二十七話 こんな手紙を書ける子だなんて…
そんな事件があった試験登校を終え、再び病室に戻った原田。いつもの補習授業の帰りがけに一通の手紙を渡された。
「病院ではチョコレートは売っていないので……。フライングで失礼します」
珍しく、恥ずかしそうに頬を赤く染めながらその封筒を差し出してきた。
「そうか、明日はバレンタインか。俺は生徒からはもらわない主義だぞ?」
「はい、知っています。なのでお手紙です。中身は私の独り言なので、返事はいりません」
いつもどおりに点滴のスタンドを持って、暗くなっている廊下をエレベーターまで見送ってくれる。
「おやすみなさい」
エレベーターのドアが閉まりかけた一瞬、彼女の顔がゆがんで見えた。
部屋に帰り、渡された封筒から便せんを広げる。淡い色で桜があしらわれている便せん。この品の良さと年頃の女の子が選びそうな可愛さを両立させたチョイスは彼女らしい。
ノートや試験の解答でも見慣れた丁寧な字で綴られていた。
小島先生
このような手紙を差し上げること自体、先生のポリシーからすればいけないことだとは分かっています。
でも、これまでのお礼をどうしても言わせていただきたくてペンを取りました。我がままを言ってごめんなさい。
これが、最初で最後のお手紙です。
先生には、本当に何度どのようにお礼を申し上げればいいのか分かりません。
いつも励ましの言葉と、勉強を教えていただいて、私は忘れられていないんだと、ずっとそれを支えにしてきました。
最初に、誤解しないでくださいね。先生の責任では絶対にありません。けれど、先日の仮退院のあとの検査の結果はよくありませんでした。きっとこのまま春休みになってしまうと思います。
私の体がもっと丈夫だったら、あの教室で先生の授業をまた聞くことができたのにと思うと、本当に残念で仕方ありません。
そして、もう一つ。今日だけ、この独り言をお許しください。
先生と出会えた四月から、そして先生に支えていただいたこの二ヵ月。私の中に生まれて初めての気持ちが芽生えてしまいました。
私はあのクリスマスの時にもお話ししたように、これまで誰かを好きになることが出来ませんでした。こんな私のことを見てくれる人などいないと。自信を持つことなど出来ませんでした。
今の私の気持ちは絶対に許していただけるものでないことは分かっています。でも、頭で理解していても、気持ちがはちきれてしまいそうでした。
分かっています。いつもどおり、生徒からは受け取らないと一蹴していただければ結構です。
それでも……、先生が好きです。
私、三年生になっても、どんなに辛くても頑張ります。
本当に一年間、先生のクラス、先生の生徒になれてよかった。
私は幸せな女の子です。
明日から、またリハビリを頑張ります。
お時間を取っていただき、ありがとうございました。
二年二組 出席番号三十一番 原田結花
俺は手紙を机においた。
「なんちゅう文章を書くんだおまえは……」
思わず目頭を押さえる。
これまで必死に目をそらしてきた自分のブレーキが今にも音を立てて外れてしまいそうな勢いだ。
テーブルを照らしているスポットライトの光に照らされたその手紙を見て、気づいたことがある。
あの告白文の周辺だけ、わざと行が開けてあるのかと思った。
スタンドの光で照らされてそれが違うと分かった。
彼女の涙がこぼれてしまい、そこに書けなくなってしまったからだと。心なしかその周辺の字が震えている。
「原田……」
同じような告白の手紙はこれまでにも他の生徒からもらったことはある。でも、これはそれらとは違う。
クリスマスイブのあの日も、彼女は自分の終わりをどのように受け入れようかと必死にもがいているように見えた。
間違いなくこの手紙もその一つだ。
あの夜、恥ずかしそうにだったけれど、決して大それたものではなかったけれど、誰も知らない彼女の夢を語ってくれた。
あれは、この先も生きていたいという気持ちの表れ以外にない。
だったら、このまま何もせずに
それこそが俺にしか出来ない役目なんじゃないか……。
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