アイドルも魔法少女に

 うーん、ちらし寿司。


『あっ、目が覚めた?』


 えーと、ちらし寿司を食べる夢を見た。

 何でちらし寿司なのかな?

 もう少し高いやつを用意してよ。

 せっかくの夢なんだからさ。


「何変なこと言ってるの? でも目が覚めてくれて本当によかった」


 ナナはそう言うと、目に涙を浮かべながら、私を抱きしめてくれた。


「本当に心配したんやからね」


 ミユキも怒りながら、私の手を握ってくれた。


「みんな心配し過ぎだよ。スイはあの程度じゃくたばらないから」

「……同じく」


 セイラとマホはそうやって言ってるけど、私のことを心配してくれてる表情だった。

 まあ、体力には自信があるからね。

 私は風邪も滅多に引かないのだ。


「ごめん、ごめん。みんなありがとう。気を失ってどれくらい経ってたのかな?」

「10分くらいかな。本当に身体は大丈夫?」


 ナナはまだ私のことを心配そうに言った。

 そんなに時間は経ってないんだね。

 それに場所も別の部屋に変わっていて、私たちだけにしてくれたみたいだ。


「身体かぁ。別にピンピンしてるけど、でもちょっと疲れがあるかな? 運動したあとみたいな感じ」


 気分が悪いとかそういうのはないけど、走ったあとみたいな疲労感は確かにあったのだ。


「みんなは魔法が使えるかどうか試してみた?」


 私が聞くと、みんなは首を横に振った。


「ごめんなさい。私が迷惑を掛けたせいかもしれないけれど、でも今なら試してみたほうがいいよ。凄い力なんだし、ここから帰れるヒントになるかも?」


 異世界なんて漫画とか夢物語の世界だと思っていたけれど、こうやって私が魔法を使えたのは現実だ。これから何をすればいいのか検討もつかないけれど、まずはできることをやってみるのが一番だ。


「そうね。スイも元に戻ったし、みんなで試してみよっか。でもいきなりスイみたいになったら大変だから、順番でやりましょう。やりたい人いる? 怖かったら私からやるけど」

「私からやるね。ナナは他の仕事もあるんだし、最後でいいよ」


 最初に立候補したのはセイラだ。

 セイラは度胸があるからね。


「スイ先生。先生はどうやって魔法を使ったの?」


 先生。うん、いい響きね。

 セイラに何かを教えられる立場なんて異世界も悪くないかも。


「ごっほん。イメージがきっと大事なんだよ。そう、イメージ。岩がぶつかって壁が砕けるのを頭の中で描いてみたの」

「イメージね。そのあとに呪文を唱えればいいのかな? メテオだっけ」

「うん。でも、呪文は関係ないかも? 呪文を唱える前に砕け散ってたから」


 呪文は確かに唱えたけど、言い終わる前には魔法の効果が出ていたので、あまり関係ないと思うな。


「イメージ。イメージが大事か。歌うときとかと多分一緒だよね」

「そうだね」

「よし、やってみるか。でもスイみたいに壁を壊したら大変だから、別のものはないかな」


 セイラの言う通り、また壁を壊したら大変だ。

 でも、辺りを探しても、魔法の実験に丁度良さそうなものは見当たらなかった。

 すると、ミユキが疑問を口にした。


「これってメテオしか無理なんかな?」

「どういうこと?」

「イメージだったらさ、何でもいいんかなって。『ファイア』とか『サンダー』とかの方が普通やん?」


 確かに。

 メテオが使えるようになるのは普通は結構後で、最初に覚えるような簡単な魔法はミユキが言った通りだ。


「それだったらあそこにロウソクがあるし、まずは試してみてもいいかも」


 私はそう言うと、隅にある棚の上に置かれていたロウソクを持ってきて、みんなの中央にあるローテーブルの上に置いた。


「じゃあやってみるね」


 セイラはそう言うと、大きく息を吸い込んだ。

 そして目を瞑り、両手を蝋燭の前にかざした。

 みんな固唾を呑んでセイラを見守っている。

 先生としても生徒が成長するのは非常に楽しみた。

 すると、思いがけないとんでもないことが目の前で起こった!


