第10話 山海関の開門

 ごうごうと音がする。あけ放たれた窓、夜の暗闇と冷たい空気が部屋に入ってくる。その闇の中からうっすらと現れる、人影。奈穂はハッとして、知恵に抱きつく。

(この部屋...二階だったよね!)

 声にならない、叫び。知恵のほうはまったく意に介さず、奈穂を受け入れる。人影がゆっくりとその姿を明らかにする。ピタピタと床に滴る水滴。長い髪が大量の雨を吸い込むように垂れている。その髪の毛をかきあげるようにして一言大きな声が放たれた。

「遅れちまった...」

 意外な一言。部屋の明りに照らされているその人物。服装は濡れそぼっているが、この高校の制服らしかった。

「バスがな...乗り遅れちまって...歩いてきた。雨は降るしもう最悪」

 ドスンと床に背負っていたデイパックをおろすと、自分の体も同じように床に預ける。奈穂は気づく。その少女がどうやら待ち人であるらしいことを。

「なんで...窓から...」

「しゃーねだろーよ、正面玄関が締まってるんだから」

 うん、と知恵がうなずく。

「寮は門限にうるさいからね。もっとも学園敷地内に入ってしまえば、少々荒っぽいことをしても問題ない感じだけど」

 知恵はあけ放たれた窓の扉に視線を移す。明らかに力任せにこじ開けられた跡が見えた。

「まあ、この雨の中で一晩過ごすわけにもいかないし...ちゃんと後で直しとくから...」

 そういいながら彼女は荷物をごそごそと探る。そして何やらくしゃくしゃになった紙を取り出し二人の前に高々と掲げる。

「同室になった、孫墨子だ。ちょいと変な名前だけどよろしくな」

 名前じゃない、気になっていることは。奈穂は情報量の多さに何から尋ねたらよいか途方に暮れる。

「私は知恵=ベルナルディ、こちらは宍戸奈穂さん。よろしく」

 まったくの平静のふうで知恵が自己紹介をする。

「知恵に、奈穂。よろしくな」

 はにかむように答える墨子。

 外の雨はまた激しさを強めたようだった。

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