第04話 適応 其の三

 【エルギュイーユ大火山】から飛び立ってしばらくすると、竜は膨大な魔力の根源が近いことを感じ取った。


(……そろそろか)


 フッ、とため息をつくと、翼に力を込めて飛翔速度を速める。するとすぐに、視界の奥に光の柱のようなものが映った。


(む? あれは……魔力か?)


 竜は一瞬でその光の正体に気付くと、光の柱の元を辿り、眼下を見下ろす。すると、魔力の柱に向かって一心不乱に攻撃を仕掛ける獣や魔獣の姿が映った。

 しかし、狼の牙も、ゴブリンの悪辣な仕掛けが施された矢も、魔獣の放つ魔術攻撃ですら、すべて魔力柱の周囲に現れる魔法によって駆逐されている。ここら一帯は鬱屈とした森林なのだが、魔力柱の周りは、やけにとしていた。


 獣たちはお互いに目を向けることなく、各々が魔力柱の中央に向かおうとしている。むしろ、他の魔獣を利用して自分たちが行ければ―――思考する脳など僅かなものだろうが―――と考えている節があった。

 それでも、魔力柱に獣たちは近づけもしない。攻撃を向けられるたびに発動した魔法が、獣たちの屍を積み重ね続けていた。


(魔力は生命力の源……なるほど、本能で引き寄せられておるのか。まったく、おそらく死ぬと分かっていながら突っ込んでいくとは……愚な獣どもには頭が足りんと見える。にしても、この膨大な魔力……まさか、自然に魔法が発動しているのか?)


 空中で静止していた竜はスッと目を細めると、翼の力を緩めて高度を下げる。すると、魔力柱に夢中になっていた獣たちが次第に空に浮く竜に気付き始め、ビクリと体を震わせると蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 それでも逃げ出すそぶりを見せない獣もいたが、元の大きさに戻った竜が一吠えすると一目散に逃げだす。


 自然界の圧倒的強者である“竜”が主張したのである。

 「ここは我の縄張りである」、と。


(……さて)


 竜は地に降り立ち、翼をたたむと、魔力柱に目を向ける。


(我はてっきり、珍しい存在値の者が現れたと思っていたのだが……なんだ、我が感じたのは、このただの魔力体か?)


 その眼には、明らかな疑念と困惑が見て取れた。しかし、竜の脳裏に先ほど狂ったように魔力柱に向かっていた獣たちがよぎる。


(……いや、違うな。魔力は生命力の源だが……ただの魔力体に突撃したところで、魔力は得られない。そのくらいは獣でもわかる。ならば、あの中にある何か・・が獣どもを引き寄せているのか? もしあそこから発動している魔法が、自然発生しているものではなく、あの中にある“何か”が引き起こしているのだとしたら……)


 竜は目を細めると、一歩前に踏み出し、吹き荒れる魔力を一身に受け止める。


(……ふむ、魔法は発動しないか。敵対さえしなければ危害は加えない、ということか?)


 そう考えると竜は目を見開き、吹き荒れる魔力の、スキルによってぼかされた中央すら看破する。竜の瞳は優れた魔力探知機だ。魔力の流れを探り、淀みを直し、修正して視界に入れる。

 故に、その眼は眠の【光吸収】すら一部無力化して、その姿を視界に入れることができる。入れることができる……はずなのだが、


(何故だ……なぜ、!?)


 竜はここで初めて、驚愕していた。すべてを見通せるはずの竜の瞳が、魔力の中央にあるはずの“何か”を一切映さない。ただぼんやりと、輪郭だけ見えるが……それだけだ。

 視界に移る光景に信じられない、といった様子の竜が両目にさらに力を籠める。


(ならば、《看破》のレベルを引き上げるのみよ!)


 バチッ、と稲妻が走るように竜の目に痛みが走る。しかし、その痛みと引き換えに闇のベールは段々と剥がれていき……。


 竜の目には、大岩の上で眠る一人の少女が映った。


(なんだ、これは……これが、この小娘が、獣どもが求めていた物の正体か?)


