アイドルにドッキリその三

 ナナの交渉のお陰か、世界遺産にありそうなこの建物の奥にある客間みたいな部屋に通してもらった。質素だけど造り物じゃない生活感もあって、まるでハリウッドのセットみたいだ。

 これ、本当にドッキリなのかな?


「ドッキリにしては流石にお金掛けすぎじゃないかな?」

「……そう思う。カメラも見当たらないし」

「テッテレーて音、聞こえないもんね」


 マホも同じ感想だ。


「セイラはどう思う?」

「よく分かんない」

「ミユキは?」

「同じく。ていうかやばくない?」


 部屋の隅にいるボディーガード? 衛兵? みたいな人たちは私たちの会話を聞いて『ゴッズワード! ゴッズワード!』とか叫んでるよ。

 日本語だからね?

 よし、私も状況をちゃんと真面目に考えよう。

 そのためにはまずご飯か飲み物だ。

 テーブルの上に置かれたグラスに口を付けてみた。

 うん、美味しい。

 紅茶?

 喉にも優しくて結構いけるかも?


「これ、コンサートが終わったあとに飲んだら、喉の回復に良さそうだよ」

「スイは大物というか、変わらんでええね」


 ミユキは溜息をつきながらそんなことを言った。

 すると、スカーフの人たちと隅で話をしていたナナがこちらまで戻ってきた。

 ナナは帰国子女でクウォーターだし、外国人相手でも頼りになるのだ。


「どうだった?」


 セイラがそう言うと、ナナは首を横に振った。


「私たちが単なるアイドルだって説明してみたけど、全然通じなかったよ。ドッキリにしてはやり過ぎだし、そういうことじゃないみたい」


 ナナは疲れた様子で嘆くように言った。

 頭の良いナナの説明でこうなるんだから、本当に理解不能だ。


「……となるとここは異世界?」


 マホはぼそっとそんな言葉を発した。

 えっ、異世界?

 それって凄くない?


「異世界?」

「異世界」

「外国ではないんよね?」

「いきなりこんなところに連れてこられるんだから、どっちでも同じだよ」


 ミユキとセイラは同じ言葉を呟くと、ははっと乾いた笑い声を出した。


「これってやばくない?家族や友だちにもう会えへんってこと?意味わからへんよ」


 ミユキはそう言うと、俯いてシクシクと泣き始めた。

 ナナを見てみると、彼女も目に涙を滲ませて堪えていた。

 あれだけ普段は逞しいセイラも今にも泣き出しそうな表情で、鉄仮面のマホですらも悲しい表情を浮かべていた。

 

 うん。これはやばいかも。

 こういうときは私の出番だ。


 私はまずミユキの手を握り、肩を寄せて抱きしめた。

 ミユキってぷにっとしていて、こういうところ可愛いんだよな。


 次はナナ。

 ナナはしっかり者だけど、本当はそんなに強くないから、泣きたいときは泣いてもいいんだ。

 だから私に無理やり身体を引っ張って抱き寄せて、頭を撫でてやった。

 倍返しだよ?


 そしてセイラ。

 彼女の頬にキスをしてやった。

 そしたらセイラは、顔を赤らめた。

 セイラもしっかりしているけど、こういう隙のある女なのだ。


 最後にマホ。

 彼女も隙のある女の子二号。

 だから無理やりお尻を触ってやった。


「ひゃっ」


 ファンの皆さん、彼女はこういう声も実は出せるんだぜ?

 そして締めに抱きつく。

 はい、おしまい。

 手の掛かるチョロい女たちだぜ。


「友だちや家族に会えなくなるとかそういう話は止めよう。私たちは今までも大変なときはあったけど、一緒に乗り越えてきたんだ。だから私たちがみんな全員で力を合わせれば、笑い話にできる日がすぐにやってくるよ」


 私がそう言うと、皆で手を繋いで円を描いた。

 右手も左手も暖かかったし、みんなが揃えばきっと大丈夫だ。


「よし。悲しい顔はもう終わりにして、これからのことを考えよう」

「そうだね。スイの言う通りだ。もう少し前向きに考えましょう」


 ナナも立ち直ったみたいで、いつものキリッとした表情に戻った。

 ミユキセイラセイラマホもみんな同じ目で頷いている。


「ナナ、教えて欲しいんだけど、最初会ったとき、私たちを『女神様』とか言ってたじゃん。それってどういうことを根拠にして言ってたのかな?」


 セイラが問いかけると、ナナは説明してくれた。


「聞いていたと思うけど、まず女神が現れるという伝承があったそうなの。毎日何年も拝んでたんだって。そしたら私たちが現れたというわけ」


 それはスカーフの人たちが泣きながら言ってたことだ。

 ていうことは私たちはこの人たちに召喚でもされたの?


「それともうひとつ事実が発覚したの。笑わないで聞いて欲しいんだけど」


 うん。

 みんなナナを見て固唾を呑んだ。

 ごくり。


「私たちには魔力があるらしいの」


 なんだってー。

 みんな目が点になっていた。


「魔力って何?」


 私が聞こうとすると、ミユキが先に口をした。


「あそこにスラッとした背の高い女の人がいるでしょ? あの人には私たちが魔力を持ってるのが見えるんだって。それを聞いて偉い人がだから伝承は正しかった、私たちを女神様だって信じ抜いているわけ。魔力があると魔法が使えるから、それで森の神さまを鎮めることができるそうだよ」


 ナナが指差したスカーフの人たちの側に、スカーフを被っていて顔はよく見えないけど、腰に剣の鞘を備えた背の高い女の人がいて、こちらをじっと見ていた。


「女剣士? カッコよくない?」

「そんなことより魔力ってなにさ。新興宗教なのかなここ」


 セイラは疑った目で女剣士の方を見ていた。


「魔法ってどうやってやるんだろ? 呪文とか唱えるのかな?」

「ホイミとかファイアとかサンダラとか?」

「……じゃあ、とりあえずやってみる?」


 セイラは何を馬鹿なこと言ってるの? ていう目をしてるけど、私はマホの言葉を受けて先んじてやってみることにした。

 だって魔法使えたら凄えじゃん!

 よし集中しよう。

 そして手を伸ばして構える。

 私が好きな魔法はメテオだ。

 隕石が飛んでくるってなんかカッコいいじゃん。

 どかんと爆発させるのがたまらないんだよね。

 よし、あそこの壁に投げつける、石がぶつかって砕けるイメージをしてみよう。

 よし、イメージができた。

 それで呪文を唱えるんだ。


「メテ、ってあれ?」


 ドッカーン!


 文字が大きく飛び出してくる漫画みたいな音で、私が腕を伸ばした方角にある壁が、呪文を唱える前に砕け散って風穴を開けた。


「あぁ、神の奇跡だ」

「女神様も私たちの味方になってくれるのですね」

「「「スイ!! 」」」


 そんな言葉が遠くから聞こえた気がした。

 そして全身の力が抜けて、私はまた気を失った。

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