第11話 リニーの戦い

「で、町から歩いてきたと」

 ジャージに着替え、バスタオルでごしごしと頭を拭きながら墨子はその質問にうなずく。

「いやー、まいっちゃったよちょっと目を離したすきにバスでちゃうんだもん」

 バスは野生動物みたいなものなのかな、という疑問が奈穂の脳裏に浮かぶ。

「久しぶりにいいトレーニングなってよかったけど」

「トレーニングって...バスで二時間だよ!歩いたら...」

「走ればすぐさ」

 にっ、歯を見せて微笑む墨子。

(二時間×時速平均三十キロメートルとして...いかん、頭がおかしくなりそうだ...)

 その思考に割り込む重々しい鐘の音。時間はもう、正午をまわろうとしていた。はあとため息をつく奈穂。明日は入学式だ。面倒なことは明日にまわして寝ようかな、と思った次の瞬間。

「墨子さん、聞いたことあるわ。例の”選抜”選手だよね。中学の”ヘルト”級」

 ”選抜””ヘルト”知恵の発する聞きなれない単語に戸惑う奈穂。

 一方墨子は、その言葉ににやっと薄ら笑みを返す。

「あんたもな、”参謀長”」

 混乱する奈穂。何やら中二病的な単語の応酬に悩ましいものを感じながら。

「一つ、入学前にお手合わせいただけますか?せっかく同室なったということもありますし。奈穂さんにこの学校の醍醐味を伝えたいところもありますし」

 無言でうなずく、墨子。

(えっ?寝るんじゃないの。っていうか私何も了承してないんだけど)

 二人はすっと立ち上がりドアのほうへ向かう。ロックが自動ではずれ重々しい音とともに開く。

「早く、手ぶらでいいから」

 呆然としていた奈穂が手をつかまれ促される。まるで引っ張られるように寮の階段を登っていく。こつこつと夜の寮内に響く足音。

「あのさ...夜は寝たほうが...その、消灯時間だし」

「さっき、端末で許可を取った。入学前に”自習”したいと。管理AIからは”勉強熱心でよろしい”というお褒めの言葉をいただいたよ。もちろん宍戸さんの許可もとってあるから安心してね」

(”とってあるから”じゃねーだろ!相談しろ!)

 しかし、苦情の言葉を形にする前に、知恵は歩みを止める。大きな扉の前にたたずむ三人の未来の女子高生。恰好は寝巻とジャージの何とも言えない姿であったが。

 軽く手首を扉にタッチする知恵。瞬時に静脈生体認証がパスされ扉が内向きに開く。”自習室”と非電源液晶札が扉の上に見えた。

 部屋に入る三人。真っ暗な空間。端末を操作する知恵。次の瞬間、部屋の照明が一気に立ち上がる。

「...自習室なんでちょっと規模は小さいけど。まあ力試しってことで...いいかな」

 広大な空間。バレーコートなら二面くらいはとれそうだった。真ん中に置いているいかめしい機器が起動音を発する。

「望むところだ」

 墨子が奥のコンソールに移動する。それを見届けた知恵は逆側のコンソールに。奈穂はただその場に突っ立ったままで。

(おい!説明しろよ!この状況!)

「歴史対戦シミュレータ『イブン・ハルドゥーンVER3.5』ちょっと旧式だけど、二人くらいの対戦だったらこれで十分すぎるくらいだ。準備は?」

 無言で親指を突き出す墨子。うんと知恵はうなずく。

 呆然として事のなり行きを見守る奈穂に画面越しに知恵は話しかける。

「この学校の教育の根幹となるシステム『アリストテレスシステム』の真髄を見せてあげるね」

 そう言い放つか否か、まばゆいほどの光が目の前にあふれる。

 戦いは今始まった―――


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