竜たちの望む世界
木島別弥(旧:へげぞぞ)
第1話
世界は竜が統べていた。太古の歴史は、竜たちが竜語で書いた石板に刻まれ、人には知られることがなかった。
王は、一匹の赤竜に認められた者が成り、王は赤竜に機嫌を損ねれば食われて死んだ。王の権威を赤竜が保証し、臣民は誰も赤竜には適わないので、王に逆らうことはなかった。
赤竜ギジテルの紋章を掲げた王は、臣民の上に君臨していた。王に逆らう者は赤竜に食われ、次の王は王の子の中から赤竜が選んだ。ここは赤竜ギジテルの王国であり、王の血統は赤竜ギジテルの気の向くままに変えられた。
王都には、黒竜の群れが空を自由に飛び交い、蒼竜たちは気ままに街に遊んだ。人々が竜語を解読した限りでは、竜たちは、赤竜ギジテルが好きなように人類を操れば良いのであり、そのことに特に興味はなく、邪魔はしないそうであった。
ここは竜の統べる国ドラゴニア。
人の歴史など八百年しかなく、竜の寿命の五千年より短いものであった。
赤竜に祝福されし王ラルクは、まだ若く歳十七歳であった。美しい妻を迎え、威風堂々と赤竜の国ドラゴニアに君臨していた。
王ラルクは、竜との交流を重んじ、竜の集会を探しては立ち合うことを好んでしていた。王ラルクはいう。
「愚民どもが。赤竜ギジテルに認められし我に逆らうことは決してあってはならんのだぞ」
臣民も、王のことばどおり、王を恐れ、赤竜ギジテルを恐れた。王ラルクは、裕福に暮らすのに何の不満もなかった。
王都の城下町に老夫婦がいた。老父は、畑仕事をして生計を立てていた。
ある時、老女の肖像画を書きたいという画家が現れた。老女は笑って、それを許した。家の前で椅子に座って絵のモデルになっていると、画家は軽く微笑みながら、肖像画を描きつづけた。画家は、毎日やってきた。老女は毎日、家の前で椅子に座り、画家は毎日、肖像画を描きつづけた。老父は黙って畑仕事をしていた。
そんなところへ、少年ザムザがやってきた。
少年ザムザが画家の絵を見ると、その絵は、老女のまだ若く美しい頃を見たかのように描き出していた。
「ねえ、おばあちゃん、秘密を教えてほしければ、おれに竜に関する古書を渡すんだ。おれは竜について調べているんだ」
老女は、笑って答えた。
「あら、わたしに必要な秘密などあるのかしら。夫がたいへん物知りなので、わたしは知識に困ったことはないわ」
ザムザは憤った。
「古書を渡さないと、秘密を教えるぞ。それを聞いてしまったら、もう後戻りはできないぞ。いいから古書を渡すんだ」
「あら、そんなに古書が欲しいなら、わたしは決闘を受けてもいいわ」
老女は家の奥から剣を持ち出してきた。
ザムザも剣を持っていた。老女の剣はザムザの剣より上等でよく斬れそうだった。だが、いくらなんでも、老女に負けるザムザではないはず。と思っていたら、老父が話をさえぎった。
「待て、おまえ。決闘なら、わしが受けてくれる。おまえは無理はしてはいけないよ」
そして、ザムザに向かっていった。
「いいかね、少年」
ザムザは怯みはしなかった。
「わかった。決闘だ」
そして、老父とザムザの剣による決闘が行われた。ザムザの剣はすべて空を斬り、老父はただ一刀を以てザムザの首に剣を突き付けた。
「降参するかな」
老父のことばに、ザムザは降参せざるをえなかった。
ザムザの敗北は明らかなものだった。老父に剣でまるで勝ち目はなかった。
すると、老女が強気なことをいいだした。
「わたしも決闘をしてみたいわ。わたしは負けるなんてこれっぽっちも思ってないわよ」
「ならば、試しなさい」
老父に許可をもらった老女は、剣を抜いてザムザに立ち向かった。
老女とザムザの決闘。
あれよ、不思議。少年ザムザは、剣の腕で老女に遠く及ばず、完膚無きまでに老女にコテンパンにされてしまったのでした。
命ばかりは助けられたザムザ。ザムザは悔しくて叫んだ。
「おまえたちの秘密を教えてしまうぞ」
老女は、厄介な若者が来たものだと、軽くからかって追い返した。
老女の肖像画が完成した。それは美しい十代の娘の絵だった。若い頃の老女だった。
絵が完成すると、老女は病気になった。どうも具合がよくない。
そこにザムザが押し入った。
「古書を渡さないと秘密を教えてしまうぞ」
「いい加減にせんか」
老父がザムザを棒で打って追い出そうとしたが、ザムザはなんとか老女の枕元にたどり着いた。
「あら、あなたは本当におかしなお子さんね。いったい、わたしの秘密とは何なんですか」
老女がついに根負けしていった。病気は重く、先行きは短いと思われていた。
「それが、あなたの旦那さまの正体は、竜です」
老女は、髪に当てていた手をベッドに置いた。そして、ひとこといった。
「ありがとう」
涙が出てきた。
「ありがとう。よく教えてくれたわ」
涙がとまらなかった。
老父が部屋に入ってきた。
「あなた、竜だったの?」
「そうじゃ」
老父は苦々しく答えた。
「あなたを愛していたわ」
老女は、剣を抜いて、自らの首を斬って自決した。
少年ザムザと老父がにらみ合っていた。
「小僧、わしの気に触れば、殺されることはわかっておるのだろう」
「はい」
ザムザは小さく答えた。
「わしが、わしがまちがえたのだろうか。正体を死ぬ前に教えるべきだっただろうか」
老父は涙を流した。
ザムザは黙っていた。
老父はみるみると大きくなり、屋根を突き破って巨大な蒼竜になった。
蒼竜は涙を流していた。
「ザムザ、お主を王にしてやろう」
そして、ザムザと蒼竜は王宮に行き、赤竜ギジテルと王ラルクを追い出した。赤竜とラルクは、山に逃げて行った。
ザムザは赤竜ギジテルの王国を滅ぼして、新しく王になった。
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