あんたも親になった時、気持ちがわかるわよ】
「うちの母さんは特に心配性なんだよ。色々と」
【そりゃそうよ。あんたろくに家事もできなかったのに一人暮らししたんだから心配にもなるわよ。今あんたが生きてるのは、このあたしがいるおかげなのよ。ちゃんと敬いなさい】
「へいへい、ありがとうございます」
夏休みになったといっても、演劇サークルは次の公演に向けての練習と準備に追われている。
一人暮らしの人はすぐ帰省したりする人もいる。
大谷さんは、夏休みに入るとすぐに実家に帰ってしまった。
もちろん次の公演の台本を置き土産に残して。
彼女は、実家の風景を見る事で新しい物語のインスピレーションが湧くのだと山口さんが教えてくれた。
まあ充電期間ってことなのだろう。
「ところで大谷さんが残していった置き土産の台本はどんな内容なんですか?」
「うーん、鬼の話だね。鬼のいる森っていう話だね」
「鬼?」
赤鬼と青鬼の兄弟は、森の中でひっそりと暮らしていた。鬼の兄弟の母親は、人間によって殺されてしまった。兄の赤鬼は、人間に対する憎しみと復讐心で人間を全員殺してやろうと考えていた。弟の青鬼は、母親が「人間は自分たちの見た目が怖いから攻撃してくるだけ。中には良い人間もいる。きっといつかお互い分かり合える」とよく言っていた事を思い出して、人間と仲良くなる方法を考えていた。
ある日、弟の青鬼は森の中で怪我をした女性を助ける。女性は青鬼にお礼をする為、森を再び訪れる。青鬼と仲良くなった女性は、森に遊びに来るようになる。女性が最近どこかへ出かけることが多いからこっそりと後を付けた女性の父親は、青鬼と会っている事を知り、襲われていると勘違いした女性の父親は青鬼を攻撃してしまう。
青鬼は怪我をする。赤鬼に怪我をした理由を問い詰められ、正直に答えた青鬼。赤鬼は、お前は人間に罠にはめられたのだと激怒し、人間を今すぐ皆殺しにしようとする。青鬼は人間に逃げるように伝える為、人の住む村に急ぐ。
「今回は鬼の役ですかー。人間ではないので、どう演じるか難しいところですね」
「そうなんだよ。色々と道具も作らないとね。鬼っぽい衣装もいるね。赤鬼はとにかく怖く、青鬼は怖さの中に優しさがある演技が必要になる。演じるのは、なかなか難しいと思うよ」
「なるほど。今回は誰が出演するんですか?」
新人公演に関しては特殊で、あみだくじという方式で決めた。
その前の幻の少女の時には、俺がサークルに入った時点では、すでに配役は決まっていたので、実はどうやって配役を決めるのかは知らない。
「よし、じゃあ役者の皆集まって。配役について話し合いたいと思います。えーと、まずはいつもどおり、台本を最後まで読んできてください。その中でやってみたい希望する役を何人か決めておいて下さい。来週、オーディションをして決めたいと思います。希望する役が被らなかった場合、その人がその役をやるという形でいきたいと思います」
渡辺さんから配役の決め方について説明があった。
なるほど。希望する役をやれる可能性を全員に与える訳か。
チャンスは自分の手で掴み取れってことか。
意外と実力主義な決め方なんだな。
その日は解散となった。
帰ってきて早速、台本を最後まで通して読んだ。
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