アイドルも将来を考える
今日宿泊するホテルは古い建物をリノベーションされたされたもので、とてもお洒落なところだった。
五人一部屋で泊まれるところで、ここを見つけたのはセイラだ。
そう、ここ映えるんだよ!
ベッドや窓、隅に置かれている時計なんかも小綺麗で、何だかいい感じ。
セイラのセンスは侮れないなぁ。
よし、ブログネタのストックができるぞ。
「私たちも成長したよね」
「そうだね」
ナナとセイラはさっき撮った写真を見て、そんなことを言っていた。
「デビューから目標にしていた武道館にも立ったじゃん。これから何目標にしよっか」
「国民的アイドル?街を出歩けないくらいのスーパーなアイドル」
ナナがしんみりした感じで言ったので、話に割り込んでみた。
「国民的アイドルかぁ。どうやってなるんだろうね」
「事務所の力ちゃう?」
「そういうこと言わないの」
「ナナは真面目なんやから」
ミユキも間に入り込んできた。
「ナナは卒業とか考えるん?」
「えーっと、考えない訳じゃないかな?やっぱり他のグループのメンバーが卒業するのを見たりすると、今後どうするんだろうって、考えちゃうよね」
「それ、分かる。今年受験やし、大学卒業したらどうなってるやろ」
「ミユキもナナも大学に行くんだっけ?」
ミユキとナナは高校三年生で、今年受験生だった。
「そのつもり。芸能一本でって気持ちもない訳じゃないけれど、厳しい世界だしね」
「ナナは勉強できるんやし、行かへんのは勿体ないよね。私もどうしようかと思ったけど、親も行ったほうがいいっていうから、行っておこうかな、みたいな」
「ふーん」
私は高校一年生なので、まだ先のことは全然考えていなかった。
「セイラは?」
「私は行かないな。この世界で生きていくって決めてるから」
「マホは?」
「……私も行かないつもり。お金も勿体ないし」
セイラとマホは高校二年生。
セイラは当然って感じだけど、マホもそうなんだ。
マホはベッドの隅でスマホゲームをしていた。ミユキの言葉を聞いて、スマホを閉じた。
マホってどこにいてもブレないよね。
「そっかぁ。二人ともちゃんと考えてるんだね」
ナナはまた考え込むように、口ずさんだ。
「ねえね、私には聞いてくれないの?」
「スイは何も考えてないでしょ?」
「てへぺろ(・ω<)」
ナナの言う通り図星なんだけど、悔しかったので枕を投げつけてやった。
「うわぁ、ひどいい」
「えいっ」
「ひゃっ」
「とうっ」
「シャッ」
「ははっ」
私の投じた枕を開戦の合図に、みんな枕投げに参戦してきた。
それがしばらく続いた。
何気にマホの投げる枕は鋭い弾道で、結構痛かった。
くそう。
「何だか修学旅行みたいで楽しいね」
ナナは笑いながらそう言った。
私はその表情を見て満足した。
ナナも笑ってるのが一番だ。
「修学旅行といえば、あと何すればいいんだっけ」
「恋バナ?」
「えっ、それ聞きたい」
……
……
…
そう、私たちはアイドルだった。事務所からキツく言いつけられているので、そういう普通の女の子が経験するような感情は皆無だった。
ファンを悲しませちゃ駄目だしね。
「……肝試し?」
沈黙が包む中、マホがボソッとそんな言葉を発した。
「肝試しか。それ楽しそうだね」
意外と乗り気だったのはセイラだ。
彼女のハマるツボは未だによく分からない。
「そういえば階段で上がる途中に、変なドアあったよね」
「あったね」
「そこ行ってみる?」
このホテルは元々が古い建物だったせいか、造りが少し変だった。中二階みたいなところにラウンジがあり、その奥には門みたいな、奇妙な大きなドアが用意されていた。
「あそこ横切ったとき少し気になっててん。何があんのか見てみようよ」
ミユキも前のめりだった。
「ナナはどうする?」
「じゃあ、肝試しとは違うと思うけど、みんなで行ってみよっか」
意見は一致して、そのラウンジまで行ってみることになった。
もう寝る準備をしたあとだったけど、ちゃんと化粧し直して服装も完璧に仕上げて支度して部屋の外に出た。
だってアイドルだからね。
