六十一話 私のためにずっと準備を…


 私が連れていってほしいとお願いをしたのは、国内でも有数の大きさを誇る水族館。


 あの修学旅行の時も、先生が私を助手席に乗せて連れてきてくれた。


 ジンベイザメのオブジェの前で写真を撮っていたら、係りの人から撮ってもらえることになって、初めて二人で一緒に写った。


「あの日、ここに来たグループもあったんだろう?」


「どうでしょうか。私は一日ここにいるつもりでしたけど、他はみんな次の目的地に向かったと思います」


 あの当時、私たちが到着したのは、モデルコースのバスが到着してから一時間以上は経っていたと思う。


 私たちが着いた直後にバスが次の目的地に出発していたから、みんなはそちらで移動したのではないだろうか。


 先生と二人でいるところを目撃されたという情報が無かったのは、あとで本当のことを唯一教えた千佳ちゃんが目を丸くして驚いたということから、誰もノーマークだったことが証明されている。


「卒業アルバムには俺たち二人とも個人写真としては載ってないからな」


「でも、ちゃんと修学旅行の集合写真には載っているって、ちぃちゃんに見せてもらいましたよ」


 以前、お店に友達を連れてきた千佳ちゃんが卒業アルバムを持ってきて見せてくれた。


「しまったなぁ。それじゃ俺たちの関係がバレちまう」


「生徒に手を出した悪ぅい先生ですもんね」


「禁断の掟を破った不良生徒のせいだ」


 巨大なジンベイザメの泳ぐ大水槽の前に来て、私は足を止めた。


「原田はここが好きだったな」


 大きな水槽に、大小の魚たちが泳いでいる光景に私は吸い込まれてしまう。貴重な種類が分かるよう個別に入っているエリアよりも、こういう大水槽の方が好き。


「大洗の時もそうでしたけど、私の心の洗濯です。嫌なこともみんなちっぽけに感じてしまって。涙ごと洗い流してもらえるんですよね。だから、水族館で私が泣いていても気にしないでくださいね」


「それは難しいなぁ。横で涙を流されていたら気分はすっかり悪者だ」


「そういうときは、こうやって抱きしめてください。悪者にはなりません」


 先生の両腕を私の背中に回してもらう。


 一昨年は二人だったけれど、こんなことは許される関係じゃなかった。


 屋外のイルカや別棟のマナティーの水槽にも回って、ゆっくり見せてもらった。


 本当に最低でも半日は過ごしていたい。


「先生が私のことを見直したのはこの場所からでしたか?」


 きっと、私はこの場所でそれまで誰にも見せたこともない顔をしていたと思う。


「そうだな。それまでは学校生活という表面上でそれなりに気にはなっていたんだが、ここに来て、目を輝かせたり、泣きそうになっていたり、いろんな原田を見た。もっと知りたいと強く思うようになったのは本当だが、立場的に手を出せなかったしな」


「私を口説くには水族館って、もしかして先月も思っていたんですか?」


 私が先生からの想いを受け入れたのも、水族館だったよね。


「正直、全然決めてなかった。いろいろシチュエーションも考えたんだけど、結局は自然に口をついて出てしまった。もう少しロマンチックにしたかったとも、あの後に思ったんだけどな」


 頭をかいて苦笑いしている。


「ううん、あれで私は十分すぎるくらい幸せだったんです」


「そうだな、許してもらえるなら本番の結婚の申し込みはもっとシーンを考えてやるつもりだ」


「先生、それってもう私にプロポーズするって言っちゃってるじゃないですか⁉」


「ダメか?」


「いいえ……。間違いなく泣いちゃいます」


 笑ってしまった私の頭に、温かい手を乗せてくれる。


「元々は担任と生徒の俺たちだ。ちゃんと準備をして、みんなに祝福してもらえるようにならないとな。ずっと一緒でいられるように。結花の高認受験と同じだ……」


 ちゃんと考えてくれているんだ。きっと、私が成人する年とか、病気の経過とか。私たちのことでみんなを不安がらせないように。でも……。


「大丈夫だ。何かあれば今すぐにでも結花を欲しいとご両親に頼むつもりだ。最初に一目惚れしたときは十六歳になったばかりだったんだから。美人になったと贔屓目ひいきめなしに俺は思うぞ」


「約束ですよ?」


「あぁ、約束だ」


 淡いアクアブルーの光の中、私は先生に抱きしめられながら唇を合わせていた。

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