エピローグ

「結局、ジャンヌ・クルックはどうなるのかしら?」


 翌日、朝早くから探偵事務所を訪ねたエリザベス・アリスンが、湯気の立つ紅茶の水面を見ながらつぶやいた。


「ジョン・ジョーンズは殺人罪で牢獄行き。ジャンヌはまあ、いいとこ死体損壊で罰金あたりだろうね。緊急避難が認められるだろうから」

「ジョーンズは自白するかしら。あんたの推理、言っちゃ悪いけど状況証拠を強引につなげたようなものじゃない」

「話すさ。僕にはわかる。なぜって、罪は裁かれなければ一生罪のままだからね。思うに、人が一人では生きていけない最大の理由というのは、罪を誰か他人に裁いてもらわなくちゃいけないからなんだね」


 アラン・ベックフォードは寝ぐせの立つ髪のままでベッドに寝っ転がっていた。どう見ても寝起きである。思う存分タバコを吸っている。


「アイリス嬢は、ジャンヌが兄ではなく姉だと知っていたの?」

「おそらく知らなかっただろう」

「そう」


 エリーは沈鬱な表情で、


「それにしても、よかったのかしら……」

「何がだい?」

「ジャンヌ・クルックが女だとバレたから、間違いなく公爵家は当代限りで取り潰しよね」

「そうだろうね」

「ジャンヌとアイリスはどうするのかしら」

「それは心配無用だろう」


 アランは肩をすくめる。「ジャンヌは演劇でも冒険者でも十分食べていける才能に恵まれている。特に冒険者なんて前科者はざらだからね。アイリス嬢も……まあ、あれでいてしたたかなところがあるから、やり手のレディーとしてそのうち名を馳せるだろうさ」

「ふうん……」


 その時、来訪者を告げるベルの音が鳴った。


「はいはい。……まったく、どいつもこいつも朝早くから」


 ぶつぶつ言いながら玄関へ向かうアランの背後に、エリーは舌を出して見せた。


「はい、どなた……」

「こんにちは、探偵さん」


 アイリス・クルックが立っていた。質素な白いワンピースに鍔広の帽子といういでたちだったが、彼女の生まれ持っての高貴さを覆い隠すことはできず、姉に負けない美貌と才気がほとばしっているのが目に見えるようだ。


 肩には大きな荷物を提げている。


「これはアイリス嬢! お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」

「いいのよ、アランさん。それよりもわたし、今日はお願いに来たの」

「お願い?」

「ええ」


 アイリスはすうっと胸いっぱいに息を吸って、


「わたしをここで雇ってくださらない?」

「……は?」


 これにはさすがのアラン・ベックフォード氏も固まってしまった。アイリスは笑顔で、


「お父様に言われたの。この家も自分限りだから、お前は手に職をつけてこいって。それかさっさと嫁入りしなさいって。まだ人妻になるのは嫌だから、職探しをしているの」

「とはいっても、庶民社会にも準備というものが……」

「ならその準備が終わるまで待つわ。わたし、字も書けるし数学も得意よ。経理だって」

「参ったなあ」


 アランは散らかった金色の髪の毛をかいた。「僕の事務所は助手なんて雇う余裕がないほどの零細事務所なんですよ。弁護士稼業なんて何年もやってないし」

「ならわたしが仕事を取ってきます」

「でも――」

「……そう。ならどこかの太り切った不細工な男の妾にでもなって、身も心も汚されてこようかしら。生きるために」

「そこまで言われたら僕も男ですよ。いいでしょう、アイリス・クルックさん。あなたをわが事務所の事務員兼秘書兼助手として雇いましょう!」


 アイリスの顔に、花のような笑顔が広がった。


「あ、でも、給料については応相談ということで……」


 アラン・ベックフォード氏は生活については情けなかった。



                                     了

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