「さっきのこれからの目標だけどさ、折角だから大きな目標を立てようよ」
私はナナにそんな言葉を掛けた。
「最初は『世界を席巻するアイドル』というのがグループのコンセプトだったんだし、それよりもでっかい目標を立ててやろう」
私たちのグループは当初、そういうコンセプトの下に結成された。
だから英語も勉強させられたし(そのお陰もあって、英語の成績だけはいいんだよ)、そのためにはまずは武道館というのがグループの目標だったんだけど、私たちも大人になっていったせいで、それすらも大変な目標だって知り、当初のコンセプトなんて無理難題だとみんな思い込んでいたのだ。
「うん。そうだね。リーダーの私が弱気になってちゃ駄目だ」
ナナはさっきまでと変わって、凛とした表情になった。
うん。これでこそ私たちのリーダーの顔だ。
「ちょっと二人だけでみんなの目標を立てへんでよ」
「そうそう、仲間なんだからさ」
「……」
ミユキとセイラも割って入ってきた。
マホは無言で無表情だけど、私抜きに決めるなよって顔してる。
「よし、じゃあ新たな目標を発表するね」
「何でスイが?」
「うるせえ」
「テヘ」
なんだよこっちが真剣な表情になったのにミユキは茶々を入れてくるんだ。
「じゃあもう一回。新たな目標を発表するね」
「「「はい」」」
「新たな目標は、『世界中を幸せにするアイドル』です!」
どやっ、結構でかい目標やろ。
スイしか勝たん。
……
…
どやっ?
「ははっ、あんまり締まらなかったね」
「そうやね」
「でもスイらしくて大きくて馬鹿でいいと思うよ」
「……最初のコンセプトと殆ど変わらないと思うけど」
くそう、結構いい目標だって思ったんだけどな。
それにセイラ、馬鹿とはなんだ!
それにそれにマホ、殆ど喋らないくせに、適切なツッコミは何なんだよ!
「世界中を幸せかぁ。海外ツアーしてみたいね」
「そだね。武道館とはまた違う世界が映るんだろうなぁ」
でもセイラとナナも納得してるみたい。
海外ツアーは絶対楽しいと思う。
「締まらなかったのは『世界中』だったからかな? 『全宇宙』に変更しようかな」
「スイ、目標変えるの早すぎ。それにそういう問題なん?」
「金星ツアーとか火星ツアーとか想像したら楽しくない?『銀河を駆け抜けるアイドル』なんてさ」
「その頃にはもうおばあちゃんやろ」
「ははっ。一層のこと、異世界とかも幸せにしちゃおうか」
「おお、セイラ、分かってるじゃん」
「私のアイドル力も試されるわね。言葉は通用するかな?」
セイラも何だかやる気に満ちてきたようだ。
彼女のスイッチがどこにあるのかよく分からないけれど、こういう時にはたまに気持ちが一致するのだった。
「じゃあ、これからの目標も決まったところで」
こんな馬鹿話をしていると、私たちは目的地にたどり着いていた。
目の前にあるのは大きな門みたいなドア。
凄くお洒落なラウンジなのにここだけ悪目立ちしていて、肝試しとはちょっと違うけど、不気味な雰囲気もある不思議なドアだ。
「この先に何があるんだろ」
「トイレとかだったら笑っちゃうわ」
確かに。トイレのドアがこんなのだったら、お金の使い方を間違えていると思う。
「お化けでてきたらどうする?」
「ひゃっ」
ミユキはそんなことを言うと、私の首筋にフッと息を吹きかけてきた。
「スイは可愛いね」
私がミユキを見て少しむくれていると、ナナは私の頭をまたポンポンと叩いてきた。
私は単純なのだ。
「何があるのかは、開いてからのお楽しみね」
ナナが空気を締め、私たちは目配せすると、そのドアにみんなで手を重ねた。
そして自然と、コンサートの前にするみたいに声掛けが始まった。
「ナナ!」「ミユキ!」「セイラ!」「マホ!」「スイ!」
「「「ウィーアー ディアーナ」」」
私たちはみんなで一斉にその扉を開いた。
扉の先から漏れ出てくる光はとても強くて眩しくて、私たちはみんな気を失った。
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