第2話

 前王ラルクの妻シャイーダは、王宮で茫然としていた。突然、夫ラルクが王位を追いやられてしまった。赤竜に支配されていた王位だったとはいえ、赤竜ごと退治されたのは驚きであった。

 蒼竜に認められし王ザムザはいった。

「おい、シャイーダ、おれが新しい王になったようだ。よかったら、おれと暮らさないか」

 シャイーダはザムザをビンタした。

「ふざけないでください。わたしはラルクの妻です。竜たちが何といおうと、夫のもとに行きます」

「おいおい、無茶だよ。赤竜に食われちゃうよ」

「そんなことはありません」

 シャイーダは、王宮で身支度を整えると、一人、赤竜が飛んでいったという山へ旅に出たのだった。

 シャイーダは、王宮を訪れた多くの竜を見たことがあったが、赤竜のいないところで竜に会うのは初めてだった。街を歩いている時、空を飛ぶ黒竜たちを見て、身がすくむ思いだった。


 シャイーダは赤竜ギジテルの紋章の入った首飾りを持っていた。それを見れば、街ゆくものはみな、シャイーダが敗北した赤竜の加護にある者だとわかった。これからは、新しい守護者である蒼竜ボルグの時代だった。

 街中に飾られていた赤竜ギジテルの紋章が取り壊され、新しく蒼竜ボルグの紋章が掲げられた。人々は大急ぎで代替わりの手筈を整えた。

 赤竜ギジテルの紋章を大事に身に付けつづけるシャイーダに興味をもって、蒼竜の群れが集まってきた。蒼竜たちはシャイーダを囲んで人語でいった。

「人の女よ、なぜ、敗北した赤竜ギジテルを頼るのだ。蒼竜ボルグの面子を立ててはいかがか」

「黙りなさい。ドラゴニアは、赤竜ギジテルの王国です」

「そりゃあ、お主がどの竜に仕えようが知ったことではないが、せっかく王朝交代という面白いできごとがあったのだ。お主の命はそれに捧げられるべきだろう」

「離れなさい。赤竜ギジテルにやられますよ」

「ぐあはは、赤竜ギジテルといっても、所詮、竜一匹ではないか。負けた王の妃は生贄になるのがふさわしいのではないか」

 シャイーダは絶句した。

「生贄にするのは、蒼竜ボルグでなければ面白くないわ。ボルグを連れてこい」

 シャイーダはわけもわからず逃げた。竜に尻尾で弾かれ、竜に足で突き飛ばされたが、走って逃げた。蒼竜ボルグが来たのかどうかもわからなかった。多くの竜にいじめられた。

 わたしはこのまま竜にもてあそばれ、殺されるのではないだろうか。

 気がつくと、蒼竜の群れに囲まれ、竜の爪につまみあげられていた。

 目の前に、遠くからやってくる夫ラルクの姿が見えた。

 赤竜ギジテルは蒼竜の群れにいじめられ、深く傷ついていた。

「さあ、かかって来い。前王ラルクよ」

 蒼竜がいった。

 ラルクは、剣を抜いて蒼竜の群れに突っ込んだ。

 蒼竜たちが道を開ける。

 一対一だ。

 シャイーダを爪に引っかけた蒼竜とラルクの一騎討ちだ。

 シャイーダは息を呑んだ。人が竜に適うわけない。夫ラルクは死ぬだろう。そしたら、わたしも。もう、先は長くない。

 シャイーダは力の限り全力で叫んだ。

「逃げてえええええええええええ」

 ラルクは向かってきた。

 ラルクは蒼竜の爪に飛ばされて、血を流しながら吹っ飛んだ。

 ラルクは立てなかった。シャイーダは泣きだしていた。死ぬ。死ぬ。せめて一緒に死ねるのが幸せだと、シャイーダはいった。

 蒼竜は、それで、みんなどっかへ飛んで行った。

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