「わあああ」

「やばいよやばいよ!」

「テーブルが燃えちゃう!」

「……」


 なんと、蝋燭どころかテーブル全体を覆いかぶさるように炎がぶわっと燃え広がったのだ。

 みんなそれを囲んで声を上げて大慌てだ。

 ボヤだ! 火事になっちゃうよ!

 もうセイラったら馬鹿! 張り切りすぎだよ!


「ちょっと水もらってくるから!」


 先生も大変だ!

 私が慌てて水を貰いに走り出そうとすると、マホが落ちついた様子で肩を叩いて首を横に振った。

 そして彼女は目を瞑り、燃え盛るテーブルに向かって手をかざした。

 すると、炎の中から水蒸気みたいな白い煙が立ち上り、火事は収まったのだった。


「マホ、凄い!」

「賢い! そうやって魔法を使うんやね」

「助かったぁ」

「ありがとうマホ」


 みんなが褒め称えると、マホはニヤリと口角を上げた。


「みんなごめんね。やりすぎちゃった」

「もう、セイラは危ないんだから。先生びっくりしちゃったよ」


 あまり大事にならなくてよかったよ。


「じゃあ次は私が試してみるね」


 ミユキは挙手すると、バケツで水をかぶせたように濡れたテーブルに向かって手をかざした。


「何をするの?」

「まあ見てて」


 ミユキは唇をぺろっとなめると、やる気に満ちた目になった。


「うわあ」

「こんなこともできるのかぁ」


 私は思わず声を上げ、セイラは腕を組んで感心するように頷いた。


「わあ、もうだめ。本当にどっと疲れがくるんやね」


 ミユキは倒れ込むようにソファに身体を任せた。

 ちょっと先まで炎が立ち上り、そしてびちゃびちゃに濡れたテーブルを、カチンコチンに凍らせたのだ。


「……冷たいし硬い」

 

 マホは凍ったテーブルをコツンと叩いてそう言った。


「じゃあ最後に私ね」


 ナナはやっと出番が来たといった感じで、意を決した表情だ。


「ナナはどんな魔法をやってみるの?」

「私はセイラたちとはちょっと系統の違うことを試してみるね」

「違う感じ?」

「うん。ミユキって以前腰を痛めてたよね。ちょっとうつ伏せで寝てもらってもいい?」

「あっはい」


 ミユキはナナに声を掛けられると、姿勢を変えてうつ伏せになった。

 ナナは横たわったミユキのシャツを少しだけめくり、腰に手を重ね、集中するように目を瞑った。


「わあ、なんか温かい。そしてピリッとする。病院で治療を受けてるみたい」


 ナナはしばらく同じ姿勢で時間を過ごした。


「もう大丈夫かな?」


 ナナが手を離すとミユキはソファから立ち上がり、身体を確かめるように腰を回し、屈伸を繰り返した。


「うわあ。身体が軽くなったわ。さっきの魔法の疲れも少し抜けたみたい。ナナ、ありがとう」


 ミユキがナナに感謝をすると、ナナは安心したように微笑んだ。


「ゲームだと必ず回復魔法ってあるでしょ? だから似たようなことができるんじゃないかと思ったの」

「なるほど。確かに」

「疲れは?」

「みんなほど疲れてないみたい。同じことだったらもう何回かできそうかな」

「おお、便利。それだったらコンサートで三公演あるときにも使えるね」

「もうスイったら」


 ナナはそう言うと、私の頭をポンポンと叩いた。

 これで全員魔法ができることが発覚した。

 私たちは魔法少女になったのだ。

 

 アイドル×魔法少女

 

 ファンの方も事務所の人たちもびっくりだよね。

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