五十三話 先生にも「何か」ある…
散歩をしながら先ほどのチャペルの前に戻ってみると、今日の挙式は全部終わった様子で、スタッフの女性が後片付けをしていた。
「こんばんは」
「あ、先ほどのお二人ですね。お帰りなさい。少し中を見ていきますか?」
扉が開けられていて、中の様子が伺える。
「やっぱり、真っ赤なバージンロードは憧れです……」
真紅の絨毯とその先にある台を見つめている私の肩に、先生はそっと手を置いた。
「お二人とも、明日のご予定はお忙しいですか?」
「いいえ? 午前中くらいで、午後は決めていません」
そう。午前中はまたあの水族館に連れて行ってもらう約束にしている。
「よかった! それなら、明日はこのチャペルを使うのは朝の一組だけなんです。午後はブライダルフェアを行いますので、いらっしゃいませんか?」
「え? でも、私たちまだそこまで……」
本当なら、今すぐにでもしたい気はする。でも、私たちにはもう少し環境を整える時間が必要なんだよ。
「大丈夫。分かります。実際にドレスとか試着もできますし? 披露宴のお料理も試食できますよ」
「いいんですか?」
「もちろんですよ。せっかくの機会ですから」
「分かりました。ドレス着てみたいです!」
「よかった! では明日楽しみにお待ちしています」
苦笑いをしている先生と頭を下げてから、またプールサイドに戻ってきた。
「原田はやっぱり女子だな。ドレスと聞いて目が輝いてた」
「私に本番ができるのかは分かりませんけど、夢だけは見たいです。……あの、先生、ひとつ質問してもいいですか?」
「なんだ原田?」
私が突然声のトーンを下げたので、先生は周りを見回して、誰もいないことを確認してくれた。
「先生は、以前お付き合いされた方がいらっしゃいましたか?」
「どうした突然。まぁ隠しても仕方ない。学生の頃の話だけどな。付き合っていた子がいたよ」
私の瞳が揺れているのを見たのだと思う。明るい声で返してくれた。
「私、自分でも分かってます。頭も悪いし、不器用だし、人付き合いも苦手だし……。お付き合いしていただくにはきっと難しいタイプだと思います。それもあって、私は本当に恋愛というものには奥手で無縁でした。中学の頃に何人か声をかけていただいた方もいましたけど、みんなすぐに離れていきました。それだけ扱いにくかったんだと思います」
「原田……」
「そんな私のことをいつも暖かく包んでもらえて……。この靴を選んでいただいたときにハッと気づいたんです。前にお付き合いした方も、きっと色々と苦労されたんじゃないかと。そうでなければ女性の靴の選び方ひとつにあんなに詳しくはなれないと思いました。すみません、こんなプライベートを聞いてしまって」
先生は切なそうな目で私をじっと見ている。
その顔を見て後悔した。
きっと先生は誰も知られたくない思い出を持っている。そこに踏み込んでしまった私が悪い。
「いいんだ。原田、その質問には必ず答える。少しの間だけ時間をもらってもいいか?」
「はい……」
先生は部屋に戻ると言って、先にプールサイドを立った。
その後ろ姿は、いつもの颯爽と歩く先生じゃない。
一人残された私も、一度フロントに寄ってから部屋に引き上げた。
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