第03話 適応 其の二
眠が眠り始めてから6日目。
眠の睡眠時間は実に150時間を超えた。
長すぎる睡眠時間に加速され続け、今や可視化できる程に密度の高くなった魔力はまばゆいほどに光り輝き、岩の上に
その中で、眠は……。
「…………ス…ァ……ぴぃ」
光の渦の中に漂う、
この黒い霧は【光吸収】のスキルの影響である。【光吸収】とは文字通り、光を吸収し、その相互作用として周囲の光を“消す”……つまり、真っ暗にするスキル。
眠は通常、朝や昼の太陽といった、多少の光では起きない。むしろ、その光の温かさでさらに深い眠りにつく。しかし、懐中電灯やLEDライトといった温かみを伴わない光……つまり、可視化された魔力の“光”が眩し過ぎて、眠りにくい―――そう眠の体が拒絶反応を起こした結果、このようなスキルが生まれたのだ。
「……zzz」
一体いつになったら起きるのだろうか。むしろ、こいつはもう死んでいるのではないか、そう思わせるほどに、眠は眠り続けている。
しかし、その快適に眠る眠とは裏腹に、眠の周囲は荒れに荒れていた。
渦巻く魔力が竜巻のごとく風を巻き起こし、森林は揺れ、大岩の周りに咲いていた草花はすべて風圧にまかれて散っている。
そして……招かれざる客が複数。
「グルルルルル……」
「ガァッ、ギャァッ」
眠の眠る大岩は、獣やその上位互換たる魔獣にグルリと囲まれていた。
可視化できる程に密度の高い魔力。今や、“眠り森”に暮らす獣ならばその全てが眠に渦巻く芳香に誘われている事だろう。現に、眠を囲む獣や魔獣は狼型、ゴブリン型、熊型、蜂型、蟹型……多彩だ。つまり、それだけの獣の生息範囲にまで、影響は表れている。
魔力は生命力そのもの。
「グルァァァァァアアアッ!!!」
「ゲゲッ!!」
白狼が踏みしめた地面から噴出したつららが、ゴブリンが射掛けた毒塗りの矢が、目を血走らせ、持ち前のスキルで両腕を肥大化させた熊が、蜂の尻から飛び出した巨大な針が、眠を掴み捩じ切ろうと蟹が発射した鋏が、それぞれ眠が眠っているであろう位置に向けて黒い霧の中へ向かう。
つまり、眠を捕食すれば―――尋常でない栄養となる、のだが……
《脅威度測定……レベル6。睡眠時自動迎撃魔法……タイプ:殲滅。魔法選定……
それは、仮に今の眠より強ければの話だ。
「グァッ!?」
「ブォ、グ……」
突如、上空から無数のつららが落ちる。ただし狙いは付けていないのか、その精度はバラバラだ。しかしそれでも、不運な獣の何匹かは鋭いつららに貫かれ、鮮血をまき散らす。
慌てた獣たち、その中でも比較的高い知能を持ち、小柄なゆえに生き残ったゴブリンが、ワラワラと撤退を開始する。
しかし、地面に刺さったつららから拡散した《
「グギャアアアッ!!?」
貫通した《雷矢》はつららに当たると、さらに透過、反射して獣たちを跡形もなく貫いていく。その有様はまるで罠にかかった獲物を決して逃さぬ網―――《雷矢》の檻だ。
それだけではない。続いてつららから噴出した業火が《雷矢》を伝うように燃え広がり、囲んだ獣たちを残らず焼き尽くす。
炎が消えた後、そこに残っていたのは渦巻く光の中に漂う黒い霧と焼け焦げた地面。それだけだった。
「……んがー……んぅ」
眠は眠り続けている。ただひたすらに眠り続けている。
一体、起きるのは何時になるのだろうか……?
今の、眠のレベルは……。
■ Z Z Z... ■
【エルギュイーユ大火山】。世界三大禁忌領域と評されるそのマグマ溜まりの中で、一匹の巨大な竜がとぐろを巻いて眠っていた。
否、眠っているのではない。ソレは、目覚めている。世界の一点、そこで起きていることを感じ取っていた。
(……なんだ。この、異常なまでの魔力は……)
瞼を閉じた竜の瞳の奥には、今、一つの光が灯っている。
その光は魔力。普段は意識しなければ見えることが無いその光が、今は意識せずとも半ば強制的に視えるようになっている。それはつまり、その光が、魔力がどれほど大きいかを示していた。
(これほどの魔力、いつ以来だろうか……我を退けた旧英雄、いや、それ以上か?)
目を開けた竜は首をもたげ、チロリと舌なめずりをする。
(今までにない
レベルが高いものほどこの世界では存在を示しやすく、身分の高位につきやすい。またその逆も然り。
そしてこれは獣や魔獣に限ったことではあるが、レベルの高い生命体を捕食することで捕食した獣や魔獣がレベルを上げることが可能だ。これは獣や魔獣が人間にはない【魔核】と呼ばれる器官を持っていることが関係しているともいわれるが―――。
(決めた。旧英雄との約定を破ることになるが、そこに向かうか。元々我にそこまで強制力のある約定ではあるまいし、それに……これほどのレベル、逃したらいつ見られるかわからん。なぜか、急速に膨張しているのが気になるが……)
クツクツと牙を見せて笑うと、竜は巨大な翼を広げ、マグマを振り切るように飛び立った。火口から飛び出て、体に付着したマグマを振り払うと、体を丸める。すると、竜の体がみるみる縮んでいき人一人ほどの大きさになった。
(さすがに我がいなくなったことには気づくだろうが、公に体を晒さなければ特に気にはしまい。まあ、何か仕出かせば奴が来るだろうが)
フン、と鼻を鳴らし、翼を構えると、竜は目にもとまらぬスピードで上空を飛翔する。
かつて、世界を焼き滅ぼさんとした三柱の内の一柱、【エルギュイーユ大火山】が世界三大禁忌領域とされる最たる所以であるその竜は、翼をはばたかせながら“眠り森の大岩”への方角を見据えていた。
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