第2章 桃園の誓い

第9話 梁山泊に集いし者達

 入学式前日。部屋には真新しい制服が二着、壁にかかっていた。一つは奈穂のものでもう一つは知恵のものである。ひとまわりサイズが違うことからも所有者は自ずと知れた。広い部屋。その奥の両端に二人の机とベットが寄せられていた。そしてドアの手前には結構広いスペース。昨日までは二人の所有空間だったところは意図的に空けられていた。昨日の夜、寮の舎監が不意にこの部屋を訪れた。いかめしい恰好。事務の人とはまた違った、執事―――というかまるで前世紀のヨーロッパの軍人のような恰好をした20代後半くらいの女性であった。すっと、書類を手渡す彼女。簡単にその内容を説明する。それは

『この部屋にもう一人、ルームメイトが追加される』

 という旨の業務連絡であった。

 えっ?と声にならない声を奈穂はあげる。入学式の前日。あまりにも唐突な話である。そんなやり取りをさらっと流すように背後の知恵は読書に没頭している。

(ほんと、こいつ...)

 自分に気持ち悪いほどに執着することがあると思えば、まったく無関心な時もある知恵。

『俗な奈穂さんには興味ないんだな~』

 わけのわからないことを知恵がもらしていたことを思い出す。

 奈穂はただうなづき、部屋の片づけを始めた。もともと、広い部屋ということもあり、三人目のスペースを確保することはそんなに難しいことではない。そもそも知恵のテリトリー自体がその体に比例して少ないこともあり、小一時間で新たなルームメイトを迎い入れる準備は―――できていた。

 古めかしい柱時計が鐘の音で夜の十一時を告げる。本来であれば就寝時間のはず。しかし、奈穂も知恵も寝ようとはしない。知恵は就寝時間を過ぎてもタブレットで何やら怪しいことをしているのが日課であるが、奈穂は珍しく、ナイトウェアを着こみ夜具をまとって椅子の上にちょこんと座っていた。外は明日の入学式が危惧されるくらいの大雨。頑丈そうな窓がガタガタと小刻みに震えていた。春の嵐、とでもいうのであろうか。

(寝るわけに...いかないよな...)

 待ち人来たらず。明日が入学式というのに夜遅くなっても同室の新入生は姿を現さない。常識的におかしい話しだ。そもそも、なにかの手違いかもしれない。そんな風に思考を巡らしていると、自然と奈穂の口から大きなあくびが漏れた。

(...寝るか...)

 さすがにしびれを切らせた奈穂はすっと立ち上がる。しかしその刹那

 大きな音が部屋の中に響き渡る。音の発生先は窓の外―――であるようだった。震えあがる奈穂。一方知恵は全く驚く様子を見せない。

「ち、知恵ちゃん...」

 その声に反応し、知恵はタブレットから視線を外す。

「なに、宍戸さん」

「あの、あの音は...」

 はあ、とため息を一つはいて知恵は続ける。

「この時間に、学園の敷地に入ることができてこの部屋に用事のある人物―――簡単な問題だよね。怖がることはない」

「怖いよ!十分!」

 思わず奈穂は声を上げる。

 その声を合図にしたように、さらに大音響で鉄の扉が勢いよく解放される。

 雨が部屋に吹き込む。そして人の影が―――

 それは―――待ち来たりし、訪問者の姿であった。

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