第13話 孫子の兵法

 まばゆいばかりの水平線。ただ海が広がる。その虚空に二人の少女。

 孫墨子と知恵=ベルナルディの二人が向かい合うように浮遊する。きちんとした軍服をまとい対峙しながら。見る人が見れば即座にわかるであろうそのデザイン。アメリカ合衆国海軍と大日本帝国海軍の将校が着用する制服―――ただ下はスカートにアレンジされていたが。

「史実通り、貴国の海軍暗号書D1は解読済みだよ。”AF”がミッドウェー島であることも」

 挑発的な知恵の声。まるで歴史の授業のように説明する。ミッドウェー海戦の勝敗の最初の分かれ目となった暗号解読。このシミュレーションでも当然それは織り込み済みのようだった。

「それはしょうがない。私の”権限”の範囲を超えている。私はあくまでも前線指揮官。承知の上さ。逆に私もこの世界では島の周辺に3隻のアメリカ艦隊の空母が存在することを知っている。そんなに悪い勝負じゃない」

 それに応じたように知恵は右手をあげる。指の細かい動きでコンソールを操作する。

「ミッドウェー島に増援完了。TBFアヴェンジャー配備完了。及び精鋭の海兵隊員補強。うかつに艦船が近づけば...TBFの雷撃でやっちゃうよ。大和を沈めたようにね」

 ふっと、鼻で笑う墨子。

「史実と全く同じ備えとは片腹痛い。当然先手は取らせてもらうぜ」

 二人の間に《日本時間6月5日0130》の表示が浮かび上がる。そして、それと同時に墨子の背後から多数の飛行機が放たれた。

(これって一体...)

 そんな奈穂の疑問に答えるように墨子は声を上げる。

「零式艦上戦闘機36機を先頭に、九九式艦上爆撃機36機上空展開、九七式艦上攻撃機36機その下方に展開、合計108機一気にミッドウェー島を攻撃する!目標、敵滑走路及び航空機!」

 遥か彼方へと無数の飛行機は編隊を組みつつ消えていく。そう、それは知恵の背後に吸い込まれるように。それを受け流す知恵。こころなしか焦りの表情を浮かべて。

「この段階では我が国の零式艦上戦闘機のスペックそして搭乗員の技能には貴国が及ぶべくもないのは知ってるよな?アメリカさん」

 こくんとうなずく知恵。空中に別フィジカルウィンドウが展開する。日の丸を掲げた戦闘機に次から次へと撃墜される基地航空隊。その合間を縫って、島に接近する日本攻撃隊。燃え上がる砲台。そして土煙を上げる滑走所。基地機能が次々と失われていく。その様子を見ている知恵は違和感を感じる。これほどの攻撃なのに火柱が見えない。それが意味するところは―――

 知恵は両手を目の前で固く結ぶ。眼前に溢れ出す膨大な数字。その中の一つを掴みだし拡大する。アリストテレスシステム機能の一つ、”立体化された各種パロメータの把握”である。膨大な数字データを瞬時に解析することができるシステムである。当然、その性能は利用するものの能力に大きく依存する。

「こ、これは...!」

「智将は務めて敵に食む。敵の一鍾を食むは、吾が二十鍾に当る」

 慌てる知恵を尻目に朗々と述べる墨子。孫子の一節である。

「重油を...あえて重油施設を爆撃しなかったな!...この戦闘が終わってから自分のものにするために...いいだろう、こちらの勝利に終わればむしろ勝利点の上乗せになる行為だからな」

「負けることを前提としていては、戦にならない。無論勝利する算段があっての決断だ」

 ミッドウェー島から帰途につく日本攻撃部隊。墨子の右耳に着信のマークが浮かび上がる。

『利根索敵1号機より報告。敵15機と見られる部隊我が艦隊に向け移動中なり』

 ニヤリと笑みを浮かべる墨子。人差し指で空を指すと6機の零戦が直掩へと飛び立つ。

 空中のバーチャルフィジカルコンソールを必死に操作する知恵。

 ついに空母同士の全面対決が始まろうとしていた--―

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