 その少女を見て、竜は違和感を覚える。

 エルフやドワーフなどの長命種ではないようだし、年は人間でいう16ほどだろうか。その年にしては、ずいぶん小柄な身長だ。服装は平凡な村娘といったところ。しかし、その服装に似合わず、浮世離れした鮮やかな桃色の髪、容姿はおっとりとしてはいるが実に優れていた。


 ここで少女が寝ていることに腑に落ちない様子の竜だったが、この場所が何なのかを思い出して得心する。


(“眠り森の大岩”……か。なるほど、この少女も無謀な挑戦者の一人か…………ん、無謀?)


 一瞬納得がいった様子の竜だったが、吹き荒れる魔力を見て、それが何なのかを悟り、ピタリと硬直する。


(まさか……この魔力は)


 たじろいた様子を見せた刹那、竜は再び瞳に力を籠め、《看破》を発動させる。竜に瞳はすべてを見通す。それは、存在値レベルも例外ではない。

 そして、竜の視界には眠のステータスが映った……。


名:春先 眠(はるさき ねむり)

性格:寝たい

力:寝たい 知力:寝たい 耐久力:寝たい 魔力:寝たい 素早さ:寝たい 幸運:寝たい

スキル:【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】【寝たい】……


 竜は驚愕した。


(なんだこれは!? この小娘には煩悩しかないのか!?)


 竜が驚いた理由は他にもある。眠のこのステータス表記はいわゆる【バグ】という奴だ。それだけレベルが常軌を逸しているというのもあるが、それはつまり、レベルが高すぎて自身のステータスにすら影響力を及ぼしているという事に他ならない。

 竜にもこのようなステータス表示を見たことは何度かあるが、それはほとんどがスキルによって為されていた。この少女の【バグ】は明らかに少女自身の願望が反映されている。


 スキルもなしに、ステータス表記にこれだけの影響力を与えているという事は―――。


(……馬鹿な。まさかこの小娘は、このレベルまで成長したのか?)


 だとすれば、一体どれほどの期間をここで眠って過ごしたのか。少なくとも、常人には到底眠れる時間でないことは確かだ。だというのに、まだ眠は眠り続けている。あんな、穏やかで気持ちよさそうな顔で。


(……どうするか)


 竜はしばし悩んだ。


 この少女は、この世界にいるには少々危険な力を持ってしまっている。だとすれば寝ている隙に排除すべきか、と考えて、いや、と首を振った。

 竜がここを訪れる前にこの少女を狙っていた獣の屍が脳裏をよぎるのだ。自分もそうなってしまう可能性を考えると、行動は起こしずらい。


(なるほどな。獣どもが狙っていたのはこの小娘か。道理だ)


 竜はひそかに納得した。

 人間は魔獣や魔力を含む食物を食べることで存在値を上げることができるが、それは獣や魔獣も例外ではない。おそらく、眠を食すことで自らの存在値を上げ、より高次の存在へと生まれ変わる……それがおおよその狙いだったのだろう。

 まあ、その思惑の全ては獣たちの命とともに打ち砕かれたわけだが。


(帰るにしても、何もせずに、というのは性に合わんな。そもそも、放置することが間違っているのだろう。ならば……)


 この少女が起きるまで、ここに留まろう。竜はそう考えた。

 どんな形であろうが、この少女が力を求めてここに来たのは間違いないだろうし―――当の本人はそんなこと全く気付かずに寝ていたのだが―――そうなると、その力をどう使うのか、聞いておく必要がある。


 そう考えると、竜は少女が起きるのを待ち始めた。


(にしても、よく眠るな。この小娘は……)


 などと考えていると、竜もうとうとと微睡み始めた。この小娘にでも影響を受けたか、と苦笑すると、竜は眠の眠る大岩を囲むようにして、とぐろを巻いて眠り始めた。


―――《睡眠促進、発動》


 それが、眠のスキルによるものだとも気付かずに。


■ Z Z Z... ■


 竜が寝てしばらく経った後、とぐろを巻く竜の体にしがみつくようにして眠る、眠の姿があった。

 竜の体のほのかな温度を感じ取って、布団に潜り込むように。まるで、快適な眠りのために最後に必要だったのが「これだ」というように。


 その後、眠の左手の甲と竜の胸に、使契約の魔法陣が浮かび上がったが、2人はその事にも気づかずに眠っていた。


 数時間後、固く閉ざされていた眠の瞳がようやく開いた。

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