地下闘技場でキマイラを即死させる
王国アルドノアに着いた俺達は早速国王と面会する事になる。
まだ若い。国王ではなく王子と言われても違和感を覚えない。美形の男性ではあるが、どこか実直そうで人の話を聞かない印象を受けた。
玉座は二つある。片方が空白なのには触れる必要性はないだろう。誰もが長寿でいられるわけもない。特にこんなご時世では。
そうでなくともどの夫婦も円満なままいられるはずもない。
「娘ユフィよ。よく帰ってきてくれた。私は心配していたのだぞ」
「お父様。何も言わず王国を出た事、誠に申し訳なく思っております」
「そうだ。お前は置手紙ひとつで王国を出ていった。まともな父であるのであれば、当然心配をして然るべきだ」
「ですがお父様。私には結婚して家庭に入るつもりはありません。信託で選ばれた勇者として旅をしたいのです。混乱した世界を平定する為に旅をしたい。今回はその縁談のお断りをする為に来たのです」
「何を言っているのだ! 旅など危険だ! 娘であるお前が傷つく可能性がある! その事を私は何より恐れているのだ。最悪、死んでしまう恐れもある」
「それは勿論……覚悟の上でございます」
「だめだだめだ! 私は娘を失う事を恐れているのだ。結婚して宮廷に入れば危険はなくなる。世界の危機や混乱などどうでもいい。我儘かもしれないが、世界の危機よりも娘一人の方が大事なのだ」
愛があるのだろう。親としての当たり前の愛。だがそれも生きすぎれば過保護にもなりかねない。子供の為にならない事もある。
「隣の男は誰だ?」
「私の仲間です」
「まさか、娘に手を出しているんじゃないだろうなっ!」
「出してないわよ! お父さん!」
この過保護な父親の前で、事故とはいえ娘の入浴に突入していった事を語るのは自殺行為といえよう。沈黙は金だ。俺は黙る事にした。
「それに危険じゃないわ。彼は凄く強いの。頼りになる味方なのよ。最初の時だってSランクのモンスターに襲われていた私を助けてくれたんだもの」
「ふん。信用できるか。そんなもの」
「お父さん」
「だったら見せて貰おうか。彼のその力というものを」
「え?」
「この王国には地下闘技場がある。普段は人間対人間の闘いをしているが、大会の優勝者相手にはエキビジョンマッチという事でSランクのモンスターと対戦させる事がある。その中でも全戦全勝のモンスターと彼を対決させよう。それに勝ったらお前が勇者として旅をする事を認めてやる。どうだ?」
「けど、それは王国と関係のない彼を巻き込む事に」
「いいでしょう」
俺は答える。
「ほう。自信があるのか?」
「いえ。自信の問題ではありません。俺にとってユフィは太陽のようなお人だ。彼女がいなければ俺は影として成り立てません。俺自身が大義の為に旅を続けるのに、彼女は必要不可欠な存在なのです。彼女がいなくなれば、俺は俺という存在を保てなくなる。俺は影ですから」
「ともかく、やるというのだな? その条件で」
「ええ。ただしひとつだけ条件があります」
「条件? なんだ? 手加減ならできんぞ。相手は凶悪なモンスターなのだからな」
「いえ、そうではありません。観客は決して入れないで欲しい。シークレットで対決を送りたいのです」
「……ほう。非公開か。確かに人を入れれば金にもなりそうな面白みのあるマッチングではあるが、君が望むのならば仕方がない」
「はい。それで構いません」
「ごめん。シン。巻き込んでしまって」
「気にするな。俺達は仲間だろ、ユフィ。それに君がいなくなると俺が困るんだ」
「シン」
「君がいないと俺は大義の為に闘えない。君は俺の道標なんだよ」
「ありがとう。私もあなたがいないと旅を続けられそうにもないわ」
「準備を始めろ! Sランクモンスター『キマイラ』の手配だ」
こうして俺達は地下闘技場へと向かった。
◆◆◆◆◆
地下闘技場は閑散としていた。普段であるならば満席の客席も当然のように一人も座ってはいない。だが、普通の時であれば相応に賑やかなはずだ。血の気の多い連中が集まっていたのだと想像できる。
ここにいるのは国王。それからビーストテイマー。そのサポート役数名だ。
「さあ! 運んでこい! キマイラを!」
特殊性の鉄格子で出来た檻が運ばれてくる。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
低く、鈍い叫び声が聞こえてきた。
「あ、あれが。キマイラ」
獅子のような顔。それから大蛇の頭。竜の顔を持ちし、化物。合成怪物(キメラ)と言われるような化物だ。
「さあ! 檻から放て! キマイラを!」
「「「はい!」」」
男達は檻からキマイラを解き放つ。
俺の前に巨大なモンスターが立ちはだかる。
「合図はない! 勝負は既に始まっているのだ!」
国王は言い放つ。モンスターが合図まで待つはずもない。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
キマイラが獅子のような鋭利な爪を繰り出してくる。地下闘技場の床は砂になっている。
砂埃が舞った。俺もまた宙に舞う。遊びなどいらない。一撃だ。一瞬で片をつける。
舞っていたのは一瞬のはずだ。だが俺にはスローモーションのように感じられた。いや、止まっていたとすら感じていたかもしれない。
「スキル発動」
俺はスキルを発動させる。一撃必殺。絶対即死。俺の刃に断てぬ命などない。
ダガーが走った。空振りしたかと思う程の手応えのなさだった。だが次の瞬間。
ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
断末魔をあげてキマイラが果てる。キマイラは動かない。当然だ。死んでいるのだから。
「なっ! なんだとっ! あのSランクのモンスター『キマイラ』が一撃だと」
「す、すごい。何度見ても驚くわ」
「ふう……終わったか」
俺はため息を吐く。
「これで認めてくれましたか? 国王陛下」
「み、認めざるをえまい。こんな見事なものを見せられたら。うむ」
国王唸っていた。
◆◆◆
舞台を王城に戻す。最初にいた謁見の間に俺達は移動していた。
「そういえば名前を聞いていなかったな? 青年よ。名をなんと申す?」
「シン・ヒョウガと申します」
「シン殿か。しかと覚えたぞその名。あなたのような手練れがいるのならば、娘を安心して任せられます」
「そうですか。それはよかったです」
「しかし、約束してください。戦いが終わり、然るべき時が来たら娘を連れて帰ってくる事」
「いずれはそういう時も来るかもしれませぬ。何事にも終わりはあります」
「その後、シン殿はどうするつもりなのですか?」
「考えてもいません」
「よろしければ娘を妻として娶り、我が王国を王として導いてはくれませぬか?」
「お、お父さん!」
「……俺が国王に。血に塗れた俺が国民を導けるとは思えません」
「そんな事はありません。王にも強さは必要です。そして血の匂いのしない王などいない。国の歴史とは戦争の歴史です。多くの屍の上に、今の国はあるものです」
「そうですか。だが、随分と先の話です。全てが終わった後に考えさせてください。しかし、いくら王族とはいえ、娘さんの気持ちを蔑ろにしている気がします。好きでもない男の妻となるなど、とても好ましい事とは思いません」
「いやいや。父としての直感が伝えていますぞ。娘は間違いなくあなたに好意を持っております」
「お、お父さん! ちょっと! やだっ! やめてよっ! もうっ!」
ユフィは顔を真っ赤にしていた。
「そうなのか?」
「ま、真面目に聞かないでよ!」
こうして俺とユフィは問題なく旅を続ける事ができるようになったのであった。
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