勇者ユフィの苦手なもの

 俺は暗殺者だ。


その為、気配には敏感なのだ。


「ふんふふんふふーん♪」


 宴が終わった後、ユフィは村長の家で入浴をしている。全裸というのは危険な状態だ。当然であった。武器も持っていなければ防具も身に着けていない。その上入浴中は戦闘態勢に入っていない。

 いわばもっとも脆弱な状態だった。


 危険だ。


 こういった時に仲間である俺が気を張っていなければならない。

 薄暗い廊下の中、俺はひたすら気を張り続ける。

 その時だった。


 村長の家へ歩いてくる無数の足音が聞こえてきた。何者だ。


 俺は外へ出向く。


 ◆◆◆◆◆


「あの女勇者、すげー美人だったよな」


「ああ。見た見た。あんな美人見たことのないレベルだったぜ」


「知ってるか? あの村長の家の風呂。実は僅かに覗ける隙間があってさ」


「マジ?」


「ああ。だから、こっそりと覗こうぜ。宴会も終わって丁度風呂に入ってる時間だろうし」


「け、けどまずくないか。村を救った英雄なんだろう? もしバレたら」


「大丈夫だって。バレなきゃ、バレなきゃいいんだよ。お前だって見たいだろ?」


「確かに見たいけどよ」


 村の青年達三人組が村長の家に歩み寄っていた。俺の聴覚は人の数倍は鋭い。どうやら彼等はユフィの入浴を覗きにきたようだ。

 

 人間は醜い生き物である。俺は人間の醜さを嫌という程見せつけられてきた。残念ながら恩を恩とも感じない。恩を仇で返すというような人間も確実に存在していた。


 当然、見過ごせるわけもない。俺は闇夜の中から姿を現す。跳躍し、着地する。


「だ、誰だ!? お前は」


 黒装束を着ている俺を男達は接近するまで気づかなかったようだ。


「暗殺者(アサシン)だ」


「なんだ!? 勇者様の腰巾着か!?」


「へ。あのでっかいミノタウルスを倒したのは勇者様だ! こんな男どうせ大した事ないぜ!」


 どうやら事実が曲解して伝わったようだ。ミノタウルスキングを倒したのは俺であるが勇者ユフィの手柄になっているようだ。

 

だが、その方がいい。俺はその事に腹を立てたりしない。暗殺者(アサシン)である俺には日陰者がちょうどいい。


勇者ユフィ。彼女は俺にとって太陽だ。彼女が注目を浴びる事で俺が目立たないで済む。暗殺者(アサシン)にとって目立つのは好ましくない。

 

 彼女のような存在があるから、俺のような日陰者が存在できる。


「やっちまえ! てめぇら!」


「「おう!」」


 青年達が襲い掛かってくる。てんで素人だ。遅すぎる。これではスキルを使うまでもない。ミノタウルスキングと比較するのも失礼なくらいの迫力のなさだった。

 遅いどころではない。止まって見えた。


「ぐわっ!」


「ぐおっ!」


「なんだこいつ! 動きがみえねぇ! ぐわっ!」


 青年達は三秒程度で昏倒した。


「これに懲りたら覗きなどという詮無い行為は控えることだ」


 俺は忠告する。無論青年達は眠っている為、俺の声は届かない。


 ――そんな時だった。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!」


「なっ!?」


 風呂場からユフィの悲鳴が聞こえてくる。まさか。敵に襲われたのか。

 この青年達はただの囮か。いや、ただの偶然かもしれない。


 勇者ユフィは大義を背負った人物だ。だが、それ故に敵も多く存在していると考えられる。敵の暗殺者か。

 まずいっ。


 俺は足音ひとつ立てずに、高速移動で風呂場へ向かう。


 ◆◆◆


「どうした!? ユフィ!」


「い、いやっ! だめっ! やだっ!」


「くそっ! やはり敵かっ!」


 俺は躊躇いなく風呂場に飛び込む。だが、その場には敵は見当たらなかった。どうしたのだ。呪術師により精神攻撃を食らったのか。


「どうした!? ユフィ! しっかりしろ!」


 俺はユフィの肩を揺さぶる。ユフィは指を指す。そこには虫がいた。ゴキブリだろうか。


「虫! 虫! 私だめなのっ! 怖いのっ!」


 ユフィは本当に怖がっている様子だった。なんだ、こんな事か。俺はため息を着いた。俺は手のひらでゴキブリを叩き潰した。


 グシャ。ゴキブリの白い中身が飛び散る。


「安心しろ。ユフィ。虫は殺した」


 暗殺者が今晩殺したのが虫だけというのも皮肉な話であった。


「ほ、本当!?」


「本当だ」


「はぁ~。よかったー」


 ユフィは胸をなでおろす。落ち着くと状況が理解できるようになってきた様子だ。


「え?」


 ユフィは入浴中であった。つまりは全裸である。俺は彼女の体を綺麗だと思った。仕事柄、人体を見る事は多かった。


それに比較しても、特段に綺麗な体だった。冒険をしてはいるが、傷一つない白い肌であった。筋肉も無駄についてはいない。


 女性らしさを一切損なってはいなかった。芸術的と言ってよいその体は性的本能を煽るというよりも、彫刻を眺めているかのようなそんな気分に駆り立たされる。


「い、いやっ……き」


「ん?」


 ああ。そうか。仲間とはいえ男に肌を見られる事は女子からすれば恥ずかしい事なのだろう。


「きゃああああああああああああああああああああああああ!」


 ユフィの悲鳴が響く。ユフィは反射的に拳を繰り出した。

 俺は避けた。


「な、なんで避けるのよ」


「すまない。職業柄避けるのが癖になっている」


 蝶のように舞い、蜂のように刺す。それが暗殺者だ。食らわずに殺す。それが俺のモットーだ。


「ごめんなさい。助けに来てくれたのよね。私の悲鳴を聞いて」


「ああ……そうだ。だが、お邪魔だったようだな」


「う、ううんいいの。とりあえず、もう虫はいなくなったから出ていってちょうだい」


「ああ……その通りだ」


 このまま風呂場にいるのはよくない。信用に差し当たる。俺は風呂場を出る。

 

 ◆◆◆


 ユフィは服を着て風呂場をあがった。パジャマを着ていた。


「ごめんなさい。私、虫だけは苦手で」


「そのようだな」


 しかし勇者が大の虫嫌いというのも困りものだ。昆虫型のモンスターとて数は少なくないのだ。


「助けにきてくれて、ありがとう」


 ユフィは顔を赤くしてお礼を言った。


「いや。何事もない様子で良かった」


「さっきの事は忘れて」


「ああ。忘れる」


 俺は即答した。

 

「なにそれ。私の裸なんて、全然記憶にも残らない程、興味のないものだったんだ」


「なぜだ。君は忘れろと言っただろう。だから俺は忘れるといった。記憶操作の訓練も受けている。不要な記憶は即刻忘れることが俺達はできる。例えば尋問を受けた場合、不要な記憶を消し去る事で情報の漏洩を防ぐのだ」


「ふーん。そうなんだ。なんか、簡単に忘れられるのもむかつくと思っただけ」


「ユフィ。君は覚えていて欲しいのか、忘れて欲しいのか。どっちだ?」


「わかんない!」


 ユフィは怒鳴った。


 ふむ。乙女心は俺には複雑すぎた。結局俺はその日の記憶をどうすればいいのか悩んだ。忘れる事はいつでもできる。とりあえずはこのままでいいか。そう思った。


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