アイドルにドッキリその一

 うーん、いなり寿司。


『スイ、寝ぼけてんの?』


 えーと


『ねえ、起きて! よく分からへんことになってるよ』


「うっ、夢か」


 いなり寿司を食べる夢を見た。

 何故こんなタイミングでいなり寿司なのだろう。

 ウニとかとろでいいじゃん!

 いなり寿司も美味しいけどさ。


「どうしたの、急に」

「急にって。さっきまで何してたか覚えてる?」


 さっきまで何してたんだっけ?

 そうだ、温泉入って枕投げしてちょい肝試し。


「急にピカッと光って、気を失ってたんだっけ? ミユキは大丈夫だったの?」


 そんなことがあったんだ。

 何だか大変なことが起こっている予感。


「私も目が覚めたのはついさっき」

「ていうかここどこ?」

「どこやろ。なんか舞台のセットを本物にした感じやけど」


 私たちが倒れていたところは屋内の石畳。ゲームに出てくる神殿みたいな雰囲気だった。


「ねえねえ、ナナ姉大丈夫?」

「うっ」


 とりあえず一番のしっかり者のナナの肩を揺らした。


「あれ、ここ、どこ?」

「分からへん。ていうか扉もなくなっとるし」


 そう、周囲をぐるりと見渡してびっくり仰天。

 私たちが入ってきたはずのドアの跡形もないのだ。

 すると、セイラとマホも私たちが側でざわついたからか、むくりと起き上がった。


「これってやばくない?」


 ミユキは慌てた表情で言った。


「ホテルの別室、ていう訳じゃないよね」

「どっかに飛ばされたとか?」


 私が最初に思いついたのは、ドアの光のせいでどこかに飛ばされたというものだった。

 でも、そんなことが現実で起こるわけがないなんて、馬鹿な私でも分かる。


「何か変なこと起きちゃった?」


 目を擦りながら、不安そうな表情でセイラは言った。

 すると、マホは表情を変えずにボソリと呟いた。


「……ドッキリ?」


 ドッキリ。

 えっ、ドッキリ?

 こんな大掛かりなセットを用意してもらえるくらい私たち有名になったの?

 やったぁ!


「ドッキリとはちょっと違う気がするんだけど、ドッキリなのかな?」


 ナナは戸惑った様子で周りを伺ってそう言った。


「ドッキリだったら凄くない? 私たちこんなにお金掛けてもらえるようになったんだよ?どこの局で放送するのかな?」

「ちょっと、スイ、テンション上がり過ぎ」


 ミユキにコツンと頭を叩かれた。


「でも、ドッキリやったらさ、私たちに気を失わせてまでやる?」

「確かにそうね。流石にあのマネージャーでもそんな企画は止めてくれると思う」

「えっ、そう? あの鬼マネージャーだよ? 私たちのこと何とも思ってないでしょ」

 私たちのマネージャーは小関と言って、敏腕らしいけど忘れ物が多かったりやたらレッスンが厳しかったりする嫌な奴なのだ。本当に敏腕だったら私たちはもっと売れているはずだし、あいつは単に嫌なろくでなしだ。

 大体都合よく一週間もお休みをくれるなんて変だと思ってたんだ。

 結局仕事だよ。

 そんなことは面と向かっては言えないけどね。


「ちょっとスイ、心の声漏れてるよ。セイラはどう思う?」

「ドッキリ説が正しいかってこと? どうだろう。これがもしゲームや小説の世界なら、どこか違う世界に飛ばされちゃった、ていうことなんだろうけど、流石に現実的ではないよね。とりあえずドッキリとして行動してみる?」

「ミユキは?」

「ドッキリなんかなぁ? でもそれ以外は思いつかへんね」

「やっぱりそれしかないのかな? ちょっとやり過ぎな企画な気もするけど、何もしないでぼーっとしてるより、そういう風に考えることのほうが建設的かもね」


 ナナが私たちの話をまとめてくれた。

 そうだね。ナナの言う通り立ち止まっているよりも、何か行動に移したほうがいい方に転ぶはずだ。


「……ドッキリと分かってる感じ出してる私たち良くないよね」


 マホはナナの言葉を受け止めると、冷静に呟いた。


「マホの言う通りだ。この状況はまずいかもしれない」

「スイでもそれが分かるんやね」

「うるさいミユキ」

「そうだ。切り替えないと」

「……うん」

「じゃあ十秒経ったらもう一回最初からやり直しね」


 ナナが手を叩く合図を出すと、みんな一斉に床に寝転んだ。

 硬くてちょっと痛いけど、ひんやりしていて気持ちがいい。

 十、九、八、……一。

 時間が来た!


「ねえねえ、起きて」


 ミユキは私の肩を揺らした。


「えっ、ここ、どこ?」

「分からへんけど、変なところやわ。ナナも起きた?」

「うん。何これ? セイラ分かる?」


 ナナが呼びかけると、セイラはゆっくりと身体を起こした。


「ええと、分からない。何が起きたの? なんか怖いよぉ」


 するとセイラは目に涙を浮かべ、とても不安でもの悲しげな表情を作った。

 くそう、その手があったか!

 私も負けてられない。


「ねえねえ、マホ起きて! 死んじゃ嫌だよ!」

「何?ちょっと痛い。勝手に殺さないで」

「ごめんなさい」


 マホの身体を激しく揺らすと、鋭い視線を突き刺された。

 ちょっとやりすぎたみたいだ。

 本当にごめんなさい。

 ナナは辺りを見渡して、慌てた様子で言った。


「みんな起きたよね。どうしよう。これは由々しき事態だよ」


 すると、マホも言葉を続けた。


「とんでもないことが起こってしまった」


 マホは珍しく会話に積極的に参戦しようとしているせいか、台詞が棒読みだ。


「怖い、怖いよう」


 ミユキはそんなことを言うと、ナナに抱きついた。

 くうっ、このペースは不味い。これは持っていかれるぞ。

 そうだ。


「見える? あそこの奥に、大きなドアがあるよ。まずはここを出よう!」


 私はそう言うと、部屋の奥を真っ直ぐに指差した。

 どやっ。頼れる女感が出ているやろ?

 他のメンバーは私の指差した方角へと顔を向け、そして一斉に頷くと、立ち上がって歩き出した。

 私たちはアイドル。

 どんな仕事も一生懸命なのだ。


「「「せーのっ!」」」


 少し年数が経ってそうな木製のドアノブに私たちは手を掛けた。

 扉を押していくにつれて、ミシミシと音が鳴るの。

 そして、重い扉をやっと開いたと思ったら、目が点になるような光景が広がってたんだ。

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