第3話
あるところにゴッホとジェニーの兄妹がいた。ゴッホは、街にたむろす竜に魔術を教えてくれるように頼んだ。竜たちは、ゴッホにまったく興味を示さず、魔術を教えることはなかった。
ゴッホは図書館に通い竜語を勉強し、魔術書をなんとか読み解こうとした。ゴッホは、しかし、魔術書の難解さに打ちのめされ、志半ばに倒れるところであった。
まだ若きゴッホであったが、すでに人生をあきらめ、妹に嘆息のことばを吐いた。
「ジェニーよ、兄は志したものを叶えることもできない怠け者であったようだ。ぼくは竜語のひとことすらわからず、魔術のひとつも使えない。もう、兄は疲れ果ててしまったよ。ジェニーよ、この駄目な兄に頼ることなくこの先を生きていく覚悟をしておきなさい。ひょっとしたら、兄は竜に恨まれているかもしれない。とてもまともな人生は歩めないだろう」
ジェニーは、それを聞いても、兄の成功を信じて疑わなかった。
「気を落としては駄目よ、お兄さま。きっと、いつかお兄さまにも竜の加護があるわ。こんなに頑張っているお兄さまを竜たちが見捨てるわけがないですもの」
ゴッホは、妹に励まされ、やれ、もう少し頑張ってみるか、この年で命を捨てるのは早いと気を奮い立たせようとした。
そんなところに、黒竜が四匹飛んできた。庭で話をしていた兄妹を巨大な四匹の黒竜が囲んだ。
「この娘をさらっていくぞ、ゴッホよ。二度と再会することはできないであろう覚悟をしておけ」
黒竜はそういい、爪でジェニーをつかんだ。そして、大きな翼を広げ、黒竜は山奥へと飛んで行ったのだった。
ゴッホは、妹が竜にさらわれたので大混乱に陥ってしまった。いざ、竜を退治し、妹を助け出さなければならない。しかし、非力なゴッホに黒竜が倒せるだろうか。
ゴッホは嘆き混乱する中で、赤竜や蒼竜を訪ね、打倒黒竜の策を尋ねてまわった。まともに相手する竜はいなかった。ゴッホは、図書館に通い魔術書を読み、また、竜に話しかけて修行の日々をすごした。
一方、黒竜にさらわれたジェニーは、最初はひどく怯えていた。いつ竜に食べられてしまうかもわからない。なぜ、自分が竜にさらわれたのかわからなかった。黒竜の連れてきた谷底で、木の枝を集めて寒さを防ごうとした。ここがどこなのかわからない。どの方角へ向かえば家に帰れるのかもわからない。
怯えて縮こまるジェニーの目の前に、黒竜が魔法で焚き火をつけた。木の枝が集まっていて、ちろちろと焚き火は燃え続けた。
ジェニーは、これは竜が自分を暖めてくれるためだろうかといぶかしがったが、そのまま焚き火の前で眠ってしまった。
朝、目が覚めると、ジェニーの目の前に食事が置いてあった。黒竜が置いていったものだ。ジェニーは、どうやら、竜にすぐに食べられることはないようだと考え、黒竜の差し出した焼けた肉と野菜を食べた。
ジェニーはずっと焚き火の前にいたが、不思議とこの焚き火は消えることがなく、ずっと暖かいままだった。そして、そんなジェニーのもとに複数の黒竜が降り立って、話しかけてきた。
「おまえに竜語を教えてやろう。魔術を教えてやろう。おまえは竜に選ばれし、さらわれの娘になるのだ」
ジェニーは驚いた。わたしが竜に選ばれたとはどういうことだろう。ジェニーは不思議に思った。しかし、黒竜たちは毎日、ジェニーのもとを訪れ、食事を与え、魔術を教えた。ジェニーはだんだん魔術を覚えていった。
ジェニーは自分で焚き火の火をつけられるようになった。ジェニーは獲物を魔術で狩り、食べられるようになった。ジェニーは多少の竜語を覚えた。
時々、赤竜や蒼竜もやってきた。ジェニーはすっかり竜に親しみを感じ、竜にすがって生きた。ジェニー以外には誰一人立ち入ることのない人里離れた谷底の奥。ジェニーは、孤独であったが、竜と語らうことによってそれをまぎらわした。いつしか、ジェニーは、魔術で空を飛べるようになった。
もう三年以上の時が経っていたが、ジェニーは魔術で空を飛び、自分の家を探した。ジェニーは竜の谷から出て行った。ジェニーの帰郷には、大勢の黒竜が付き従った。数十匹の黒竜を連れて、ジェニーはかつての自分の家に帰って来た。
そこには、一人、自己研鑽を心がける兄ゴッホが残されていた。
「お兄さま、お元気ですか」
数十匹の黒竜を引き連れたジェニーは、打倒黒竜を志して身を削る努力をしてきた兄ゴッホに語りかけた。
「ジェニー。ジェニーなのかい。よく生きていたね」
ゴッホは妹に話しかけた。
「ジェニー、ぼくは竜語を勉強し、魔術の修行をして鍛えたから、その竜たちを追い払ってあげるよ。助けてあげるよ、ジェニー」
ゴッホは杖を持って、庭に集まる黒竜たちに向かって叫んだ。
「おい、竜ども。妹は帰してもらうぞ。ぼくが竜を恐れると思ったら大間違いだ。覚悟しろ」
黒竜たちは、嘲笑った。
「ふははは、小僧、残念だが、お主の妹を帰してやるわけにはいかん。お主の妹は、さらわれの娘としてこの町の領主になるのだ。竜に仕えて一生をすごすことは決まっている」
ジェニーは初めて自分がどういう立場にあるのかを知ったのだった。
ゴッホは叫んだ。
「妹を幸せにしてくれるのか」
黒竜は答えた。
「然り。何が人の幸せかは知らぬが、悪い人生ではないであろう」
「ジェニー、それでいいのか。この竜たちは信用できるのか」
ジェニーは困った。自分から竜をとりあげられたら、何も残らない。山奥で生活した魔術的な日々の思い出が残るだけ。
「わからない。お兄さま。ジェニーにはわかりません」
黒竜はいった。
「さらわれの娘ジェニーよ、お主の魔術でこの人々の町に君臨し、人々を虐げるのだ。もし、竜に逆らえば、食べてしまうぞ」
ジェニーは、迷った。なぜ、わたしが人々を虐げなければならないのだろうか。
「竜よ、三年間育ててくれたことは感謝しています。しかし、わたしはこの町に君臨などはしません」
「ならば、食ろうてしまうがかまわないのか」
ジェニーは自分が一匹の竜にも適わないのは充分承知していたが、きっぱりと断った。
「わたしは静かに兄と暮らします。去りなさい、竜よ」
「逆らうのだな」
「そうです」
「わかった」
そういうと、竜たちは、ジェニーを食べることなく、飛び去った。
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