九話 忘れていたよ…私にもあった記念日


 いつの間にか冬が終わり、気がつけばユーフォリアでのお仕事も半年が過ぎようとしていた。


「結花ちゃん、今日はうちでご飯食べて行ってね」


 仕事を終えて帰り支度を始めた私に、菜都実さんが声をかけてくれた。


「佳織も仕事帰りに寄るって言ってたから」


「はい。夜の用意手伝いましょうか?」


「ううん。今夜は臨時休業。片付けお願いしてもいいかな」


 朝からもそんな話は聞いていなかった。でも、それならなおさら夕食を食べていくというのも妙な話ではあるのだけれど。




 お店の客席フロア掃除も終わって一息つく。


 春になってだいぶ日が延びていたけれど、すっかり外は暗くなっていた。


 ドアの開く音がして振り向いた。表の電気を消し忘れたかとも思った。


「あ、二人ともお疲れさん。もうちょっと待っててね」


 入ってきたのは、お母さんと茜音さんだった。そう言えば、珠実園のお仕事があるって今朝言っていたっけ。


「結花ちゃん、ここで頑張っているんだってね。話は聞いてるよ?」


 茜音さんは半年前と全然変わらなく接してくれる。


「菜都実さんにはご心配ばかりかけています……」


「そう? 菜都実がいつも言ってるよ。『結花ちゃんはもう返さない』って」


 そんなふうに思ってもらえているなんて……。ほんと、しあわせ者だよ私。


「結花ちゃん、せっかく整理してくれたんだけど、いくつかテーブルつけてもらえるかな。バイキングみたいにお料理並べるから」


「はーい!」


 客席一番手前からテーブルを五つ寄せた。


「遅くなりました」


 再びドアが開いて、今度はお父さんも入ってくる。そして、一緒に入ってきたのは……。


「ちぃちゃん⁉」


「結花、元気そうだね。よかったよぉ……」


 私のことを最後まで気に留めていてくれた千佳ちゃん。彼女であればこの場に参加する資格は十分にあるし、私がここでお世話になっていることを話してもいい。


 彼女と会うのもしばらくぶりだけど、元気そうで良かった。


「よし、揃ったね。じゃぁ始めようか」


 私たち家族の三人に、千佳ちゃん。茜音さんと菜都実さん、そして保紀さんが奥から大きなお皿を持ってきてくれた。


「えーっ!」


 そうだった……。最近、本当に忙しくて、そんなことも忘れてしまっていた。


「結花ちゃん、お誕生日おめでとう!」


 大きな角皿にはチョコレートクリームのケーキが載っていた。そこにパイピングで飾り付けと文字が踊っている。


 毎年三月二十五日が私の誕生日。


 幼稚園の頃から小学校、そして去年まで。


 日程的に春休みに入ってしまうこともあって、いつもひとりだった。


 誰にも話したことはなかったけれど、自分ではあまり好きな日ではなかった。


「今年はみんなでお祝いしようって。結花ちゃんも頑張ってきたんだもん。よくここまで元気になってくれました」


「これってまた菜都実?」


 菜都実さんは調理学校の時代にお菓子の勉強もしていて、今でもお店で出すデザートは保紀さんではなく、菜都実さんが作っている。


「まぁね。冷蔵庫の中に入ってるのがバレないかヒヤヒヤだったわよ」


 あまりのサプライズに目が潤んでしまって視界がぼやけた。


「こんな、迷惑ばかりかけた私のために……。ありがとう……ございます……」


 去年はこんな余裕はなくて、本当にこの先の人生はどちらを向いても暗闇しかなかったのに。


「結花ちゃん。もっと自分を褒めてあげよう? 今日は本当に半年頑張ってくれたお礼だからさ」


 菜都実さんは、そう私の肩をたたいてくれた。

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