第02話 適応 其の一
ただそこにいるだけで溜まった魔力を吸収し、レベルアップを遂げ成長できる経験値スポット。この世界にはいくつかそういった場所が様々な場所に存在している。
だが、その発動にはいくつかの条件が存在するのが常だ。
その中でも、一際異彩を放つ条件を持った経験値スポットが存在する。
名を、“眠り森の大岩”。
経験値を得る条件は、『木に囲まれた大岩の上で寝る』こと。
世界にある経験値スポットの中でも、経験値を得る条件はもっとも安易で、理論上最高効率。しかし、同時にもっとも難しく、実質最低効率といわれている。
というのも、“眠り森の大岩”で得られる経験値は、『一度も起きずに眠った時間の長さ』に影響を受けるからだ。1時間ずつチマチマ眠ったところで、吸収できる魔力は些細なもの。長く眠れば眠るほど、その時間に比例して吸収できる魔力の量は増えていく。
問題なのは、その時間だった。たとえ、この世界の睡眠時間の平均である7時間眠ったとしても、得られる魔力の量は他の経験値スポットに比べはるかに劣る。それどころか経験値スポットに頼らず、自らで魔力を吸収する方法―――凶暴な獣である魔獣や、魔力を含んだ作物を食べる―――の方が成長が早い。
16時間。それが“眠り森の大岩”で人並みの成長を遂げるための最低限の睡眠時間の上限だった。
もちろん、それほどの時間をぶっ続けで眠れる人間などそうはいない。確実に、いつかは目を覚ます。しまったと再び寝ても、もう遅い。睡眠時間はリセットされ、浪費した時間と割に合わない経験値のみが手元に残る。
問題はそれだけではなかった。“眠り森の大岩”が経験値スポットであっても、普通の森であることには変わりない以上、そのど真ん中で眠り続けるのには相当の危険が伴う。
食料、水、病、体温、それどころか魔獣に襲われてもおかしくはない。その危険を回避するため準備にどれだけの時間や費用が掛かることか―――それもまた、“眠り森の大岩”が割に合わないといわれている理由の一つだった。
これらの理由から、国家に確保され厳重な管理下に置かれるはずの経験値スポットの中で、“眠り森の大岩”は唯一、国の管理を受けていない。
まさか、この場所でレベルを上げる馬鹿がいるはずもないだろう―――そういった考えからだ。
■ Z Z Z... ■
「……んぅ、もう食べられないよぅ……ムニャ」
そんな大岩の上で、定番すぎる寝言を漏らしながら
今は夜。雨も降っている。その中で、大岩に寝転がりながら無防備な姿で寝ている眠の姿は明らかに異常だった。
何故、これほどの状況で眠は寝ていられるのか。それは、―――彼女の性格自体にも関係するが―――彼女が寝ている間に成長し、得たスキルが関係していた。
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スキルとは、その名の通り人間の得る技能や耐性である。
それの発現するタイミングはレベルの上がった時に限らず、突発的にスキルが手に入る場合もあり、また、手に入るスキルの種類は『そのときに最も必要な技能』となる。
つまり、冷たい。寒い。煩い―――眠がこう思ったがゆえに、雨風をしのぐための
勿論、欲しければ無制限に手に入るというわけでもない。『最も必要な技能』と言っても、結局その効果は人物のレベルに左右される。
今の眠のレベルは2。スキルもそれにふさわしい効果になっていた。
「……zzz」
静かだし、温かくて、飢餓感もない。快適な眠りだ。強いて言えばふかふかのベッドが欲しい。おそらく、眠が起きていればこう考えただろう。
眠は起きない。大岩の上でスヤスヤと、寝息を立て続けていた。
■ Z Z Z... ■
「……zzz」
……未だに眠り続けていた。
雨は止み、空は晴れ渡っている。チュンチュンという鳥の囀り、さざ波のような気のざわめきが心地いいからか、眠の《サイレント》は解除されている。
すると、モフモフした動物が眠の眠る大岩から放出される魔力に釣られてか、ピョンピョンと跳ね森の茂みから飛び出してくる。そのまま大岩に登ると、眠の体を見て首を傾げた様子を見せ、眠の首と二の腕の間に潜り込んだ。
「……んむぅ……」
一瞬、身じろぎした様子を見せた眠だが、そのまますぐに元の緩んだ顔に戻る。心なしか、先ほどの顔より緩んでいるように見えた。
眠がこの岩で眠り始めてから4日と2時間。今や、“眠り森の大岩”の経験値効率は他の経験値スポットの効率を超えていた。大岩から今まで発せられなかった量の魔力があふれ出し、眠の体へ次々に吸収されている。
生命力に等しい魔力が溢れたことで、大岩の周りの植物は成長し、花を咲かせていた。また、小動物も魔力に引き寄せられ、眠の周囲は桃源郷と言われても差し支えないほどの幸せ空間と化していた。
花と動物に囲まれる眠の姿はいわば桃源郷の女神だろうか。非常に幻想的である。
「グルル……」
が、桃源郷の芳香は招かるざる客をも引き寄せていたようだ。
クンクンと匂いを嗅ぎつけ、茂みから現れたのは4匹の緑色の狼。その姿を見た小動物たちは、緑狼たちが現れた反対側の茂みへと一斉に駆けだし、森の中へと消えていく。
残されたのは、悠長に眠っている眠1人。
「アォ―――ン」
眠をもはや食料としてしか見ていないのか、勝ち誇ったように咆哮を上げる緑狼たち。緑狼たちは魔獣ではないが、その鋭い牙や俊敏な脚は大型犬の比ではない。大岩で眠っている眠の姿はさながら皿に乗せられた料理のようで、緑狼たちは長い舌で唇をチロリとなめた。
そして、しばしたった後……
「ガゥッ!!」
緑狼たちは一斉に眠の眠る大岩へと駆け出す。ここまで来たら早い者勝ちだ。緑狼たちは必死に足を動かし、跳躍。一番速かった緑狼が眠へと飛びかかり、牙を剝く。
鮮血が飛び散るかというその刹那―――眠から飛び出た稲妻が、緑狼の眉間を正確に撃ち抜いた。
「ッ!?」
眠を食べたつもりでいた緑狼は、そのことを確信した表情のままドサリ、と倒れる。目の前で鮮血が飛び散ったことに驚愕し、他の緑狼たちの動きが一瞬止まった。
《
瞬間、眠の体からさらに2本の線が伸び、緑狼の眉間を正確に撃ち抜く。
《睡眠時自動迎撃魔法》―――矮小ではあるが、森に対する眠の恐怖から生まれた、眠の初の攻撃スキル。その唯一の
魔獣でもない緑狼の眉間程度なら、造作もなく打ち抜くことができる。
「グゥ……キャンッ」
刹那の隙に屠られた仲間たちを見て、緑狼の最後の一匹が逃げ出す。しかし、眠から伸びた一条の光が無慈悲にも緑狼の眉間を撃ち抜いた。血しぶきをあげ、緑狼が走り出した勢いのまま地面に突っ伏す。
「キャゥ……」
今の眠のレベルは26。大岩からあふれる魔力は確実に、眠を成長させ続けている。
それでも、眠は安らかに寝息を立て続けていた。
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