第九章 一通だけの手紙

二十六話 病室授業と許せない噂


 冬休みに入った。


 俺は事前の約束どおりに原田の病室を頻繁に訪れては、補習授業を続けていた。


 あの教室で起きた手術直前の一件以来、クラスの連中はほとんど来なくなったらしい。


 そのことを隣のクラスの佐伯さえき千佳ちかに聞いてから、俺はクラスの生徒にプリントを届けてもらう依頼をやめた。


 もし希望者がいればそのときにすればいい。それ以外は自分で持って行こう。


 プリントには空いた時間を使って、ポイントやヒントなどを書き込んでやった。自分が持っていくのだから、他の生徒には見せられない試験のときのテクニックなども書き込んでやれる。


 分からなかった問題の質問にも、この形なら答えてやることも出来る。


 原田もそれを理解してくれているのか、文章読解の解釈など、教室での授業よりも細かい質問をたくさん書いてくるようになった。逆にその答えを書いてやることが自分の部屋に帰ってからの楽しみにもなった。




 しかし、聞けば想定していたよりも体力の戻りが遅いらしい。


 検査をして、いまのところ他に転移などはないが、やはり強い薬を使ったことで消耗したのだろうと言うこと。


 一月の後半に数日間の外泊許可をもらい、そのときも学校には登校した。


 手術前のときとは違い、短く切った髪もきれいに整えてあったが、それでも違和感は残った。


 たった数日間だったけれど、原田本人はクラス内の雰囲気の変化に戸惑っただろう。


 三学期が始まると、程なく校内は受験シーズンに突入し緊張感があふれる。


 二年生の間でもすぐに受験生になるという実感が湧いてくるし、担任としてもそれを話さないわけにはいかない。


 個人的には好きでないが、どうしても競争を意識せざるを得ない状況の中で、原田の状況はどうしても最前から数テンポ置いて行かれたようになってしまうだろう。


 小テストの結果は決して悪くないから、彼女自身は一生懸命に追い付いてきているのだけれど、気持ちの問題だ。




 しかし、これは絶対に許せないことが起きた。


 誰が流したか分からない。


 原田の病気が「感染すうつる」から近づくなと言うもの。



 俺は自分の授業の時間を1コマ潰して、そのことを取り上げた。




 しかし、最後までそれの出処を追い込み切れなかった。


 誰もが最後まで口を開かなかった。



 

 正直情けなくて、保健室で休んでいる原田になんと報告すればいいのか分からなかった。


「すまなかった」


「いいえ、先生は悪くありません。どちらかと言えば、私の事を取り上げることで先生の印象を下げてしまっていないか。そちらの方が私は心配です」


 本当に同級生なのか? どこまで人間が出来てるのだろう。教室で黙り込んでいた連中との差に愕然としてしまう。


 このままでは、周囲によって彼女がいつか潰れてしまう。ただでさえ懸命に毎日を送る原田をこれ以上傷つけることは絶対にしたくない。


 予想どおり、その翌日から再び彼女が登校することはなかった。



 俺は、教頭や学年主任に三年生になっても原田の面倒をみさせて欲しいと訴えた。普通学級での進級が難しければ支援学級を作ってもいいと願い出た。


 しかし、高校3年生という難しい学年となること。これまでの習得単位で原田自身の進級に問題はないとのこと。


 支援学級を作るには準備に時間もないということで、その望みは薄かった……。

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