アイドルはシャワーを浴びたい
「広いけど狭い!」
私は思わずそう叫んだ。
神殿の中にあるお風呂のある空間は、結構広くて余裕があるのに大きな湯船はなく、ホテルに置いてあるようなバスタブが2つ配置されているだけだった。
こちらの世界に来る前に寄った函館の温泉は、東京じゃ考えられないくらいの広さで湯船も大きかったため、余計に寂しく映った。
「仕方ないよ。ここ異世界なんやし。日本じゃないんやからさ」
「て言ってもさぁ」
「スイは贅沢言わないの」
ナナに宥められた。
私はまだ膨れっ面だ。お腹が空いているせいもあるかもしれない。
「でも多分これに浸かるってわけじゃないよね? お風呂のルール聞いておけばよかったね」
「確かに。どうやって使うのかな」
バスタブにはお湯が入っているが、交代交代で入っていけば、お湯が汚れてしまうだろう。シャワーもないのだ。
「……それ」
セイラとナナが困った顔をすると、マホはバスタブの近くにあった足元を指差した。
そこには桶が並べて置かれてあった。
「多分こう」
マホはそう言うとバスタブから桶でお湯をすくい、頭から被った。
「なるほど。マホ賢いやん」
桶は人数分用意されていた。
よし、お湯で汗を流して気分を変えよう。
私もバスタブからお湯をすくい、頭からぶっかけてやった。
うん、悪くはない。でも物足りないなぁ。
「せっかくだから、スイの頭を洗ってあげるよ」
「えっ、シャンプーあるの?」
「スイは持ってないの? みんな持ってきてるよ。温泉でもらったじゃん」
「あっ」
そういえば、温泉のおばちゃんに「若くてこんなに可愛い子たちは珍しいから」といって、いくつか貰った温泉セットがあったのだ。すっかり忘れていた。
「じゃあ私の半分だけだけど、洗ってあげるね」
ナナはそう言うと、自分のシャンプーの袋の封を切り、手に泡立てた。
そして私の頭をあっという間に泡だらけにした。
「スイの頭は相変わらず小さいなぁ」
うん、ナナに頭を洗ってもらうのは中々気持ちがいい。まるでお母さんみたいだ。
でも何だか手持ち無沙汰だなぁ。
「セイラの頭は私が洗うよ」
私はセイラの肩を持って私の前まで移動させると、セイラの髪を泡立てた。
人の頭をちゃんと洗うのは初めてだ。
どっか痒いところセイラはあるのかな?
彼女はそういうの言わないタイプだよね。私も言わないけど。
「私はマホのを洗うわ」
ミユキはマホの長い黒髪を洗った。
マホもどことなく嬉しそうだ。
「……私はナナのを」
「ありがと」
マホはナナの髪に手を伸ばした。
あぁ、私もやりたかったのに。
「そうなると私だけ誰にも洗ってもらえへんのか。まぁええけど」
「円になろうよ。そうしたら私がミユキの頭を洗えるよ」
私たちは縦一列となり、立ちながらみんなの頭を洗い合っている。
なんだかシュールな光景だ。
セイラはそう言うと立ち位置を移動し、ミユキの髪に手を伸ばした。
「うふふ。これ知らない人が見たらもの凄く変な光景ね」
「そうやね。DVD特典に付けたろっか。めっちゃ売れるんちゃう?」
「馬鹿。今全裸だよ全裸。セイラの身体はそんなに安くないんだから」
「冗談冗談。でも売上やばそうやね」
そんな馬鹿話をしている間に、頭は泡だらけで大体洗えた感じだ。
「お湯流すね」
桶でお湯をすくうと、セイラの頭にゆっくりと掛けた。
今まであまりじっくりと見たことがなかったけど、髪から泡がしっとりと床に落ちていく。
うん、髪の指先の通りもよくなっている。
それを何度か繰り返して、セイラの頭は綺麗になった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「スイのも大丈夫かな?」
「ナナ、ありがとう」
いつもとシャンプーが違うから、洗い終わった感じがいつもと違うけど、それはそれで。
ナナに洗ってもらうのは新鮮で気持ちよかったよ。
ありがとう。
「身体はどうやって洗う?」
「せっかくやしまたみんなで洗おう」
「いいねえ。私はマホの身体を洗うよ」
私もミユキと同意見だ。
よし、マホの身体を隅々まで洗ってやるぞ。
いつも鉄仮面のマホの表情を惑わせるのだ。
こんなことからあんなところまで。
うひゃひゃ、ぐふふ。
「ちょっとミユキとスイ。スケベな顔になってるよ」
ナナに睨まれた。
マホは私の視線を感じたのか、怯えた表情をしていた。
「身体は各自で洗うこと」
「「「「はぁーい」」」」
ナナの号令があり、身体は各自で洗うことになった。
ちぇっ、残念だなー。
ナナにボディソープを分けてもらい、自分の身体を洗った。
ミユキまでは行かなくても、ナナくらいまでは大きくなるかな?
どこがって? ナイショー。
「うーん、汗を洗い流して気持ちよくなったけど、何か足りないなぁ」
やっぱり日本女子だもの、お湯に浸かりたいよね。
目の前にチャンスがあるのなら、何事もチャレンジしてみるべきだ。
「えいっ」
「わぁ、それお風呂用じゃないじゃん」
「もぉ。スイったら」
「ええい、入っちゃえ、入っちゃえ」
「……」
「うわぁ、ミユキ狭いよぉ」
「よし、私も入っちゃおう」
「ぬぬ、セイラの身体さわさわしてやろうぞ」
「うわ、入る順番ミスった!」
「せっかくだし私も」
「う〜ん、押し潰される〜」
「ミユキの身体、悪くないかも」
「もぉ、セイラったらえっち」
「……やれやれ」
「わあ、狭すぎだよ〜無茶だよ〜」
一つのバスタブにメンバー全員が収容された。少なくなっていたお湯も水位が上がって溢れそうだ。
「ふふふ、私たちって本当に馬鹿だよね。全然ディアーナじゃないや」
ナナは笑いながらそう言った。
私もそう思う。でも、みんなのことが大好きだよ。
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